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日溜りの危機

作者: 泉田清
掲載日:2025/10/27

 日の当たる場所で、手ごろな丸石を見つけ、腰かけた。肌寒い日が多くなってきた。日向が恋しくなる季節。

 足元にウマオイがいる。まったく動かないように見える。死んでいるわけではない、昆虫はひっくり返って死ぬからだ。目を凝らせば盛んに触角を動かしている。とはいえ、寿命が尽きるのも時間の問題だろう。


 「ずいぶんいるよねあの緑の、ウマオイ」。ファミリーレストランで食事をしていると、隣の席にいた主婦の誰かが言う。確かに夏の終わりから秋にかけ、例年になくウマオイが多いように見えた。入店する時ここの扉にもへばり付いていた。

 彼らは好戦的でもある。わざわざヒトに向かって飛んでくる。ある日。肩に止まったウマオイをつまみ上げると、大きな足で屈伸運動を始めた。あまりに激しい運動のために片方の足がもげてしまった。何という事だ。彼はこの後生き残ることができるのか?近くの草むらにそっと放してやった。少しでも生き永らえますように。


 アパートのドアを開け外に出る。外廊下の蛍光灯はクモの巣だらけであり、足元は昆虫の死骸で溢れている。ウマオイの死骸もいくつかあった。隣の部屋のドアに一匹のウマオイがくっついる。ソイツには足が片方無かった。やるではないか。下にはこと切れた同胞が散らばっているというに、コイツは不具者でまだ生きている。歴戦の勇士という趣さえあった。

 自宅アパートからファミリーレストランまで車で20分かかる。車に乗り込むとき、タイヤのホイールにウマオイがいた。少年時代の残酷な感情が蘇る。このまま走ってやろう。

 平均時速60キロで車を飛ばした。駐車場に停め、ホイールに目をやる。ウマオイはまだいた。実に驚嘆すべきことだ。ここまで来るのに何百、いや、何千回転した分からぬというのに。振り落とされもしなければ、飛んで逃げることもしなかったのだ。称えるべき勇者を手に取ってみる。彼はフラつくこともなく、勇壮に翅を広げ煌々と光を放つ街明かりへ飛び去った。栄光は彼のためにある。私は独り、899円のディナーを口にした。


 これが私のウマオイ体験である。彼にとっては武勇伝のごく一部に過ぎないだろうが、これだけでも波乱万丈ぶりが伝わるというものだ。

 そしていま最後の冒険が繰り広げられている。肌寒い中、生き永らえるために日の当たる場所にやって来た。昼間のここは危険極まりない。トリやヘビ、その他の天敵に丸見えであるし、路上では頻繁に車が往来している。絶体絶命。彼にとって幸運なのは隣に私がいることである。私がいる限り危惧すべき事はない。


 「もう大丈夫そうですか」後ろから後輩が声をかけた。私は後輩とドライブ中だった。途中吐き気を催し、車を降りて草むらに吐いた。そのあと力なく、手ごろな丸石に腰かけたわけだ。昨夜は飲みすぎてしまった。

 昨夜は同僚らと飲みに行き最後にスナックバーに行った。若いホステスが揃っていて、有頂天になったところまでは覚えている。「お前あそこはもう出入り禁止だぞ」、「バカなことやったな」。朝、同僚たちからメールが来ていた。バラバラになった記憶から、思わず赤面するような失態が蘇ってくる。確かにやりすぎてしまったようだ。

 「ああ、ごめん、もう行こうか」その上後輩を呼びつけ、迎え酒と称して朝から缶ビールを呷った。その結果いま丸石の上上で憔悴しきっている。それももう終わり、行かなければならない。


 キミに幸あれ!ウマオイにエールを送る。彼はそんな事には目もくれず、必死に触角を動かし続ける。未だ生存への道を探し続けているのだ。虫の息は私の方だ。  

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