第25話 クラリッサ王国建国
《辺境自由連合》建国から三年。
わたくしの執務室には、六つの自治体の代表者たちが集まっておりました。
「クラリッサ様、本日は、極めて重要な提案をさせていただきたく、参上いたしました」
北の村の村長が、厳粛な表情で言いました。
「重要な提案ですの?」
「ええ」
東の村の村長が、立ち上がりました。
「わたしたちは、《辺境自由連合》をさらに発展させるため――」
「正式な王国へと昇格させたいのです!」
ぴぎぃ!?
ピギィが驚いて、帽子が落ちました。
「王国へ?」
わたくしは、思わず紅茶を飲む手を止めました。
「現在、わたしたちは《連合主席》と《女王》という二つの統治体制を持っています」
西の村の代表が説明します。
「ですが、このままでは、国際的な認知が不十分です」
「国際的な認知?」
「はい」
高地の集落の長老が、頷きました。
「王国や帝国という名称があれば、より多くの国々が、わたしたちと外交関係を結びやすくなるのです」
「そういう問題ですの?」
「ええ」
南の集落の代表が、地図を広げました。
「わたしたちの国は、今や五万人を超える人口を有し、年間の国庫収入も莫大です」
「経済規模も、いくつかの小国を上回っています」
「ですから、わたしたちは正式な『クラリッサ王国』として、独立することを提案するのです!」
「クラリッサ王国!?」
わたくしは、思わず立ち上がってしまいました。
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!」
「何か、ご不満ですか?」
北の村の村長が、心配そうに聞きました。
「いえ、不満ではなく……」
わたくしは、少し考えました。
「単に、驚いたのですわ」
わたくしは、窓の外を眺めました。
《茶の香る街》アーシェ。かつては荒れ果てていた辺境。
今では、活気に満ち溢れた独立国家。
そして、それがさらに「王国」へと進化する。
「ふふ……」
わたくしは、微笑みました。
「では、聞かせていただきますわ。『クラリッサ王国』とは、どのような王国ですの?」
「それは――」
オズワルドさんが、分厚い書類を持ってきました。
「既に準備してありますよ」
「また作ったんですの!?」
わたくしは、驚愕の声を上げました。
「どうせなら、最初から『王国』で計画されておくべきでしたわ」
「それは申し訳ありません」
オズワルドさんが、書類を広げました。
「では、《クラリッサ王国》についてご説明します」
─
《クラリッサ王国憲法》の内容は、以下の通り。
「《第一条:クラリッサ王国は、クラリッサを国王として頂く、独立した主権国家である》」
「国王ですの!?」
わたくしは、思わず紅茶をむせました。
「女王ではなく、国王ですの!?」
「はい」
オズワルドさんが、淡々と説明します。
「男性の支配者が『国王』、女性の支配者が『女王』ですが、『女王』の方が格上という解釈もあります」
「ですから、あえて『国王』という表現を使うことで、クラリッサ様の統治が性別に関係なく、最高権力であることを示すのです」
「……なるほど」
わたくしは、納得しました。
「確かに、そういう見方もありますわね」
「《第二条:国王は、国家の最高統治者として、全ての最終決定権を有する》」
「《第三条:国王の下に、評議会が設置される。評議会は各自治体の長で構成され、国王の決定を補佐する》」
「《第十条:国旗は、紅茶色を基調とし、中央にピギィの帽子をモチーフにした白いマークを配置する》」
「国旗にピギィの帽子!?」
ぴぎぃぃぃ!?
ピギィが、思わず自分の帽子に触れました。
「ふふ、素敵ですわね」
わたくしは、思わず笑ってしまいました。
「ピギィの帽子が、国旗になるなんて」
「まさに、ピギィもこの国の象徴ですから」
オズワルドさんが、微笑みました。
「《第二十条:クラリッサ王国の国花は紅茶の花とし、国酒は《アーシェ・ブレンド》とする》」
「国花も紅茶!」
わたくしは、感動して目に涙を浮かべました。
「何という素敵な国でしょう」
「《第二十五条:クラリッサ王国は、紅茶による平和と繁栄を追求する国家である》」
「《第三十条:この憲法は、国王の署名により、即座に発効される》」
「では、署名いたしますわ」
わたくしが、ペンを手に取りました。
「ですが、一つだけ条件がございますわ」
「条件?」
各村長たちが、身を乗り出しました。
「《クラリッサ王国》の正式な建国式には、全市民を招待いたしましょう」
「全市民!?」
「ええ。これは、市民たちの信頼によって成立する王国ですもの」
わたくしは、優雅に微笑みました。
「市民たちと共に、わたくしたちの新しい国を祝うべきですわ」
「素晴らしい判断ですね」
オズワルドさんが、頷きました。
「では、建国式は明日、街の広場で行いましょう」
「明日!?」
「はい」
オズワルドさんが、既に準備を始めていました。
「各自治体への連絡、市民への告知、式典の準備――」
「全て、本日中に完了させます」
「やはり、オズワルド、あなたはすごいですわ」
わたくしは、感心しながら署名しました。
『クラリッサ・フォン・ヴァルシュタイン』
その署名と共に――。
ゴゴゴゴゴ……
再び、空気が震えたような感覚。
今度は前回より、さらに大きなエネルギーが、国全体を包み込みました。
「これは……憲法の発効ですね」
オズワルドさんが、満足げに言いました。
「《クラリッサ王国》、ここに誕生いたしました」
─
翌日。
街の広場には、五万人を超える市民たちが集まっていました。
「皆様、本日ここに、歴史的な瞬間を迎えます!」
わたくしが、王冠を被ったまま、宣言しました。
「《辺境自由連合》から《クラリッサ王国》への昇格!」
「そして、わたくしの正式な『国王』就任をお知らせいたしますわ!」
わああああああああああ!!!
