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女をナメてはいけません

女をナメてはいけません 2

作者: 藤乃ごま

日間アクセス数がとんでもないことになっていたので、驚くと共に震えました。前作ではご不快な気持ちになられた方もいらっしゃると思います。至らぬ点が多々あるかと思いますが、このページを開いて頂き、感謝致します。

「お電話代わりました。開発担当部長の島内と申します」


 連結子会社からの転職後、開発担当部長として着任して早二ヶ月。日々が目まぐるしく過ぎていく。元々OLとして仕事をしたり、休日には電子機器の開発もしていたが、慣れない管理職に悩みや気苦労は絶えない。


「ふぅ……」


 ふいに目眩を感じて、新製品の説明に関する電話を切った後、席をゆっくりと立ち上がった。


「あっ、稀代の新部長! お疲れ~」


 休憩室にて、コーヒーを飲んでいると、実に軽い感じの声が掛けられた。


「勇――関根、課長。……新部長って変じゃないですか? 普通に部長でお願いします。あと別の課の管理職同士なんですし、一応敬語で」


「ええっっ? だって俺達の仲じゃない」


「――ちょっと人聞きの悪い事言わないで。何の仲でも無いでしょ?」


「うおっ、言うね!!」


 小声で周囲を伺う私に対しそう言うと、目の前の男は泣くフリをしながら片手で目元を覆う。しかし、もう片方の手ではしっかりと向かいの座席を握っていた。このふてぶてしく、会社内であるまじき態度の奴の名は関根勇治。海外での大学時代、そしてインターンシップにて企業体験をしていた頃からの顔馴染みである。

 

 現在はこの会社で営業課長として勤めている。これでも最年少で着任した営業課長らしく、鋭い采配を奮うホープと期待されている――らしい。そして困ったことに腐れ縁のこの男は、私をからかう事に楽しみを覚えているらしく、こうして私を見かける度にちょくちょくと声を掛けてくるのだった。


「腐れ縁とはいえ、私は一応、部長なんだから。ふざけてないで、これからはちゃんと言葉を戻してよね」


「へいへーい。ちぇ、真面目だよなぁ。『ミィワーコー』は」


「……それ、いつの話よ。恥ずかしいから止めて」


「くくっ。懐かしいよなぁ……」


 勇治は、懐かしむようにその目を細めた。

『ミィワーコー』

 この暗号のような謎のフレーズが誕生したのは、私達の大学時代まで遡る。私達が在籍していた大学は世界的にも名の通った所だったが、そこは変わった授業方法やシステムを取り入れる事でも有名で、少々風変わりな決まり事に溢れていた。

 その基本且つ最も変わっているのが『一年間、席替えなし』というものだった。大学生にもなって、一年間決まった席に座らねばならず、しかも席替えすらしない。年毎とはいえ今時、席順、席替え無しの大学なんて他にあるだろうか? 入る前からそれなりに覚悟はしていたが、当時はやはりその変わった決まり事に茫然としたものだ。


――気が合わない人と隣なんかになった日には目も当てられないわね――そう思っていた私の考えは見事に的中する。そう、私の右隣がこの男、勇治だったのである。そして更には『ミィワーコー』フレーズを誕生させたのが左隣の男、アレックスであった。


「そういえば、あいつ日本に来るんだって?」


「…………え? ええ、そうらしいわね」


 遠い日の事を思い返していた為、生返事になってしまった。そんな私を見つめて、勇治が意地悪そうな笑みを浮かべる。


「そうらしい、って……。お前相変わらず冷てぇなぁ。アレックスは、あれだけお前にゾッコンなのに……」


「関根課長。言葉遣い、さらに悪くなってますよ」


「ふん」


 私がからかいに乗ってこない為、飽きてしまったのか勇治は素早く席を立ち上がった。


「んー、まぁ、どうでも良いけどさぁ。空港にくらいは迎えに行ってやれよ? 久しぶりに会うんだからさ。あいつ泣いて喜ぶぞ――っと。それでは島内部長、私はこれにて失礼致します」


