六花
「大変だったわね…大丈夫?」
俺が報告を終えて部屋を出るとアイラが廊下で待っていた。
「アイラが職員を呼んでくれたのか、ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。時間があるなら私の部屋でお茶でもどう?少し休んでいきなさい」
時間をみると次の客の予約まではまだしばらくあった。
「女性からの誘いを断るほど野暮じゃないよ、ぜひお邪魔させていただきます」
するとアイラも艶やかに微笑み返してきた。
「あら、女性ならどなたでもよろしいのかしら…?貴方だからお誘いしたのよ」
「ではお手をどうぞ」
俺たちはふざけながら部屋へ行った。
部屋ではアイラが自ら暖かい紅茶を入れてくれた。
「なんだか懐かしいな、こうしてアイラの部屋で過ごすの…」
「そうね、あなたが小さな頃はよく遊びにきてくれていたから」
アイラがこの館に来たのは俺が9歳の時だった。アイラは既に18歳ですぐに客をとり始めていた。
「俺もあの頃のアイラと同じ歳になっちゃったよ。アイラみたいにはなれてないけどね…ま、あれだけ働いてたアイラが特殊なんだろうけど」
「あの頃はねー…若かったから。あなたはあなたで大変みたいね?」
アイラは昔から俺を弟のように気にしてくれる。
「まぁ、そうだね…毎日仕事が詰まっててつらいよ。それに…今日みたいな新規の客が最近少なくないんだ」
「この前モデルとして雑誌に載ったからね。あれで花街を知らない子が訪ねてきてるのよ」
この間客の一人にモデルを頼まれ、若い女性むけの雑誌の仕事をした。
そういった仕事は基本的に禁止されているが、今回は大口の客からの頼みで断れなかったのだ。
「あーあ…もう絶対にしたくないよ」
しばらくアイラと話していたが、次の客の予約の時間が迫ってきた。
「じゃ、仕事にいくね。いつもありがとう、アイラ」
「いいえ、いってらっしゃい。また時間があったらおいでなさい」
俺がアイラの部屋をでると偶然シリウスに出会った。
「よぉ、アイラの部屋から出てくるとは…ずいぶんといい思いしてるな」
「嫉妬か?シリウス」
俺はにやっと笑って言った。シリウスはアイラが好きなのだ。
「なんの事だか…ま、せいぜい勘違い女に誘拐されないようにな」
シリウスはそう言うと去っていった。
「うっせ…だから気をつけて館に軟禁されてんだよ」
モデルをしたせいでストーカーにあっているのため、俺は外出禁止中なのだ。
部屋に戻って地味なスーツから次の客のためにカジュアルな服に着替え、仕事モードに切り替える。
「さて、行くか…」
今日最後の客をいつも通り送り出す頃には、前の客の事など気にかけていなかった。