缶蹴り
僕の通う学校には七不思議がある。トイレの花子さん。音楽室のピアノが勝手に鳴る。人体模型が動く。ありきたりな七不思議だ。
でも、その中に1つだけ、他では聞いたことないものがある。
それは、『缶蹴り』。
どんなのかって言うと、日が落ち始めてきた放課後の校庭の真ん中より体育館側に白線で丸を書いて、その真ん中に適当な缶を立てて置いて、近くにある杉の木で10数えると缶が蹴られる音がして、音の方を見ると缶が丸の外に横になっていると言うものだ。それから始まって、校庭をグルグル徘徊すると、誰もいないのに缶が蹴られてる。終わらせるには丸の近くで『まいりました』と言って、缶を潰せば終わり。こっくりさんみたいな怪談だ。
その話しを僕は面白半分で語っていた。真夏、何台かの扇風機が動いているだけの教室の昼休み。暑いと嘆いていた女子たちに冷やかな言葉を重ねていた。反応はばっちしではなかったけど。
「なにそれー」
「なにって……怪談だよ」
「超つまらないし、キョウ君」
そんな直球で言わなくてもいいじゃんか。僕はうつむく。
「それホントなの? 嘘でしょ?」
「う、嘘じゃないよ」
僕は咄嗟にそう答えた。
「へー。じゃぁさ。やろうよ、今日」
「いいねぇ! サンセイ!」
女子の数人が勝手に話しを進める。
「いいよね? キョウ君」
「い、いいよ」
僕がそう答えた後、すぐに昼休みの終わりを告げるざわついたチャイムが、古びたスピーカーから鳴り響いた。
「授業始めますよー」
僕は急いで自分の席に座った。意味のわからないことが書いてある教科書と、何も書いていないノートと、まだ長く先の尖った鉛筆と、欠片の消しゴムを机の上に出し、僕は机の上を見た。
……どうしよう。今の作り話だよ。缶が勝手に蹴られるわけないじゃん。なにか予定があったって言って逃げてしまおうか。それとも、今腹痛を訴えて帰ってしまおうか。どっちにしても、この場凌ぎでしかないことは重々承知だ。
僕はなにも書いていないノートに、これからどうするかを何通りか書いて、鉛筆で転がして決めることにした。
からからから……。
鉛筆が止まった目は、諦めて缶蹴りをするだった。これは違う。なにかの間違いだ。もう1回転がす。
からからから……から、
同じ目。この鉛筆、誰かに操られているんじゃないかと思わせるほどこの目に執着する。と言うことでもう1回。
からから……。
また同じ目で止まる。二度あることは三度あるって話しで済めばいいんだけど。と、言うことでラストチャンス。
からからから……。
また同じ目であった。僕は溜め息を吐く。
「はい、キョウイチ君。これの答えはなんですか?」
急に呼ばれて驚いた僕は、飛ぶように立ち上がり椅子を後ろの席にぶつけてしまった。僕は振り返ってゴメンと呟いた。気を取り直して黒板の方を向き、先生が指している宇宙語のような文字の羅列を眺める。眺めるだけで頭はまったく動かしてないけど。
「えーー。……3?」
そう答えた瞬間、教室が大爆笑に飲まれた。
「キョウイチ君。これ国語の授業よ」
笑いはさらに大きくなった。僕は恥ずかしくなってすぐに椅子に座って机に突っ伏した。どうせ当分笑い者のレッテルが貼られるなら、今のうちから慣れておこうと思ったけど、恥ずかしいものは恥ずかしかった。
どうやらそのまま寝てしまったようで、女子たちに起こされて、今放課後であることをしらされた。眠い目をこすって背筋を立て、両手を真上に上げて伸びをした。
「さぁ、キョウ君。行きましょ」
「うん」
ここまで来ると意外と踏ん切りがつくみたいで、僕は女子たちの後ろをついていった。
校庭はただ広いだけで誰もいない。それは暑いからだ。Tシャツ一枚の僕の見えている所からは汗が吹き出ていた。
女子の1人が体育倉庫からライン引きを持ってきて校庭の真ん中より体育館側で適当な大きさの丸を書く。そして、どこから持ってきたのかわからない空き缶を丸の真ん中に置いた。
「で、あそこの杉の木で10数えればいいのよね」
僕は少し戸惑って頷いた。すぐに杉の木まで走っていき、全員が空き缶に背を向けて目を手で隠し、数を数える。
「いーち」
そのカウントが10になった瞬間、僕が笑い者になるのだ。
「にー」
僕は数えるのを少しでも長くできるようにできるだけ溜めた。
「さーーん」
今になってこんな話ししたのを後悔してる。
「しーーい」
ただ、女子たちを怖がらせたかっただけなのに。
「ごーーお」
それでモテたらいいなって思っただけなのに。
「ろーく」
まさかの展開だよ。
「なーな」
あぁ、誰でもいいから蹴ってくれないかな。
「はーち」
笑い者なんて嫌だよ。
「きゅーう」
誰か、お願い!!
