第2話 追放令嬢と紅茶魔法
ピギィと共に荒野を歩くこと半日。
ようやく、文明の匂いがしてまいりましたわ。
「あれが……アーシェの街、ですの?」
視界に入ってきたのは、正直に申し上げて「街」と呼ぶのも憚られる代物。
木造の建物がまばらに立ち並び、城壁らしきものはボロボロ。
人の姿もちらほらと見えますけれど、皆どこか疲弊した様子。
ぴぎぃ……
ピギィも帽子を押さえながら、不安そうな声を出しましたわ。
「大丈夫ですわ、ピギィ。わたくしたちなら、きっと何とかなりますわよ」
そう言いながらも、内心では冷や汗をかいておりました。
だって、所持金はほぼゼロ。
食料も残りわずか。
住む場所もございません。
「とりあえず……まずは冒険者ギルドに登録、ですわね」
辺境で生き延びるには、冒険者として仕事を受けるのが手っ取り早い。
それくらいは、転生前の知識で分かっておりますわ。
街の入口で見張りをしていた――というより、木陰で居眠りをしていた――門番に道を尋ね、わたくしたちは冒険者ギルドへ向かいました。
ギルドの建物は、街の中では比較的しっかりした造り。
それでも王都の建物と比べれば、随分と質素ですけれど。
扉を開けると――。
「……しーん」
中にいた数名の冒険者たちが、一斉にこちらを振り向きましたわ。
そして、沈黙。
まあ、無理もありませんわね。
ドレス姿で銀のティーセットを抱え、頭に帽子を載せたスライムを連れた令嬢が現れたのですもの。
「……あの、冒険者ギルドはこちらで間違いございませんこと?」
わたくしが優雅に一礼すると、受付にいた眼鏡の女性――ギルド職員らしき方――がハッと我に返りました。
「あ、はい!冒険者ギルドで間違いありません。ご用件は?」
「冒険者登録をお願いしたいのですけれど」
「登録……ですか?」
職員の方は、わたくしの格好を上から下まで見て、明らかに困惑しておられましたわ。
「あの、失礼ですが……お嬢様、冒険者というのは命懸けの仕事なんですが」
「ええ、存じておりますわ」
わたくしはにっこりと微笑みました。
「わたくし、クラリッサ・フォン・ヴァルシュタインと申します。訳あって、この地で生計を立てる必要がございまして」
「ヴァルシュタイン……侯爵家の!?」
職員の方が驚愕の声を上げ、周囲の冒険者たちもざわめきましたわ。
まあ、この辺境にまで噂は届いているのでしょうね。
「破滅した悪役令嬢」の噂が。
「……事情はお察しします」
職員の方は同情的な目で頷き、書類を取り出してくださいました。
「では、登録手続きを始めます。まず、簡単な実技試験がありますが――」
ぴぎぃ!
ピギィが元気よく跳ねました。
「あら、そちらのスライムも登録を?」
「ええ、この子はわたくしの相棒ですの」
「……スライムを相棒に?」
職員の方はさらに困惑した様子でしたけれど、プロ意識でしょうか、すぐに表情を整えました。
「分かりました。では、屋外の試験場へどうぞ」
───
試験場は、ギルド裏手の広場。
ところどころに的や訓練用のダミーが設置されておりますわ。
試験官は、筋骨隆々とした男性冒険者。
傷だらけの顔で、いかにも「歴戦の勇士」という雰囲気ですわね。
「俺はギルドの試験官、ガルドだ。試験内容は簡単。あの的に、何でもいいから攻撃魔法を一発当ててくれ」
彼が指差したのは、十メートルほど先にある木製の的。
「それだけでよろしいのですか?」
「ああ。冒険者ギルドは実力主義だ。難易度の高い依頼は実績を積まないと受けられないが、登録自体は簡単にできる」
「なるほど、承知いたしましたわ」
わたくしは的の前に立ち、右手に魔力を集中させました。
「では――アクア・スパイラル!」
指先から水流が放たれ、的の中心に命中。
的は水圧で吹き飛びましたわ。
「……お、おお。なかなかやるじゃねえか」
ガルドさんが感心したように頷きました。
「では次、そこのスライムの番だ」
ぴぎぃ!