「……」


 近くに来客が来た為か、言葉を直す勇治。その見事な切り替えには呆れるやら、感心するやら。その背を見送りながら、私は軽く溜め息を吐いてしまった。


「ミィワーコー……か……」


 遠い日の記憶が甦る。




      ※※※※※※※※※※      




「ミィワーコー! 待って下さい! ミィワーコー!!」


「…………ぷっぷぷ。……おい、あれ何とかしてくれないか? ふ、腹筋が壊れる……」


 (ようや)く大学生活にも慣れた頃の夏。

 隣で歩く勇治が笑いで揺れる身体を必死に抑えている。『ミィワーコー』の発生源が背後から近付いて来るのが判明したからだ。


「ミ、ミィワーコー! ま、待ってクーダサーイ! ボクも、ボクも一緒にサマーインターンにユきましょう!」


「…………」


 ()きましょうって。なぜ誘ってもいない奴が先導を取っているのだ。私はそのまま背後の奴を無視して、歩調を速めた。


「ミミミ、ミィワーコー!!」


「……なぁ、何か不憫すぎて、泣けてくんだけど……」


「鳴かせておきなさいよ」


「ひ、ひでー……」


 声の主はアレックス・ラウテルブルク。私の左隣の席に座る男だ。アレックスは、初めて顔を合わせた時からずっーとこの調子だ。色素の薄い茶色の髪にブルーグレーの瞳。サラサラの髪や綺麗な瞳から見つめられると誰だってドキッとはするだろう。しかし、そんな幻想はあって数時間で打ち砕かれた。そう『ミィワーコー』が誕生したからである。


「はぁはぁはぁ……。ミィワーコー! ヤ、ヤット追い付きました……!」


「……違う」


「?」


「私の名前の発音は、みわこ! みわこよ! んもー、何度言ったら伝わるのかしらっっ?! みーわーこー!」


「はい! ミィワーコー!!」


「ぶはぁっっ!!」


「……………………………………もぅ、いい」


 私の横では勇治が痙攣したまま倒れこんでいる。もう右も左もどうしようもない男ばかりである。今更ながら、進路を変更すれば良かったと深く思ったのは言うまでもない。


「さぁっ! サマーインターンにユきますよー! ボク達、みーんなミィワーコーの会社で企業タイケンするんですから!!」


「……はぁ」


「ぶふふっ。……お、おう、そうだよなぁ。アレックス! 頑張ろうなぁ!!」


「ハイィ!」


 そう。何の因果か、私達の希望する企業は全員一緒だったのである。まぁ、私は父の会社なので当然ではあるのだが、なぜか勇治やアレックスまでもが希望しているというこの状況。当然の如く、企業体験を行うサマーインターンまで一緒だ。


「…………………………はぁ」


 このどうしようもないスパイラルをぶっ壊してやりたい。私は心の底からそう思わずにはいられなかった。




      ※※※※※※※※※※       




「部長! 島内部長!」


「……えっ? ああ、ごめんなさい」


 物思いから覚めると、開発部の社員がそこに居た。


「大丈夫ですか? だいぶお疲れのご様子ですが……」


「うん? 大丈夫、大丈夫! ごめんなさいね、心配掛けて。それで? また新製品の説明かしら?」


「は、はい。そうなんです。綿密な詳細を説明して欲しいって先方から電話口で粘られてまして……」


「そうなの。じゃ、一緒に戻るわね」


「はい!」


 私はやや冷めてしまったコーヒーを手に持って、席を立った。私とアレックスが共同で開発した新しい電子機器。その実用化が目前に迫り、その対応に追われていた。


「やっぱり、部長は凄いです! あんな素晴らしい製品、今まで誰も思いつきませんでしたよ!」


「そう? そう言ってもらえると、とても嬉しいわ」


 そんな事を言いながらも、足早に開発部へと向かう。一応、管理職だが、現場との距離感を近くするため、部長職までは一般社員と同じフロアで業務を行っていた。


「……あっ」


 角を曲がろうとした時、誰かにぶつかってしまった。


「あああ、ごめんなさい」


 落ちてしまった相手の資料を拾う為に腰を屈めたが、社名が印刷された封筒を目にして身体が硬直する。


「………………」


「み――し、島内さん……」


 祐一だった。時が止まったようなギシギシとした感覚でゆっくりと顔を上げる。そこには、数ヶ月ぶりに見る祐一の顔があった。突然の別れの後、前社を辞める直前も、その後も顔を合わせる事は(ほとん)ど無かった相手。元々、勤務する課が違っていたので接点もそう無いとは思っていたが、まさかこんな所で再会してしまうとは。