「じゅう!!」
カランカラン。
その音に、この場にいる全員が耳を疑った。あり得ない。
僕はゆっくりと手を外し振り返り、空き缶が置かれている場所を見る。
缶が丸の外で転がっていた。
蹴られたのである。
━━━━誰かに━━━━
僕は心の中で喜んだ。しかし、怖くなった。
「ホントだったの……?」
女子の1人がそう呟く。その言葉が全員の恐怖を増大させる。
「まだ、まだわからないよ。誰かが蹴ったのかもだし」
その女子は缶を元の位置に戻し、僕たちはあちらこちら歩いてみた。誰もいない学校にいる誰かを探して。
校庭の端にあるテニスコートを見て、なにもないから校内に入ろうと決まった瞬間、カランカランという音が鳴り響いた。また、蹴られたのである。再び缶を戻し、教室中を探したが誰もいない。諦めて校庭に戻り、空き缶が見える場所に着いた瞬間、缶が独りでに飛んだ。
カランカラン。
虚しい音が恐怖心をさらに強めた。
「なにこれ、気持ち悪い」
「ねぇ、もうやめよ」
「うん」
僕たちは缶を元に戻した。そして僕は缶に足を乗せ、終わりの言葉を呟く。
「まいりました」
そして勢いよく踏み潰す。見事にペッチャンコになった。
「これでお仕舞いだよ」
僕は女子たちの方を見る。女子は恐ろしいものを見たような顔をしていた。
「ね。ホントだろ」
僕はこの勝ち誇った顔を女子たちに見せつけた。
缶蹴りの怪談は本当に存在したのだ。
翌日から、缶蹴りの怪談は校内中に語られ、放課後には缶蹴りをしている生徒がちらほら見られるようになった。僕の創った話しだとは知らずにやっている。なんだかわからない快感に浸るようになり、僕は家に帰ろうとバックを背負った。
いつもより暗い気がする階段を降り、下駄箱に向かう。当たり前だけど誰ともすれ違わないし、人の気配さえなかった。
自分の下駄箱の前に立ち、靴を取り出して地面に捨て、上履きを下駄箱に入れた時だった。
「缶蹴りがまた流行り始めたのぉ」
僕はビックリして入れる手を止めてしまった。声のするほうにゆっくりと顔を向けていく。
「君はもうしたのかい? 缶蹴り」
校内を掃除しているおじいちゃんだった。白髪がよく目立つので薄暗い空間でもはっきりとその人だとわかった。
おじいちゃんの答えに僕は頷いた。すると、そうかそうかと嬉しそうに呟いて近づいてきた。
「ワシも昔よーくやったよ」
適当な近さまで来ると、その顔がはっきりとわかった。優しそうな顔つきだが、暗さのせいか気味悪さがあった。
「しっとるか? 缶蹴りでやってはいけないことを」
「やっちゃいけないこと!?」
僕は静かに驚いておじいちゃんに一歩近づく。
「聞きたいかい?」
「うん」
おじいちゃんの言葉に即答する。僕が広めた怪談をもっと面白いものにしたかったのだ。
「そうかい。じゃぁ、確り聞くのじゃよ」
この薄気味悪い空間に薄気味悪い怪談が語られる。
「これは、ワシが君と同じ年じゃったかな。ワシは友だちと毎日のように缶蹴りをしとった。缶を蹴ってる子を見つけるために。じゃが、結局見つからなかったのじゃ。
ある日、ワシたちは缶蹴り中、体育館裏をまだ見に行ってないことに気づいたのじゃ。ワシたちはいつも通り走って行ったのじゃ。
そしたらどうじゃ。体育館裏に着いた瞬間に、男の子とも女の子ともわからぬすすり泣く音が聞こえたのじゃ。ワシは嫌な気がしたのじゃ。じゃが、そんなワシの気持ちとは裏腹に友だちはその声を頼りに探すのじゃ。
体育館裏にあるのは焼却炉だけじゃったから、ワシらは迷わずそこに向かった。すすり泣く音は大きくなり、間違いなくここにいることがわかったのじゃ。友だちが焼却炉の扉を開けるために取っ手を掴んだ時じゃった。
