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元勇者の異世界職業体験記~二周目の世界を知り尽くしたい~  作者: さなぎ
第一章 職業体験①:幼女貴族の護衛 
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『第十四話 忘れ形見』

 男の自己紹介に、少女は何の反応も返すことができなかった。一つは、さっきまで恐怖の対象となっていた魔物から解放された安堵から。一つは、全く役に立たなかった護衛への怒りから。一つは、この男はどちら側なのかという疑念から。


 頭の中でそれらがグルグルと回り、さらに血生臭い匂いが思考の間に挟まって、情況を整理しようとするのが困難になっていた。


 そんな事を気にも留めていないように、男は親しげな笑みを振りまきながら提案をしてきた。


「とりあえず、先に進みませんか?」


 賛成だ、と誰も口には出さないながらも男の言葉に従い、セルバスは馬車を進め、男は客車へと乗り込んできた。アリーはいつの間にかイオリの横に移動し、その対面に男が座る形となる。


「改めまして、ローレン・ウェルデンと申します。この度、ベルトイン様の護衛をしております。以後、お見知りおきを」


 慣れているように自分の素姓を明かし、視線を少女へと向ける。促されるかのように少女もローレンに習い、自分の身分を述べたてる。


「アリーシャ・カスピニャンなのよ」


 短くそれだけ言い、アリーは空気になろうとしていたイオリを指さし、


「そして、これが私の護衛なのよ。名前は……役立たず、だったかなのよ」


「……、……ふむ。どうも、役立たずです」


 一度反論しようかと考えたが、客観視してみると確かに的を射ていた。少女からの正当な評価を受け入れて、黙してローレンの反応を窺う。


 少女からの辛い評価を突っ込むわけではもなく、初対面の少女と青年の間に流れる不和の空気を受け流すように、ローレンは柔らかい表情を浮かべている。


 それ以上、誰も話を広げようとはせず、進みだした馬車の中に沈黙が流れる。その沈黙に耐えかねたのか、少しの間を空けてから、ローレンは問いを投げかけた。


「アリーシャさんは、そのあれですか、本家の忘れ形見さん、でしたっけ?」


 恐る恐るといった風に発した言葉に、アリーは眉を跳ね上げ、イオリは聞いたことのない話に耳を傾ける。


「雇い主、ベルトイン様がずっと気になさっているようでして。……違いましたか?」


 こちらの反応を、言葉を引き出すかのような問いに、少女は何の表情も浮かべず、淡白に答える。


「合っているのよ。カスピニャン家、その元当主の一人娘、それが私なのよ」


 そして、そっぽを向いたまま投げやりにアリーは問いを返す。


「それを知ったアナタは、私を殺そうとするのかなのよ?」


 試すかのような問いに対して、ローレンは顔色一つ変えない。そのまま、つらつらと当たり障りのない回答を口にする。


「そんな物騒なこと、するわけないじゃないですか。私、殺しの類は苦手なんですよ」


 大熊を軽々と屠った奴が言うセリフじゃないだろ、という言葉を飲み込んで、イオリは無愛想な少女と、キザッたらしい男に囲まれながら、何もないまま早く着かないものかと願う。


 そんなイオリの願いを知っていて、敢えて裏切るかのようにローレンが話題をふってくる。


「黒髪というのは珍しいですが、どこの出身なのですか……えぇっと、役立たずさん? でいいんでしたっけ」


「俺の事はイオリって呼んでくれ。さすがに、ずっとそれで呼ばれるのはキツイ」


 遅すぎる自己紹介をしてから、


「まぁ、ここよりずっと東に行ったところの出身だな。今は世界一周旅行の途中」


 その答えに、ローレンはパッと表情を輝かせる。なんだなんだ、とイオリが反応に困っていると、


「それでは、もしかしてですが、勇者様とお知り合いだったりするのでしょうか」


「俺が勇者だ」


「は?」


「……というのは小粋な冗談。勇者なんてやつ見たこともないなー」


 底冷えするようなアリーの声に、イオリは急繕いの答えを返す。どんな反応を返してくれるものかと面白半分で言ってみたのだが……思わぬところから刺された気分だ。


 イオリの返答に、ローレンはあからさまに肩を落として、


「それは残念です。黒髪の人に会って聞くたびに同じ答えが返ってくるので、いいんですけどね」


「どうして、そんなこと聞いて回っているんだ?」


 イオリの純粋な疑問に、ローレンは表情を明るくして、


「世界を救った人物の、足跡が気にならない人はいると思いますか?」


「なるほど」


 確かに、納得はできた。幼少期に偉人の伝記を読み漁った、それと感覚としては同じことなのだろう。


「私が知っているのは、勇者というのは二メートルを超す大男で、子供のころは山で暮らしていて――」


 それから、ローレンの勇者情報が流されたが、何一つ当てはまってねぇな、とイオリはあきれ果てるのだった。

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