「島内部長?」


 部下が訝しげな声を上げている。


「あ、ああ。ごめんなさい」


「お知り合いですか?」


 祐一が持っている連結子会社の名前が印字された封筒を見て、納得した様子の部下。昔の同僚と積もる話でもあると思ったのか次の瞬間、こんな事まで言い出してきた。


「宜しければ、先方には後ほど折り返しの電話をして頂ければ大丈夫なように取り計らいましょうか?」


「え? ええ……」


 好都合なんだか、どうなんだか。突然の元カレとの再開に頭が停止してしまったようだ。


「では、そのように。――失礼致します」


「え、ええ……」


 早々とその場を後にする部下。その間、祐一は顔を下に向けたままずっと無言だった。


「あっ、えーっと……と、とりあえず、こちらに」


「……はぃ」


 部下とのやり取りの手前、何も話さずに無視するわけにもいかないし、何を話すにしても人に聞かれるのは御免だったので、とりあえず会社の玄関ホールへと向かう事にした。恐らく、祐一は新製品についての営業方針をこちらに確認しに来たのだろう。これから社に戻るのであれば下に向かった方が良いはずだ。それに、玄関ホールならば、フロア全体にソファが配置してある為、話しやすい。


「…………」


 エレベーターのボタンを押して昇ってくる階数を眺める。なぜか祐一の方を向くことが出来なかった。ちらりとしか見ていないが、少し痩せてしまったようだ。チリッとした胸の痛みを微かに感じた気がした。そしてそのまま、お互いが無言の状態で、やって来たエレベーターに乗り込んだ。


「……美和子……」


「久しぶりね、祐一」


「ああ……」


「元気だった?」


「え? ……うん、まぁ」


「……そう」


「……………………なぁ、美和子」


「何?」


「俺、やっぱお前に悪いことしたよな。ごめん」


「…………」


「今さら、どうにもならないのは分かってるし、今のお前と俺じゃ、立場が違う。……だけどもう一度、もう一度だけ謝りたかったんだ」


「……ねぇ、祐一」


「……うん?」


「私ね、少しだけ後悔していたの」


「えっ?」


「あの時……あのファミレスで、貴方にあそこまで言う資格が私には無かったのかもしれないって」


「………そんな事」


「ううん、やっぱり無かったのよ。だって、私も貴方に沢山の秘密を抱えていたんだもの」


「……」


「まぁ、浮気されたり二股掛けられた末にフラれた事に関しては同情や未練の余地は無いけどね」


「…………うっ」


「……だけどね」


 私が次の言葉を紡ぐ前に、『チーン』という甲高い音と共にエレベーターの扉が開く。他の人間がいる手前、口をつぐんで祐一と一緒に玄関の回転扉を(くぐ)った。


「…………東條さん」


 前に祐一の名字を呼んだのが、遠い昔に感じられる。私は祐一を真正面から真っ直ぐに見つめた。

 確かに、傷つけられフラれたのは私。だけど、悪かったのは祐一だけじゃない。今では素直にそう思えていた。祐一の普通っぽさや弱い所が守ってあげたくなるようで好きだった。社長の娘ではなく『私』を見てくれる彼が好きだった。ファミレスやカラオケ、専用席の無い映画館も初めて行ったのは祐一だった。私の世間に疎いところを帰国子女だからと笑って勘違いしていた祐一。その単純さに癒された。


 ――だけど。


 私は社長の娘としての自分をさらけ出す事、そして祐一に全てを打ち明けて理解を求める事を結局しなかった。自分の中のどこかで、この人に解ってもらえない事を理解し切り捨てていた。社長の娘として接する内に目の色が変わってしまう事を恐れていたのかもしれない。


 ――そして、その結果として、私達は今こうして別々の道を歩んでいる。


 祐一の小賢(こざか)しい所や、不貞を犯してしまう優柔不断な所を庇うつもりは全くない。しかし、こうしてみると初めから私達の道は違っていたのかもしれない。お互いに正面を向いて、本気でぶつかり合う事をしなかったのだから。そんな事を考え、思わずふっと微笑んでしまう。


「島内……さん?」


「東條さん、これからは島内部長です」


「あっ、はぁ……」


「ふふっ」


「慣れなくってつい。……すみません」


「東條さん」


「は、はい」


「今まで、お世話になりました。……幸せになって下さいね」


「!!」


「それじゃ」


 私の頬には、これまでにない笑みと思いやりが浮かんでいるのだろう。裏切られ別れた元彼にエールを贈るなんて、どこか間違っている気がしないでも無いが、こんな自分は嫌いじゃない。そう強く思った。今度こそ、私は一度も振り返る事なく、その場を後にした。