おじいさん先生が怒鳴ったのじゃ。開けちゃいかん! とな。ワシらは急いで逃げたが、結局捕まってしまった。
それでもう二度と缶蹴りをするなと言われたのぉ」
ホッホッホッと笑うおじいちゃん。
「結局その泣き声の子が缶を蹴った犯人か突き止められなかったのじゃ」
僕はそれを聞いて、犯人を突き止めたくなった。とてつもなく恐いこの話に僕がオチをつけるために。そして、オチがついた怪談がより恐くなるように語る。この話が広まって、恐怖に悲鳴する声を聞いてこの快楽をより一層強くしたかったのだ。
そんなこと考えていたら、夜眠れなかった。恐くてじゃなくて、面白すぎてだ。焼却炉の中に誰も入っていなかった。それで後ろから、見つかっちゃった、とか囁かれたら完璧だ。真夏の天然クーラーの出来上がり。
そんなこんなで夜が明け、珍しく朝ごはんを食べて、学校に向かった。
授業なんかに集中するはずもなく、今日の放課後が楽しみでしょうがなかった。が、徹夜明けの僕の体には授業は子守唄として聞こえ、いつの間にか眠っていた。
起こされたのは昼休みで誰かが給食を持ってきてくれた。僕はそれをゆっくり食べる。隣の席は缶蹴りを一緒にやった女の子である。あの日からなんか僕を避けてる気がするけど、そんな事気にせずに話しかけた。
「ねぇ」
「ひ!!」
話しかけただけでこの反応は腑に落ちないがとりあえず話を進めた。
「缶蹴りの話に続きがあったらどう思う?」
そういうと、その子は顔色を変え、少しだけ離れられた。
「や、やめたほ、ほうがいいよ」
その反応に違和感を覚えた。本物のお化けでも見たような反応なのだ。
僕はそれ以上話すのをやめた。弱いものいじめを楽しむような性格はしていないのだ。
そのまんま昼休みも終わり、再び僕は眠りについた。
きっと夢の中で、僕は木を見ながら数を数えていた。10数えると缶が蹴られた。僕はそれを戻し、すぐさま体育館裏の焼却炉に向かった。すると、すすり泣く声が聞こえ始めた。僕は息を呑んで焼却炉に近づく。確かに、すすり泣く声は大きくなった。僕は、その正体を拝むため取っ手を掴んだ。
「開けちゃダメ!!!」
は! 次の瞬間には目が覚めていた。すでに授業は終わっていて、教室には誰もいなかった。僕は立ち上がりバックを持って、窓に寄った。
日が傾き、赤い色に染まった校庭。すでに誰かが缶蹴りをした後のような白線の円が赤色に隠れていた。
僕はゆっくりと校庭に向かっていった。面白半分、恐さ半分、期待半分。訳のわからない感情が胸にとどまりもはや気持ち悪かった。
無意味に広い校庭に1人、円の真ん中に空き缶を置いた。カラスの鳴き声が演出のように響き、生温い風が頬を撫でる。杉の木に近づいて数を数える。
1……。
2……。
3……。
数を増やしていくごとに胸の拍動が強くなっていった。
4……。
5……。
6……。
7……。
7不思議を創り上げた人って、きっと僕みたいな子だったんだと思う。
8……。
9……。
10。
からん……。からん……。
来た。
僕は缶の方を向く。音が示したように、缶は円の外に転がっていた。それをもとに戻し、僕は目的の体育館裏向かった。
体育館の横を通っても、泣く声は聞こえないが、裏に来た瞬間はっきりと聞こえたのだ。
━━━━クスン……クスン━━━━
男なのか女なのかなんて分からなかった。ただ、すすり泣く音だけが鼓膜を揺らしていた。
ゆっくり焼却炉に向かっていく。だんだんと大きくなる音。他に五感を刺激するものはいない。
