『第十一話 朝の城下町』
王都の朝は早い。交易の中継地でもあり中心地でもある王都に、日が昇ると同時に商人たちがやって来て、通りに店を構えたり、お抱えの店に荷降ろしを行ったりと、各々の朝を過ごしている。
ギルドにも、朝早くから足を運ぶ者たちがいる。冒険者と呼ばれる、ギルドの依頼をこなす者たちだ。昔は、未開拓の土地を切り開く者として、冒険者という名前が使われていたものの、今ではその名残があるだけだ。
冒険者の仕事は、基本的に早い者勝ちだ。依頼者からの条件を満たしていれば、誰でも依頼を受けることが出来る。朝一番に依頼を見に行き、探し、仕事をこなす。そうして、冒険者は生活を回している。
そんな彼らの視線を一身に受けながら、イオリは朝の城下町を歩く。昨日あった決闘のことは、もうすでに多くの冒険者達が耳にしていた。
黒髪の貧相な身なりをした青年が、歴戦の冒険者を降した。その事実は瞬く間に広まり、この国では珍しい黒髪をしているイオリは一気に注目の的となっている。
一躍有名人となった、当の本人の反応といえば、
「まぁ、バレなきゃいいや」
当人からしてみれば、自分が勇者だったということがバレなければ、別にどうだって良かった。それと同時に、彼は危機感も抱いていた。
「……金が尽きた」
一日分の宿代。それに全財産を使ってしまい、イオリは絶賛一文無しである。どうにかして、今回の依頼を達成せねば、世界一周なんてものは夢のまた夢だ。身バレよりも、身近な脅威のほうが彼にとっては最優先だった。
身バレの方は、イオリの心配など関係なしに、すぐに露見することになるだろう。黒髪の青年、それだけの特徴で、勇者を知る者にとってはすぐに分かってしまう。城下町を賑わしている青年が、逃げ出した勇者であることなど、一日もしない内に判明してしまうことだろう。
だから、身バレに関しては気にもとめず、イオリはまっすぐにギルドのある方に足をすすめる。やがて開けた広場のようなところに出て、
「遅いのよ」
到着早々、苛立たしそうな声が出迎えてくれた。腕を組み、どこまでも不遜な態度を取るアリーは、眉間に皺を寄せた顔で立っている。後ろには、従者と思しき初老の男性と、木で出来た立派な客車。客車に繋がれている二頭の馬は、呑気な様子で欠伸をしている。
「一体、いつまで待たせれば気が済むのよ」
「いつまでって……そんな待ったのか?」
「……少しだけなのよ」
「お、おう……」
ふむ、とイオリは違和感を覚えて、首を傾げながらアリーを見やる。いやらしくない程度に装飾品を身に着け、それでいて今日はドレスとは打って変わって町娘風の格好をしている。背格好にこれといって変なところは見当たらないが、
「でもなぁ、なんかなぁ……」
「な、なんなのよ」
狼狽えるアリーと、そんな少女を上下左右観察するイオリ。傍から見れば、ただの不審者と怖がっている少女という、逮捕待ったなしの状況だ。
上から下まで舐め回すかのように見ても、結局違和感の正体は分からず、まぁいっかと片付ける。イオリが悩むべくは依頼主への違和よりも、明日の我が身なのだ。
「よろしいですかな?」
第三者の声がして、イオリはアリーから視線を外す。その方には初老の男性が、ピシっとした態度のまま立っている。
「……アンタは?」
「申し遅れました、私はカスピニャン家に仕える執事長、セルベスでございます。アリーシャ様、そして護衛殿の両名を、本家へとお送りするように仰せつかっている者にございます」
一言も噛まずに、長々と喋りきった老人は、腰を深々と折り続ける。
「一刻も早く、お二人を案内するのが私の使命。出来るのなら、馬車へと早々にお乗りになっていただけますかな?」
有無を言わせぬその姿に、イオリは口を噤み、アリーは黙って頷いて馬車へと乗り込む。
「……早く乗るのよ」
「へいへい」
いい加減な返事を返して、イオリも半ば強引に馬車へと乗らされる。セルベスは二人が乗り込んだのを確認してから、外から扉を閉める。
「では、出発いたします」
御者台の方から声がして、ゆっくりと馬車は進みだす。




