親子喧嘩は壮大に
「あんのくそ親父が!」
彼――アークリードはそう悪態をつきながら自室の扉を開けた。
彼にとってはもはや日常となっている親子喧嘩に負けてきたところなのだ。
「次はぜってーあいつをぶちのめす。」
イライラを少しでも紛らわせようとベッドに飛び込もうとしたその時、それは起こった。
「あ?」
足元に広がる魔法陣。
「な!?」
とっさに飛びのこうとするもその体は全く動かなかった。
そして次の瞬間、アークリードの姿は消えていた。
「本当にうまくいくのだろうな?」
モーブ王国の国王である彼は、目の前で作業を続ける魔術師にそう問いかけた。
「対象が存在するならば、ですが。」
魔術師は、作業の手を止めることなくそういった。
「いなければ困る。魔王を倒すには勇者の力が必要なのだからな。」
国王はため息をつきながら玉座に座りなおした。
「だが、かつて我が国にあったと言われる勇者召喚の秘儀は完全に失われたと聞いている。どうやって勇者を召喚するつもりだ?」
「厳密にいえば召喚はできません。」
「どういうことだ!?」
国王はもとより、周りにいる大臣や兵たちもざわめく。
「確かに多くの勇者は異世界より召喚された者だと歴史書には記載されています。しかし、少数ではありますがこの世界出身の勇者もまた存在するのです。」
「ふむ…しかし、それらしいものの報告は一切ないぞ?」
「普通に生活をしていれば、自分がそうだとは気づかないでしょうから。」
「ならば、どうやって探す気だ?」
魔術師は、手を止めて立ち上がった。
「そのための魔法陣が、これなのです。」
謁見の間にでかでかと描かれた魔法陣はその知識がなくともかなり複雑なものだと見てとれた。
「これは転移陣を改良したものです。本来転移陣は手元にあるものを別の場所に移動させるものです。しかし、これはどこかにあるものを呼び寄せるものになっています。」
魔術師は自信にあふれた表情で続ける。
「異世界から召喚することはできませんが、この世界にいるかもしれない勇者を呼び寄せる事ならば可能なのです。」
謁見の間に歓声が響き渡る。
「しかし、どうやって勇者を選別して転移させるつもりだ?」
どこからともなくそんな疑問の声が上がる。
「条件設定をしてあります。第一に、魔王を倒せるだけの素質を持っている者。これが一番重要です。第二に人か人に近い姿をしていること。エルフやドワーフなどならばよいですが、万が一ドラゴンなどが来てしまっては困りますから。」
「第三に、聖剣の持ち主となれる可能性がある者。魔王討伐というだけなら第一の条件があればよいとも思いましたが、勇者として召喚するならば必須かと思い入れました。」
そこかしこから納得の声が上がる。
「そして、万が一複数の該当者がいた場合、より魔王を倒したいと思っている者を喚べるように設定しています。」
「なるほど、魔王を倒せる素質があり聖剣の持ち主となれる者、か。確かにそれならば勇者を喚べるだろう!」
魔術師は軽く頷き、魔法陣の前に立った。
「それでは、さっそく魔法陣を起動させたいと思います。」
その言葉に、周りにいたほかの魔術師たちが魔法陣を取り囲むようにして立った。
ごくりと息をのむ音が聞こえる。
「うむ、はじめよ!」
国王のその言葉に、魔術師たちは魔法陣に魔力を込め始める。
どんどんと光り輝いていく魔法陣に緊張が高まる。
「望みし者をここへ!」
魔術師がそう叫んだ瞬間ひときわ眩い閃光が走った。
「ぐ…。」
体中をぐちゃぐちゃに混ぜられたような不快感と倦怠感に襲われて、アークリードはうめいた。
それでも倒れこまなかったのは、警戒を怠れない状況だからだ。
いきなり現れた魔法陣に、この不調。何が起きたのかを把握しなければならない。
「おお! 成功だ!」
「すばらしい!」
いまだ視界がはっきりしない中、そんな声が聞こえた。
アークリードは警戒を高めた。
自室でこんな聞き覚えのない声が聞こえるはずがない。
ようやくはっきりしてきた視界に移ったのは取り囲む魔術師、周りに配置された兵、そして少し離れたところにいる数人の偉そうな人物たちだった。
「な…!」
アークリードは血の気が引いた。
何が起きているのかはわからない。
だが、自分がただ一人見知らぬ人間達に取り囲まれているこの状況だけは確かだからだ。
体はいまだに不調を訴えていたが、それを無理矢理無視して、すぐに動けるように備えようとした。しかし、
「勇者様! どうか我々に力を貸してください!」
「…は?」