ピギィが意気揚々と前に出ます。
「スライムに魔法なんて使えんのか?」
「ご覧になっていてくださいまし」
ぷぎぃぃぃぃ――ゴォォォッ!
ピギィの口から火炎が噴出。
的どころか、その後ろの壁まで黒焦げになりましたわ。
「な、なんだそのスライムぅぅぅ!?」
ガルドさんが絶叫。
周囲で見ていた冒険者たちもざわめいております。
「……合格、だ。つーか、お前ら強すぎだろ」
「ありがとうございますわ」
わたくしは優雅に一礼しました。
「じゃあ最後に、得意技を一つ見せてくれ。実技記録に残すからな」
「得意技、ですの?」
わたくしは少し考えました。
アクア・スパイラル、エアランス、フレアアロー……どれも標準的な魔法。
でも、わたくしには他にもう一つ――。
「では、わたくしの《オリジナル魔法》をお見せしますわ」
そう言って、わたくしはティーセットから紅茶を取り出しました。
「……紅茶?」
「ええ。《アールグレイストーム》と申しますの」
わたくしは紅茶を空中に放り投げ、魔力を注ぎ込みます。
「紅茶よ、嵐となりて敵を――」
その瞬間。
ーードガァァァァン!
――予想の三倍の規模で、紅茶の嵐が暴発しましたわ。
「きゃああああ!?」
試験場全体が、紅茶色の竜巻に包まれます。
濃厚なアールグレイの香りと共に、訓練用のダミーが次々と吹き飛んでいきますの!
「うわああああ!何だこれぇぇぇ!」
ガルドさんが悲鳴を上げながら吹き飛ばされ――。
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが咄嗟に飛び上がり、炎で紅茶の嵐を蒸発させてくださいました!
もくもくと立ち上る水蒸気。
そして、試験場全体に広がる濃厚な紅茶の香り。
「……あの」
わたくしは、紅茶まみれで倒れているガルドさんに近づきました。
「大丈夫ですの?」
「……お前、その魔法、普段から使ってんのか?」
「いえ、今日が初めてですわ」
「初めてでこれかよ!」
ガルドさんが立ち上がり、全身の紅茶を払います。
「……くそ、服が全部紅茶臭ぇ」
「申し訳ございません。洗濯代をお支払いいたしますわ」
「いや、いい。っつーか、お前金ないんだろ?」
図星でしたわ。
「……まあ、威力は文句なしだ。合格だ、合格」
ガルドさんはため息をつきながら、書類にサインをしてくださいました。
「冒険者ランクは銅からスタート。依頼をこなして実績を積めば、ランクは上がっていく」
「ありがとうございますわ」
ぴぎぃ!
こうして、わたくしとピギィは無事に冒険者ギルドに登録できましたの。
ただ――。
「なあ、クラリッサ」
受付に戻る途中、ガルドさんが真面目な顔で言いました。
「その紅茶魔法、封印した方がいいぞ。味方まで巻き込むからな」
「……善処いたしますわ」
わたくしは頷きましたけれど、内心では思いましたの。
――いえ、きっといつか役立つ時が来ますわ。
この《アールグレイストーム》、完璧にコントロールできれば、最強の魔法になるはずですもの。
ぴぎぃ……
ピギィが不安そうに鳴きました。
「大丈夫ですわ、ピギィ。次はもっと上手くやれますわよ」
――たぶん。
そんなわたくしの不安をよそに、街中には今日も濃厚な紅茶の香りが漂っておりましたの。
後日、この事件は《アーシェ紅茶事変》として、ギルドの伝説に残ることになりますけれど。
それはまた、別のお話ですわね。




