『最終話 最終決戦 VS大魔王 人類の希望を背に俺たちは打ち勝つ!』
何もされていないのに、息が苦しい。まるで、真綿で首を締め付けられているような圧迫感。そう錯覚してしまうほど、目の前で腕を組んでいる存在は強大だった。
「よくぞここまで来た、勇者共よ」
その存在に見下されている。たった、それだけで足が竦みそうになる。ここに至るまでの道中、何度も修羅場をくぐり抜けてきた『勇者』の仲間たちは、圧倒的な威圧感の前に声も出せずにいた。
「ふむ……ビビっておるのか? まぁ、我の前で立っていられるだけでも褒められたものよ」
ハッハハハハ、と高笑いを上げる存在――魔王はどこまでも余裕な態度を崩さない。例え、四対一という数的不利な状況であろうが、自分への絶対的な自信は揺るぐことはない。
それに対し、追い詰めているはずの勇者の仲間達は、魔王に心を見透かされ更に縮こまっていた。
人類の命運を掛けて送り出された彼らは、最終決戦を前に折れかかっていた。
「さてと……茶番はここまでにしようか」
その言葉を皮切りに、魔王の纏う空気が変わった。魔王の住まう城、玉座の間に充満していた威圧感が、一挙に勇者達を刺す。
「我は魔族の王……その同胞を殺して来た貴様達には、それ相応の痛みを与えねばならない」
魔王は組んでいた腕を解き、右の人差し指をさす。まず、指差されたのは赤のローブを目深に被った魔術師だ。
「貴様には、我が千の魔術の奥義にて、焼き払い、凍らせ、潰して、切り刻んでやろう」
魔王はゆっくりと赤黒い爪をした右の人差し指を、白の修道服を着た女に向ける。
「貴様には、我が剣で五体を切り離し、癒やし、その精神が壊れるまで苦しませてやろう」
他者を屈服させるような空気を纏いながら、矢筒を腰に下げた女エルフを指す。
「貴様には、磔にした後、数千数万の矢の雨を降らしてやろう」
そして、最後に全くと言っていいほど動じていない勇者に指を向ける。
「……よく先達は、貴様ら勇者を仲間にしようとしていたそうだな」
「――」
「無視か、それとも声も出せんか……まぁ、どちらでもよい。我は先達とは違う。貴様のようなバケモノ、自らの懐に忍ばすのも恐ろしい」
「――」
「よって、貴様には仲間達の死を見送った後、我が直々に同じ責め苦を味あわせ、手を下してやろうぞ」
「――」
「流石に、無視をされるのも腹が立つ。何か反応を返してみよ。そこまで貴様も無能ではないだろう」
魔王の眼が細められ、勇者を視線が射抜く。直接視線を向けられていない仲間達が、思わず身構えてしまうほどの威圧感とともに視線がずっと俯いているゆうしゃを刺す。
「……質問がある、魔王」
「何だ、勇者よ」
ようやく顔を上げて口を開いた勇者に、魔王は嬉々とした笑みを浮かべたまま応じる。勇者はゆっくりと、その問いを投げかける。
「……お前、変身したりとかしないよな? 第二形態があったりとか、裏魔王がいたりしないよな?」
「……よくは分からんが、そのような存在は耳にしたことがない。我が姿は変わりはせぬし、魔王も我一人だけだ」
「そうか……そうかぁ」
勇者は最終決戦の前だというのに、安堵の溜息を吐いた。その姿に、仲間達も魔王も面食らう。
「思えば……ここまで長かった。いきなり訳の分からない所に連れてこられるし、いきなりお前がゆうしゃだ! とか押し付けられるし、いきなり戦場に放り込まれるし、いきなり王様に魔王を倒す旅に行って来い! とか無茶ぶりされるし、移動は移動で馬とか便利な魔法かと思ったら地味な歩きだし、道すがら魔族に襲われた街をいくつも救わないといけなかったし、道中の飯は不味いし……それに、気がつけば三年も立ってるし……」
道中の炊事担当であった修道女の心に傷を負わしたまま、勇者の独白は続く。
「気がつけば俺も十六歳……勇者なんてこっ恥ずかしい称号なんかとは、もうおさらばだ!」
『勇者』に憧れる子どもたちが聞けば泣いてしまうだろうセリフを吐きながら、厨二病を遠の昔に卒業した勇者は吠える。
「俺はお前をぶっ倒して、勇者を辞める!」
「えっ、いや、ちょっと待て!」
獰猛な笑みを浮かべたまま、勇者は剣を抜き放って、待ったをかける魔王を無視して飛びかかる。
勇者引退宣言、それが合図だったかのように戦いの幕は、一方的に降ろされた!