焼却炉の目の前で立ち止まった。中から聞こえる音。取っ手に手をかける。心臓の鼓動が最高潮に達する。息を呑んで手に力を入れようとした。
━━━━開けちゃダメ━━━━
夢の時の声が頭に響く。そのせいで力が抜けてしまう。
だが、確認したかった。犯人を。
再び力をいれ重い扉を開ける。
その瞬間後悔した。
焼却炉の中から青白い子どもが、こっちを見ていて笑っていた。その子が僕の腕を掴みものすごい力で中に引き込まれた。ドンという音と共にすぐに扉が閉まり明かりが全くなくなった。
僕は音のしたほうにより、おもいっきし押すが、びくともしない。クスンクスンすすり泣く音が真後ろで聞こえる。
恐い恐い恐い恐いこわいこわいこわいこわいこわいコワイコワイコワイコワイ
「たすけて!! たすけて!!」
扉を叩き叫ぶ。
「たすけて!!」
しかし、校内には誰もいない。誰かが助けてくれるはずがなかった。
焦げ臭い臭いが鼻をついた。気のせいか段々熱くなる。尋常じゃない汗が身体中から出てきた。
怖かったが、振り返る。
泣いているのは男の子だった。さっきの青白い顔の子である。体育座りしていて顔を埋めていた。
その顔を僕に向けて、呟く。
━━━━ミンナミツケタノニ━━━━
その男の子から火が出ている。どんどん熱くなっているのはそれのせい。
焼き殺される。
僕はまた扉を叩く。
「助けて!!」
死にたくない。
怪談がこんなに恐ろしいなんて知らなかった。面白半分で語った。
それだけで殺されるなんて。
「助けて!!」
もう火が間近に迫っているのはわかる。肌がヒリヒリしはじめる。
「助けて!!」
半分泣いている。声も出なくなってきた。
「助けて!!」
死にたくない!
扉が開く。
すぐさま僕は引っ張り出される。
「おぉ、よかった……」
その後、僕はこっぴどく叱られた。いろんな人に。
そう言えばなんで掃除のおじいちゃんが僕が焼却炉に閉じ込められているのことがわかったのかを聞くと、なんとなくだったそうだ。たまたま体育館付近を掃除してたら体育館裏に出て、ドンドンという音が聞こえたからだそうだ。
焼却炉の煙突からは黒煙が出ていて、扉にはつっかえ棒がされていたそうだ。
それを聞いて、なにかが引っかかった。
僕は、後ろの席の女子に迫って何を見たのかを聞き出した。
どうやら見えてしまう体質らしく、蹴った犯人を見たそうだ。缶を蹴った犯人は女の子らしい。しかも、1人ではなく複数人。
僕は、それを聞いて、引っかかりが解けた。
引っかかりは、あの男の子の言葉だった。
あの子は、缶を護っていた、いわゆる鬼だったんじゃないかな。逃げているみんなを探して体育館裏の焼却炉を開けた瞬間、後ろから女の子に押されたんじゃないかな。そして一回手を差し伸べられたけど、むしろ押されて中に奥まで行ってしまい、扉を閉められた。つっかえ棒をして。
泣き叫んで助けを呼んだが、誰も来てくれず疲れはてて寝てしまった。
そして、中に人が入っていることを知らなかった大人が、火をつけた。
僕はこの事をおじいちゃんに話した。そしたら、おじいちゃんにこの話をもう誰にもしないように言われた。
僕は言われた通り、誰にも話さなかった。
夏が過ぎれば怪談は忘れ去られる。
夏休みが終わり、秋の色がつき始めたときには缶蹴りなんて言葉をまったく聞かなくなった。
ある日の放課後、僕はなんとなく体育館裏の焼却炉に向かった。ホントになんとなく。
落ち葉が落ちている中を歩き体育館裏に出た。焼却炉に目を向けた。焼却炉のそばには、白い花束が置かれていた。誰が置いたのかすぐにわかったけど。
焼却炉に近づく。行くのを拒む足をムリヤリ動かして。
僕は焼却炉の前で手を合わせて目をつむった。