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ハロウィンの夜には魔物が来る

作者: kale

『今日は10月31日、ハロウィンです!町には仮装した幸せそうなカップルであふれています』

テレビの中では、綺麗な女子アナが派手なネオンに彩られた夜の街で道行く人々に話しかけている。


『あ!あそこにも仮装したカップルがいますね!ちょっとお話を聞いてみましょう。すみませ~…』

吸血鬼と魔女の仮装をした男女に女子アナが駆け寄っていったところで、私はリモコンを取って

テレビのスイッチを切った。

カビ臭い畳から上体を起こす。


「ハロウィンかぁ…」

陰鬱な気持ちになりながら、ジャージのズボンに手を入れてお尻をぼりぼりと掻く。

誰かと過ごすハロウィンなんて、彼氏いない歴=年齢の私にはちっとも関係のないイベントである。


「あんなの、リア充達がいちゃいちゃするだけのお祭りじゃない」

ひとりつぶやいてみるが、その声は誰もいない6畳一間のオンボロ部屋にむなしく響いただけだった。

窓の外では鈴虫が寂しそうに鳴いている。


私はいたたまれなくなって、はねっ毛だらけの長髪を掻きながら大きく伸びをした。

「明日も仕事だし…もう、寝よう。」




「トリック・オア・トリート」

部屋の扉を叩く音が聞こえた。

私は眠い目をこすりながら玄関に向かう。

下駄箱の上に置いてある時計を見ると、夜の2時だった。


こんな時間に誰だろう…

ドアノブに手をかけ、恐る恐る玄関の扉を開くと、目の前に小さな少女がいた。


6~7歳くらいだろうか。

白い髪は肩口で切りそろえられており、透けるような蒼い瞳が私を上目づかいに見ていた。

黒いドレスを着ており、それが髪の白と対照的で良く映える。

手には木編みの籠が握られており、その中に色とりどりのキャンディーが

いくつも入っているのが見えた。

それらは赤や青や黄色などの綺麗な包み紙で包装されていた。

どのキャンディーも大粒で丸々としていて、とても美味しそうだ。


「トリック・オア・トリート。お姉ちゃん、お菓子ちょうだい」

子供が片手の平をこちらに差出し、甘い声でねだった。

「お、お菓子…?」

ハロウィンに参加している外国人の子供だろうか。

なんとなく不気味な雰囲気がする子だ。

こんな小さな少女が夜遅くに一人でいるのも変だ。


「お菓子ちょうだい。お菓子くれないといたずらするぞ」

女の子はさらに強く手を差し出した。

幼子なのにやけにきっぱりとした口調だ。

その口調も彼女の気味が悪さに拍車をかけた。


お菓子を渡して早く帰ってもらおう、と思った。

「分かったわ、お菓子ね。ちょっと待っててね。」

私は子供に背を向け、部屋の中に戻った。

子供が気に入るようなお菓子なんてあったかな…


冷蔵庫や戸棚を隅々まで探しても、出てきたのは昨日の残りの弁当や野菜の切れ端、

晩酌用の焼酎だけだった。


私はおっさんか…。

戸棚を閉めた私は、自分の生活スタイルに幻滅しながら玄関の方を振り返った。

「ごめんね、お菓子はないみたい」

「お菓子ちょうだい。」

真ん前にあの子供がいた。うっすらと笑いを浮かべながら手をこちらに差し出している。


「わっ!?」

心臓がびくんと脈打つ。

「び、びっくりした。いつの間に入ってきたの?」

部屋を探している間、彼女は入ってきた気配はしなかった。

だが、私の問いかけにも答えず、彼女は同じ言葉を繰り返した。

「お菓子ちょうだい。お菓子くれないといたずらするぞ。」


「だから、お菓子はないんだって。ごめんね。」

少しいらつきながら、子供を宥めすかす。

すると、私の強めの口調に気分を害したのか、女の子が目の端に涙を浮かべた。

「嫌だ!嫌だ!お菓子が欲しい!」

少女は地団駄を踏み始めた。

安造りのアパートがみしみしと軋む。


「あの、ちょっと…近所迷惑になるから、やめよう…ねっ!?」

必死でなだめすかすが、彼女は泣きやまない。

「お菓子!お菓子!お菓子!」

幼い子供をあやしたことなどない私にとって

、思いがけない事態におろおろと辺りを見渡すことしかできない。


泣きわめく少女に困惑していると、突然、私は腹部に膨満感を感じた。

ジャージのズボンがきつい。

ふと、お腹に目をやる。

腹部が風船のように膨らんでいる。


ほんの十数秒で私の体は見る見るうちに肥大していき、

ぽっこり膨らんでいたお腹はスイカ大の大きさになった。

「え!?」

不可思議な現象に腰が抜け、尻もちをつく。


だが腰に感じたのはゴムボールの上に飛び乗ったかのような弾力のある衝撃。

お尻もぷっくりと膨らんでいた。


「なに…これ、っ!?」

まるで空気をいれられたように膨らんでいく私の体。

びりぃ、と着なれたジャージが大きくなっていく体に耐え切れずに裂ける音がした。


仰向けになった私は起き上がろうともがいたが、膨らんでいく臀部のせいで床に手が届かない。

声を出そうにも、今や完全な球体になった胴体が喉を圧迫して、低いうめき声しか出せなかった。



「ねー、お菓子ちょうだい?」

ぼよん、と体が弾んでさっきの子供がバランスボールにのるように私のお腹の上に飛び乗ってきた。

にやりと笑ったその顔は感情を持たない仮面のようで、私は恐怖を感じた。

「ねー、お姉ちゃん。お菓子ー」

少女が体を上下に揺するにつれて、ばいん、ばいんと私の体も弾み、安普請の部屋が軋んだ。

「お、菓子は、ないん、だっ、てば…」

お腹を押されると同時に息が口からもれる。それに合わせて私の言葉はとぎれとぎれになった。


「嘘だぁー、こーんなに大きなお菓子があるのにー」

少女は無邪気に笑うと、私の体がドレスに包まれた。

今の体にぴったりと合う、大きな大きなピンクのドレスだ。

その色はまるでキャンディーの包み紙のように鮮やかで…。


私は丸くなった指で腕のフリルを触る。

「ど…こから、こんな服…が!?」

喋ろうとするが、舌が鉛になったようにはっきりと喋ることができない。


「お姉ちゃん、お菓子ありがとう」

蛍光灯の逆光で影になった少女のシルエットを最後に、私の頭を真っ白になった。




がらんとした部屋に、黒いドレスを着た白い髪の少女がキャンディーが入った籠を持って、

ぽつんと立っていた。

女は消えていた。

代わりに籠の中にピンク色の包み紙に包まれたキャンディーがひとつ。


それを見て少女は満足げに笑った。

「お姉ちゃん、お菓子ありがとう」

そう言って、彼女は部屋の扉を開け、夜の闇に駈け出して行った。

「トリック・オア・トリート。お菓子くれなきゃいたずらするぞー」

外では相変わらず鈴虫が鳴いているだけだった。

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