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元勇者の異世界職業体験記~二周目の世界を知り尽くしたい~  作者: さなぎ
第一章 職業体験①:幼女貴族の護衛 
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『第十七話 テノールは始まりを告げた』

「マナーがなってないのよ」


「……ぐぅの音も出ねぇ」


 ピシャリと事実を言われ、反論できないイオリ。彼は助け舟を求めるかのように、自分を宙ぶらりんにしているセバスを見上げる。すぐ顔を逸らされる。


 部屋を漁っていたイオリは、それを見つけたセバスによって首根っこを掴まれてアリーのいる部屋に届けられ、今に至っている。扉は開けたら閉める、それを怠ったが為に、巡回していたセバスにバレてしまった。


 身じろぎ一つ取ろうとせずに、大人しく吊るされているイオリを見て、アリーは溜息を一つこぼす。呆れがふんだんに込められた、大きな溜息だ。


 無抵抗のまま掴まれているイオリと、幸先が不安になってきたアリー。二人の間に流れる空気を変えるために、セバスは提案をした。


「皆様、そろそろ揃っておられる時間かと。応接間の方に移動しては如何ですかな」


 セバスの声に、アリーは窓の外を見やる。太陽は沈みかけ、星がまばらに輝いている。空は夜に移り変わる準備をしていた。


「もうそんな時間かなのよ。セバス、イオリを離してやるのよ」


 セバスはそれに頷き返し、イオリは久方ぶりに絨毯の感触を味わう。最後に会った時とは打って変わった、意匠の凝らした紅のパーティードレスの裾を翻し、アリーは一人で部屋から出ていこうとする。


 それに付いて行こうか行かまいかを悩んでいると、「早く来るのよ」という声が先を行く。それに付いて行き、ピリピリした空気を纏う少女に追いついて、顔を覗き込む。


 口角は上がっているものの、眼の奥は全く笑っていない。今にも誰かに飛び掛かって、一発殴ってきそうな気迫も感じられる。親類と会うのはそんなに嫌なものかとイオリは述懐するも、たしかに自分もあまり良い想い出がないということを思い出して、静かに記憶の引き出しを閉じる。


 廊下をしばらく歩けば、一階の玄関を通り過ぎ、しばらく行った所に応接間はあった。扉の横に着いていた使用人は一礼をしてから、静かに口を開く。


「皆様おそろいでございます」


「そうなのよ、ご苦労なのよ」


 労いの言葉を掛け、その言葉を受け取った使用人は扉を開け放つ。その部屋に控えていたのは、立ったままの七人の男女。アリーたちを合わせれば、全員で九人が応接間に集まっていた。


 中にズカズカと入っていくアリーに続いて、イオリも肩身が狭い思いをしながら後ろに続く。男女の中には、当然のようにローレンがいて、イオリをにこやかな笑みを浮かべながら眺めていた。小さく手を振ってきたので、イオリもこっそりと振り返す。


 応接間には一つの長机が置かれており、用意されている椅子の数は六つ。カスピニャン家の、親族分の椅子しか用意されていないようだった。


 アリーは机の中でも入口から最も遠い、上座と呼ばれる場所、その隣に腰掛ける。イオリはうろ覚えであったが、その位置は二番目に偉い人物が座る場所だったことを何となく知っていた。


「どうぞ、座るといいのよ」


 一番最初に座り、他の立っていた人物に着席を促すアリー。その姿は、自分の立場を周囲に知ら示しているかのように映る。


 周囲はムッとしながらも、大人の余裕を持って怒るようなことはしない。子どもの失礼くらい、そのような余裕の態度が感じられる。


 全員座るのを見届けてから、いつの間にやら入ってきていたセバスが、よく響く声で宣言した。


「これより、家督の決定、それに関する話し合いを始めたいと思います」

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