『第十五話 到着と貴族の屋敷』
「――そうして、勇者様は一年前に魔王を倒されて、今もどこかで戦っておられるという話です」
こっ恥ずかしい話は数分にも渡り、イオリはうんざりしながら、アリーは興味を惹かれながら聞いていた。
「へー。勇者ってのは凄いんだな―」
適当に相槌を打って、話の流れを切ろうとする。いくら正確な情報でないにしろ、功績を述べ続けられると言うのは実にきつかった。胸を張るよりも先に、恥ずかしさが先に出てくる。生い立ちやら何やらは、掠りもしなかったからスルーだ。敢えて触れるのなら、波乱万丈な人生に仕立てあげられていた。
根も葉もない話を、ひたすら聞き流して数分、馬車は三度停車する。未だに林道からは抜けておらず、不審そうに事の次第を見守っていると、客車の扉が四度ノックされる。
「ローレン様、ベルトイン様がお待ちです」
若い声が外からし、ローレンの顔が少し固まる。忘れてました、とぼそっと呟いてから腰を上げて客車から降りていく。
「屋敷についたら、ぜひともまたお話しましょうね」
「まぁ、覚えてたらなー」
空返事をして、イオリはローレンを見送る。そして、再び馬車は動き出し、客車は静かになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車は止まることなく進んでいき、セバスの到着を知らせる声と共に、ゆっくりと停車した。
「降りるのよ」
アリーの声にしたがって客車の扉を開け、イオリは久し振りに地面を踏む。腕を空に伸ばして、いい感じに身体がほぐす。それから、イオリが視線を前にやると、
「でけっ……」
王都にあった城ほどでないにしろ、赤レンガで出来た屋敷がそびえ立っていた。イオリの元いた世界で言うなら、西洋風の屋敷だ。三階建ての屋敷の壁にはいくつも窓が備えられていて、三階のちょうど真ん中にあたる場所にはバルコニーが飛び出している。
豪華な建物の次に目を引いたのは、その建物の前に並ぶ使用人だ。向かって右に五人、左にも五人、総勢で十人という、並の貴族では少ない人数ではあるが、そんな事情を知らないイオリからすれば、貴族スゲェ! という感想を抱かせるには十分だった。
「おかえりなさいませ、アリーシャ様」
全員が声を揃えて言い、丁寧に腰を折る。その光景をイオリはキラキラとした眼で見て、アリーは特に何の反応もせずに屋敷の方に歩いて行く。しばらく呆けていたイオリであったが、無言で進んでいくアリーに遅れまいとしてすぐ後ろを着いて行く。
開け放たれていた扉から中に入ると、木張りの床とその上の赤い絨毯が鮮やかな玄関が出迎えてくれる。アリーは見知った顔で建物を進んでいき、イオリは何を言うわけでもなく着き従う。
白い壁と赤い絨毯が続く屋敷を歩きまわり、時に階段を登ったりしてから、ようやくアリーは足を止めた。
「ここなのよ」
三階の角部屋にあたる部屋の前で、アリーは足を止めてドアノブを捻って中に入っていく。
「ここがイオリの部屋なのよ」
ベッドに机に椅子。北と東に大きく開いた窓。簡素にまとまった部屋に通され、イオリはとりあえず荷物を置く。それを見計らってから少女は、
「用事があったら呼ぶのよ。それまで、くつろいどくといいのよ」
とだけ言い残して、部屋から出て行く。それを見送ってからイオリは、
「よし……」
助走をつけてから、
「とうっ!」
とりあえず、掛け声を上げて、ベッドにダイブした。




