人体実験時間
人体実験時間
「英治、英治!」
朝から、天井から出てきたテレビに起こされる。
「は、ふぁあああああい。」
「英治!起きなさい!」
「起きた!起きたってば。なんだよ・・・・・・。なんだ?」
テレビ画面が揺れる。六十五歳にもなって母親の声で目が覚めるのもどうかと思うが、これが一番はっきり目覚めるのだから、仕方がない。ちなみに、そこに本人はいない。五年前に亡くなり、脳の記憶だけが画像として残っている。そこに表示されるのは、脳波と声だけだ。
「お荷物が届いて……、いま、お姉さんの英美さんが受け取られました。」
音声の終了と同時に、家のチャイムが鳴った。
「開けて!」
英治は怒鳴った。
このマンションのいいところは声紋でドアが開けられるところだ。しかも、脅されたような時のような声の波に震えがあると開かない。防犯にも最適だ。
「起きた?」
姉がゆっくりと入ってくる。
「その荷物に起こされた。なにそれ?なにか書いてある?」
「梅ヶ丘小学校だって。」
「小学校!?何年前の話だ?」
「何十年の間違いでしょ。」
顔を洗って、姉から箱を受け取った。
「本当に?……本当だ。なんだろ。」
栄治はガサガサと箱に貼ってあるテープを外して開けた。
「なんだ、これ?卵?」
「なんか落ちたよ?えーと、実験タイムカプセル結果ですって。」
「実験タイムカプセルー?なんだそりゃあ。そんなもんやったかな?」
「あたしは記憶にないわよ。」
三歳年上の姉はきっぱり言った。
「俺もないけどなぁ。母さん!」
「はい?」
天井からの画面が揺れる。
「母さんの記憶に、俺の小学校時代のタイムカプセルってある?」
「……ある。」
「ある!?さすが、母さん!」
「え、母さん!あたしは?」
姉が言う。
「あんたのときは無かった。英治の時は学校の創立二百年記念で行われた。」
「……全然覚えてないな。」
「やっぱり、母さんがいなくても母さんの記憶が残っているって便利よね。」
「うん。」
英治は頷いた。映像の向こう側で画面が揺れる。
「それにしても、よく届いたな、これ。」
「そうねぇ。結局小学校で引っ越しして、中学校で引っ越しして、高校で海外に行って、大学でも二か所くらい移動したもんねぇ。」
「いや。大学は安い所に移動したから、三か所かな。だんだん大学から遠くなるっていう……。それにしても、ここを知っている友人もいないだろうに。」
「何が入っているの?そのカプセル。」
「なんだろ。」
英治はケースをあけた。すると中には薬と紙切れ。開くと音声が流れる。読みあげ機能が付いている。
『梅ヶ丘小学校創立二百年記念人体時間実験結果のお知らせ
梅ヶ丘小学校創立二百年に入学した全学生を対象に学業方法と自殺規模について人体実験を行いました。これは当時の校長である梅崎の独断で行われたものであります。なお内容につきましては、身体測定時に入学生徒全員の右肩にチップを注射しました。』
「うそ!」
姉が目を丸くしながら無意識に右腕を抑えたが、姉は関係ないようだ。
『なお、実験記録は国家保安に保管され、皆さまの許可なく使用閲覧などは行いません。また皆さまがすでに亡くなっている場合、自動的に開示されます。なお、事故などで右腕になんらかの損傷、紛失をされた場合はその時にカプセルが届いております。このカプセルが届いているということは、現在もご存命であることの証明と実験の終了を意味します。中に入っている薬品はチップを溶かします。お飲み下さい。』
「なに、これ?勝手に人体実験なんて人権の損害よ!」
「……だけど、誰に文句を言えばいいんだ?」
「学校でしょ!?送り先は……<……学校からの保存のみを申請の為、内容等にはお答えできず……>って、ダメか。情報保護がうるさいもんねぇ。」
「それに、校長の独断だって言っているし、そもそも校長はずいぶん前に亡くなっているし、学校は地震で潰れたし、国家保安に情報を返せって言ってもさ。なにに使うかもわかんないし、どう使うのかもわからないし、どう訴えるのかも分かんないし、とくに自殺もしなかったし、どうでもいいかなぁ。」
「いいの!?ずっと位置情報が監視されていたのよ?」
「らしいね。でも、俺はとくに困らないかなぁ。」
「のんきねぇ。」
姉はため息をついた。
二年後。
「自殺?姉さんが?なんで……は?カプセル?ちょ、ちょっとまって、カプセルが何だって?」
涙声の電話を貰って俺は慌てて、となりのマンションに行った。そこには姉がいる、いや、いた。あの卵型のカプセルがコロンと転がっている。俺は中の紙を開いた。
『梅ヶ丘小学校創立百九十七年記念人体時間実験結果のお知らせ
梅ヶ丘小学校創立百九十七年に入学した全学生を対象に学業方法とレイプ規模について人体実験を行いました。これは当時の校長である梅崎の独断で行われたものであります。またこの実験許可はとっておりません。なお内容につきましては、身体測定時に入学生徒全員の右肩にチップを注射しました。』
俺は息をのんだ。
『なお、実験記録は国家保安に保管され、皆さまの許可なく使用閲覧などは行いません。また皆さまがすでに亡くなっている場合、自動的に開示されます。なお、事故などで右腕になんらかの損傷、紛失をされた場合はその時にカプセルが届いております。このカプセルが届いているということは、現在もご存命であることの証明と実験の終了を意味します。中に入っている薬品はチップを溶かします。お飲み下さい。』
俺の頬を涙が流れた。だが、まだ文章が流れている。
『ただし、今回の実験結果に抗議される場合、頭を下にして脳を損傷し、死を持って抗議される場合開示は行われません。』
窓のカーテンは、ひらひらと揺れていた。俺は下をのぞくのが怖かった……。
『百九十七年二組、ナンバー六十五、死亡』『百九十七年二組、ナンバー三十五、死亡』
「お、始まったか。」
『二百年四組、ナンバー三、死亡』『百九十六年二組、ナンバー三十七、死亡』
暗い部屋の中、次々に画面に表示される。後ろのドアが開くと、光が入る。
「報告します、カプセルの影響で、七十歳の方の死亡率が上昇しております。」
くるりと椅子を回して、男はにんまり笑う。
「よかった、よかった。これで支払う年金分の予算削減ができる。ああ、次は二百一年組用のカプセルの準備を。内容は……そうだな、いままでの万引き記録にでもしておけ。」
「はっ。」
ドアから光が入らなくなると、男は画面を見て笑う。
「嘘でも本当でも人は死ぬ。」
暗い部屋の中、次々に画面に数字と文字が表示される。
『死亡、死亡、死亡……。』