『第九話 金は天下の回りもの』
違うだろ、何かが違う。アリーが顔を曇らせているのは、別の原因だ。直感がイオリにそう囁きかける。
といっても、イオリにとって重要なのは、アリーの事情よりも、それを解決することによって得られる報酬の方にある。だから、余計な詮索はしない。
そんなことを考えていると、控えめに扉が叩かれる。入るのよ、そう一言だけ告げると、おずおずといった様子で少女がカートを押して入ってくる。
「お、お茶をお持ちしました!」
「ごくろうなのよ」
テキパキと慣れた手つきで準備をし、すぐに湯気の立ち上るカップを二人の前に置く。アリーはすぐに手を付け、イオリはとりあえず彼女が話し始めるのを待つ。
「同意書はあるかなのよ?」
「は、はい、もちろんです!」
字面から何となくではあるが想像できたものの、一体何に関係するものなのか分からずにイオリは首をひねる。少女はまた一度部屋から出ていき、すぐに戻ってくる。手には、二枚の紙とペン。それらをアリーとイオリの前に置き、少女は所定の位置だと言わんばかりに扉のすぐ近くに戻る。
紙にはデカデカと『同意書』と書かれており、ついさっき聞いた依頼内容、ギルドはいかなることが起ころうとも責任を負わないなどと、延々と書かれている。大事そうなところだけピックアップして読み、最後の署名欄に自分の名前を書き入れる。
イオリがペンを置くのとほぼ同時にアリーも書き終わり、それを見計らって少女が用紙を回収する。
ここで、ようやくイオリにとっての本題を思い出した。同意書にも書かれておらず、あとで話すとも言っていたのに全く触れられていなかった話題を口に出す。
「なぁ……報酬っていくらなんだよ」
アリーもそこで、あっ、という顔をして、
「……忘れてたのよ」
「おいおい……これが本題だろうが」
やれやれと首を振ると、うぐぐぐとでも言いたげな表情でアリーが睨めつけてくる。
「それで、一体全体いくらくれるんだ、アリー?」
その問いかけに、アリーは自分の足元から麻袋を取り出して、机の上においた。見たらいいのよ、と言うかのように手で促され、イオリはゆっくりと袋を開けた。
「……マジ?」
「それが今回の依頼の報酬なのよ。何か、文句はあるかなのよ?」
「いや、ない、全くない」
キリッとした表情で言い切り、イオリは改めてアリーを見た。さっきまでただのうるさくって小生意気だという印象しかなかった少女が、今では蜘蛛の糸を垂らしてくれる仏のように見えた。
お金一つでこれほどまでも印象が変わるのだから、現金なやつだと評されてもしょうがないだろう。
「金貨五枚って……宿代何日分だ」
「相場だったら五十日ほどなのよ」
銀貨五十枚でやっと金貨一枚分の価値になる。まさかいざこざに自分から巻き込まれた結果、少女を守るだけで大金が手に入る依頼を受けられるとは思っていなかった。棚から牡丹餅、そんな懐かしい言葉がイオリの頭をよぎる。
「じゃあ、今日はこれで解散なのよ。出発は明日、待ち合わせはギルド前なのよ」
「えらく急くんだな」
「これでもギリギリなのよ。何か質問はあるかなのよ?」
「ないな、うん」
淡々と会話が続いて、言うことは言ったという具合にアリーは立ち上がる。
「それじゃあ、期待しているのよ、イオリ」
「あぁ、期待にこたえるのは慣れてるんだ、任せとけ」
そんな短いやりとりを交わし、アリーは部屋を出て行く。ひょんな事で夢へと前進出来そうだ、満足気に頷いてイオリも立ち上がった。