市民たちから、最高の歓声。
「クラリッサ国王万歳!」
「クラリッサ王国万歳!」
「紅茶の国万歳!」
ぴぎぃぃぃぃぃ!!!
ピギィが、最高の喜びを表現。
小さな炎を吐き出して、祝いの花火のように。
「あ、ピギィ、お気をつけなさい!」
わたくしは、慌ててピギィを抑えました。
けれども、市民たちは、その光景を見て、さらに喜びました。
「ピギィちゃんもお祝いしてくれてる!」
「かわいい!」
「ピギィの帽子が国旗のマーク!」
市民たちが、ピギィの帽子を指差して、歓声を上げます。
「では、国旗を掲げますわ!」
その合図と共に、新しい国旗が、広場の中央に掲げられました。
紅茶色の布に、白いピギィの帽子のマーク。
シンプルながらも、素敵なデザイン。
「ああ、素晴らしい!」
市民たちが、涙ぐみながら、国旗を見つめます。
「この国旗は、わたくしたち市民の心そのものですね」
「ピギィちゃんと共に、これからも歩む国」
「紅茶の香りに包まれた、素敵な国」
─
式典の後。
《ぷにぷに喫茶》では、小規模な祝宴が開かれました。
「クラリッサ国王、おめでとうございます!」
グレゴールさんが、敬礼しました。
「グレゴール、『国王』は要りませんわ。『クラリッサ』で十分ですわ」
「そ、そうですか……」
「ええ。わたくしは、市民たちのための統治者でありたいのですわ」
わたくしは、紅茶を一口飲みました。
「たとえ国王という肩書きを持っていても」
「さすがですね」
リーナさんが、微笑みました。
「ところで、クラリッサ」
ガルガさんが、ミルクティーを飲みながら言いました。
「お前、本当に国王になっちまったな」
「ええ、不思議ですわね」
わたくしは、思わず笑ってしまいました。
「王国から追放された身が、今や国王」
「何という人生の転変」
かぷぎぃ!
ピギィも、満足げに鳴きます。
「ところで、オズワルド」
わたくしが、新たな課題について聞きました。
「次の計画は?」
「当然、既に準備してあります」
オズワルドさんが、新しい書類を取り出しました。
「次は、クラリッサ王国の通貨『紅茶コイン』の発行と――」
「なるほど……ですが、少し休ませてくださいまし」
「そうですね」
オズワルドさんが、優しく笑いました。
「では、本日は休みにして、明日から準備を始めましょう」
「ありがとうございますわ」
ぴぎぃ!
ピギィも、安心した様子。
─
その夜。
わたくしは、一人、王宮(新しく建設された、もっと立派な建物)の窓から、夜空を眺めていました。
「ふふ……」
わたくしは、国王としての王冠を被ったまま、紅茶を飲んでいましたわ。
『クラリッサ王国』
王国から追放された元悪役令嬢。
破滅フラグをフルコンボした女。
そして、今は――。
独立国家『クラリッサ王国』の国王。
「本当に、素敵な人生ですわね」
かぷぎぃ……
ピギィが、わたくしの膝の上で、気持ちよさそうに寝ています。
わたくしは、ピギィを優しく撫でながら、つぶやきました。
「ピギィ、これからも一緒に、この国を守りましょうね」
ぷぎぃ……ぷぎぃ……
ピギィが、寝ながら応答します。
わたくしは、紅茶を一口飲みました。
温かい。
優しい味。
王冠を被ろうとも、ティータイムは変わらず。
「ああ、やはり紅茶は最高ですわ」
窓の外、満点の星空。
新しい国旗が、風になびいています。
紅茶色に、白いピギィの帽子のマーク。
『クラリッサ王国』の象徴として――。
わたくしたち仲間たちと共に。 市民たちと共に。 紅茶の香りに包まれながら――。