      ※※※※※※※※※※※     




「美和子ー!!」


「アレックス、こっちよー」


「ああ、美和子だぁ!美和子美和子美和子美和子美和子ー!!」


「わわわ、分かったから、空港で抱きつくのとか止めて。日本じゃあり得ないから」


「なら、空港じゃなければ良い?」


「張り倒すわよ」


「うん? ハリタオス?」


「…………………………もぅ、いい」


 新製品の説明に訪れたアメリカ支社のアレックス。貴重な休日にも関わらず、勇治が煩く勧めるので、こうして仕方なく出迎えることになってしまった。


「Ohー! 夢にまでみた美和子と一緒の日本勤務ー! あぁぁ、新製品を開発した甲斐がありましたー!」


「…………」


 まさか、そのために私まで巻き込んで新製品を開発したんじゃ……。そんな微かな疑惑が頭を過ったが、あまり突っ込むと面倒な事になりそうなので、聞かなかったフリをする。そのまま天気が良かったので、日頃のデスクワークで鈍った身体の解消と日光浴を兼ねて、二人で空港近くの公園を散歩する事にした。


「ねぇ、アレックス」


「はい?」


「変なこと聞いても良い?」


「変なこと? まあ、美和子から聞かれる事ならば、何でも大歓迎です」


「もし、私が今ここで、誰かに襲われたらどうする?」


「……襲われる? 殺されるという事?」


「ま、まぁ、そうね。それはちょっと極端だけどね……」


「こんなに人がいるのに襲われるんですか?」


「い、いや、例えなんだけど……。うーん、だから、周りに誰も居なくて私とアレックスだけなの。勿論、携帯電話も使えないし、多勢に無勢――沢山の人に今にも襲われそうなの!」


「今にも……」


「そう。そうなった時、貴方ならどうする?」


「……」


 眉間に皺を寄せて、真剣に考えている様子のアレックス。なぜこんな質問をしてしまったのだろうか。自分でも良く分からない。だが、アレックスの答えならば、何となく予想がつく気がした。


「僕は美和子を助けるために犯人達に立ち向かいます」


「……………………そう、よね」


 予想通りの答え。女性であり、社長の娘でもある私を置いて逃げるなんて、アレックスならきっとしない。心の中で怯える事があろうとも、結局は私を助け逃がす選択をしてくれるのだろう。アレックスは善良な男性だから。


――だけど――


「だけど」


「へ?」


 私が『だけど』と思った瞬間、なぜかアレックスからも同じ言葉が発せられていた。


「だけど、美和子、貴女にも一緒に闘ってもらいますよ」


「…………………………へ?」


「一緒に闘いましょう」


「な、何を言っているの?」


「え? だから、貴女にも一緒に闘ってもらうんです」


「……………………」


 レディファーストはどうした。外国人にあるまじき決断だな。私の引き釣った頬を楽しげに見やりながら、目を輝かせたアレックスがさらに言葉を紡ぐ。


「だって、貴女は幼い頃に護身術を習っていたのでしょう? それなりの腕があるって勇治から聞いた事があります」


「…………ま、まあ、ね」


 大学の頃に勇治と口論になった際、つい苛立って手首を捻りあげた事がある。おそらく、それを言っているのだろう。


「それに」


「うん?」


「それに、美和子の性格なら、どんな結果になろうとも僕を置いていった事を後で絶対に後悔します。僕はそんな負担を貴女に掛けたくはない。だから、一緒に闘う。そして、絶対一緒に勝ち残るんです」


「アレックス……」


 そうだ、それこそが求めていた言葉。心の靄が晴れた気がした。私は守って欲しいし、守りたかったのだ――信頼し合った誰かと、一緒に。その答えを見つけたくて付き合いの長いアレックスに質問したのかもしれない。


 アレックスは、本当に私の事が良く解っているらしい。なぜだろう、目の前のふにゃりとした笑顔が今はとても眩しい。私はそっとアレックスから目線を外すと、遠くの空を眺めた。


「アレックス」


「はい?」


「明日から、忙しくなるけど、よろしくね!」


「はい!!」



 こうして、とある二十七歳独身管理職の休日は過ぎていく。


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