そういって跪いた魔術師たちにぽかんと口を開けることとなった。
「勇者?」
「はい!」
「…誰が?」
「あなた様が、です!」
アークリードはこれ以上ないくらいに混乱した。
「ちょ、待ってくれ! 全然わけわかんねぇ!」
「私から説明しよう。」
それまでずっと静観していた国王が、そういって立ち上がった。
「その前に一つ聞きたい。そなたはモーブ王国を知っているか?」
「あ? ああ、確か大陸西部にある、4大王国の一つだろ?」
「そうだ、確かにそなたはこの世界のもののようだな。」
国王は一つ頷いてつづけた。
「ここはそのモーブ王国の首都、その王城の謁見の間だ。そして私はモーブ王国国王。そなたの力を借りたくて召喚させてもらった。」
アークリードは何も言わずに説明の続きを促した。
「我らが求めたものは勇者。魔王を倒せる者だ。そして、そなたが選ばれた。そちらの事情も顧みずに召喚したことは申し訳ないと思っている。だが、どうか力を貸してほしい。」
アークリードは言葉を選ぶように発言した。
「俺、いや、私が勇者だとする根拠は、いったいどこにあるのでしょうか? 何かの間違いでは?」
「その疑問はもっともだろう。だが、ここに召喚された。それこそがそなたが勇者だという証拠なのだよ。」
国王は詳細を隠しそう言った。
アークリードもそのことには気づいたが何も言わず、別のことを聞いた。
「…魔王を倒すための手段は? 今の私にはそれだけの力はないと…。」
「聖剣がある。そなたにはそれが使えるはずだ。もちろん、仲間や物資などの支援も惜しまない。」
アークリードは考え込むかのように手で口元を抑えた。
「この世界を魔王の脅威から守るためにも、どうか引き受けてくれないか?」
国王のその言葉に、アークリードはにっこりと笑った。
「わかりました。どこまでやれるかはわかりませんが、やらせていただきます。」
歓声が上がった。
「やってくれるか!」
「はい。いろいろと聞きたいことはあるのですが…召喚の影響か、体調があまりよくないので一度休ませてもらえませんか?」
「それはいかん! すぐに休むといい。詳しい話は明日としよう。勇者殿を部屋に案内せよ!」
すぐに一人のメイドがやってきて、アークリードはそのあとを続いて謁見の間を出た。
アークリードが去った謁見の間で、国王は笑いをこらえていた。
「まさかあれほどまでにうってつけの人物が呼べるとは!」
「ええ、私も予想外でした。あれならば勇者で間違いないでしょう。」
詳細を設定しすぎては誰も呼べない可能性が高くなるために、性別や年齢を設定しなかった。だからこそ、どんな人物が来るかは一か八かだったのだが、年若い少年という、勇者にふさわしい人物がきたのだ。うれしい誤算だ。
「神の思し召しに違いない。」
「これで、彼が魔王を倒してくれさえすれば、我が国は4大王国一の大国となること間違いなしでしょう!」
「たとえ倒せなくても、勇者を魔王退治に派遣したというだけでしばらく発言力は高まろう。」
彼らにとって、勇者はただの駒に過ぎないのだ。
「あとの問題は彼がどの国のものか、ですね。明日、しっかりと聞かなければ。小国ならば問題はないですがほかの4大王国の人間だとすればやっかいですからな。」
「たとえそうだとしても、なんとかせよ。勇者がほかにもいるとは限らないのだからな。」
そう言い残して謁見の間を出ていく国王を見送り、魔術師は魔法陣の処分にかかった。
「こちらの部屋をお使いください。」
「ありがとう。」
アークリードは案内された部屋に入り、ゆっくり休みたいから、と人払いした。
そして、自室でできなかった、ベッドにダイブをする。
「く、くくく…!」
こらえきれない笑いが漏れた。
「いや、まさかの展開だわ。俺が勇者とか!」
外に漏れない程度の声で独り言ちる。
「でも、これはチャンスだよなぁ。この手があったとはなぁ。聖剣かぁ。」
アークリードはベッドに仰向けに寝転がり、手をかざす。
「ほんとに持てんのかどうか知らねぇけど、持てたら最高だな。」
かざしたその手をぐっと握り、魔王の息子である彼――アークリードは、宣言する。
「首を洗って待ってやがれ、くそ親父。勇者様が退治しに行ってやるよ!」
ここに、壮大な親子喧嘩が始まったのであった。
そのころ魔王城では大騒ぎです。
魔王様は勝手に帰ってくるからほっとけと言いながら、探査魔法で探してます。
アークリードが阻害魔法かけちゃったので見つかりませんけど。
息抜きで書いたものなので多分続きません。