『第十話 カードはとりあえず作っておくと得をする』
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
部屋から出ていこうとしたところで、イオリは急に呼び止められた。その声の方を見ると、ずっと扉のそばで控えていた少女がアワアワした様子で立っている。
「……どうかしたか?」
「あ、あの、ギルドに登録はお済みでしょうか?」
イオリはこの世界にやって来てこの方、ギルドに来たことはおろか存在すら知らなかったわけで。考えることもなく、イオリは首を振る。
「登録なんてしてないな。それよか、ギルドってなにそれ食えんの? って感じだったし」
「ぎ、ギルドは美味しくないですよ?」
コテンと首を傾げ、素で返されてしまう。塩対応ならともかく、こう普通に返されてしまうと、何とも言えなくなってしまうイオリ。とりあえず普通にしよう、そう決心して小首を傾げている少女に話しかける。
「まぁ、まだ登録してないけど……した方がいいのか?」
「え、えーっと、ギルドに登録すると、身分証代わりになりますし。あ、あとは自分の実力を示すために、べ、便利です」
ついさっきのランクについてのアリーとのやり取りが、イオリの脳内で再生される。たしかに、無用なトラブルを避けるためには便利かもしれない。それに、身分証は元の世界でも割と重要だった。まぁ、持ってても損はないか、と結論付ける。
「登録したい場合はどうしたらいいんだ?」
「そ、その場合はですね……」
少女は赤い制服の腰に付けられているウエストポーチから一枚の紙を取り出し、イオリへと差し出す。
「どうも。なになに……」
一応お礼を言ってから受け取り、字面を眺める。『登録書』とまたもやデカデカと書かれていて、ギルドの規約やらがツラツラと書かれている。
要約して言うと、ギルドの不利益なことをしない限りは依頼を自由に受けても良い、ギルドは登録者の情報を無闇矢鱈に吹聴しない事が記されている。
短所らしい短所もなく、むしろ身分が全く保証のされていないイオリには勝手が良かった。
記入欄の方を見ると、生年月日と年齢、名前、出身国を書くだけでいいようだ。出身国にはこの王国の名前を、生年月日はもちろんこの世界基準で書く。
文字は勇者の御加護などというご都合主義能力で何ら問題はないし、年号や日付なぞ戦闘記録を書く時に嫌というほど見てしまっている。
「これでいいか?」
スラスラと書き入れ、少女に突き出す。それを受け取り、で、では少しお待ちください! とだけ言い残して少女は出て行ってしまう。
普通の少女が、普通に仕事をしている。その光景を見ると、自然とある一言がイオリの口から出てきた。
「……平和だなぁ」
一人、ただ広い応接室でふと呟いた一言が、やけに耳に残る。耳についたものの、特に何の感慨も湧かず、再びソファにぽすりと座り、時間を潰す。
そうこうしていると、また慌ただしい足音が近づいてきて、
「お、おまたせしました! こ、これがギルドカードです!」
手渡された一枚のカードを受け取る。ペラペラの紙には、さっき記入した項目が、そっくりそのまま印字されている。
「さ、再発行には銀貨一枚が必要ですので、け、決して失くさないように、ちゅ、注意してくださいね!」
「あーい、了解です」
イオリはギルドカードを手持ちの麻袋に入れ、ペコリと丁寧な礼をする少女に見送られて部屋を出る。
部屋を出ると、うーん、と伸びをして、すっかり固まってしまった体をほぐす。
「まぁ、無事に仕事も決まったし……頑張りますか」
前向きな言葉を呟き、イオリはギルドの建物を出て、宿屋を探すべく街を再び歩き始める。
どこまでも広がる空には、イオリの幸先を占うかのように、太陽はに眩しく輝いていた。




