第15話 辺境領主と自治組織
領主就任から一週間。
わたくしは、領主執務室――元々は倉庫でしたけれど――で、頭を抱えておりましたわ。
「オズワルド、この書類の山は何ですの……?」
机の上には、うず高く積まれた書類、書類、書類。
「税収報告書、住民登録書、商業許可申請、建築許可申請、治安報告書……」
オズワルドさんが淡々と読み上げます。
「それに、水道設備の陳情書、学校建設の要望書、病院設置の嘆願書――」
「ストップですわ!」
わたくしは両手を挙げました。
「もう、聞いているだけで頭が痛くなってきましたわ……」
ぴぎぃ……
ピギィも机の下でぐったりしています。
「クラリッサ、大丈夫か?」
ガルガさんが心配そうに覗き込んできます。
「顔色悪いぞ」
「大丈夫……ですわ。ただ、こんなに仕事があるなんて思っていませんでしたの」
「領主ってのは、そういうもんだぜ」
「分かっておりますわ!でも、これは一人では到底……」
その時、リーナさんが紅茶を持ってきてくれましたわ。
「クラリッサさん、まずは一息つきましょう」
「ありがとうございますわ、リーナさん」
わたくしは紅茶を一口飲み――。
「……ふう」ようやく落ち着きましたわ。
「やはり紅茶は素晴らしいですわね。心が安らぎますわ」
かぷぎぃ……
ピギィも少し元気になった様子。
「さて、クラリッサ様」
オズワルドさんが新しい書類を取り出しました。
「提案があります」
「何ですの?」
「自治組織を立ち上げましょう」
「自治組織?」
「はい。現在、全ての決定をクラリッサ様一人で行っていますが、それでは限界があります」
オズワルドさんが図を描き始めます。
「そこで、各分野の専門家を集めて、委員会を作るのです」
「委員会……」
「例えば――」
オズワルドさんが説明します。
「《教育委員会》、《医療委員会》、《インフラ委員会》、《商業委員会》、《治安委員会》など」
「なるほど……それぞれが専門分野を担当するわけですわね」
「その通りです。クラリッサ様は最終決定をするだけで良い」
「素晴らしい案ですわ、オズワルド!」
わたくしは目を輝かせました。
「では早速――」
「ちょっと待て」
ガルガさんが割り込んできます。
「委員会を作るのはいいけどよ、誰を委員にするんだ?」
「……あ」
確かに、人材が必要ですわね。
「そこも既に考えてあります」
オズワルドさんがにやりと笑いました。
「実は、適任者が何人かこの街にいるのです」
───
翌日。
わたくしたちは、街の有力者たちを集めましたわ。
会議室――元々は《ぷにぷに喫茶》の宴会場――には、十名ほどの人々。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございますわ」
わたくしが挨拶すると、人々が緊張した面持ちで頷きます。
「では、オズワルド、紹介をお願いしますわ」
「はい」
オズワルドさんが一人ずつ紹介していきます。
「まず、元王国の教師、エリアス先生」
白髪の穏やかな老人が立ち上がりました。
「よろしくお願いします。私は三十年間、王都で教師をしておりました」
「まあ、それは頼もしいですわ」
「次に、元軍医のマリア先生」
四十代くらいの、凛とした女性が一礼。
「医療の専門家として、お役に立てれば」
「ありがとうございますわ」
「次に、元宮廷魔術師のセバスチャン」
長い白髭の老人が、杖を持って現れました。
「魔法については、この老いぼれにお任せを」
「宮廷魔術師!それは心強いですわ」
オズワルドさんは次々と紹介していきます。
商人、技術者、元役人――。
皆、何らかの事情でこの辺境に流れ着いた有能な人材たち。
「……オズワルド、あなた、いつの間にこんなに人材を集めたんですの?」
「私の仕事ですから」
オズワルドさんが自信満々に答えました。
「さて、皆様」
わたくしは立ち上がり、宣言しましたわ。
「本日より、《アーシェ自治評議会》を設立いたします。各委員会の委員長として、皆様にご協力いただきたく――」
「喜んで!」
エリアス先生が即答。
「この街のために、何でもします」
「わたしも」
マリア先生も頷きます。
「この街には恩があります。恩返しをさせてください」
「ワシもじゃ」
セバスチャンさんも杖を鳴らしました。
「久々に、魔法を役立てることができそうじゃ」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが嬉しそうに跳ね回ります。
「では、決定ですわ!本日より、《アーシェ自治評議会》、始動いたしますわ!」
わああああ!
一同から拍手。
───
それから三日後。
各委員会が設立され、活動を開始しましたわ。
「では、《教育委員会》からの報告をお願いしますわ」
「はい」
エリアス先生が立ち上がりました。
「学校建設の件ですが、既に適地を選定いたしました。街の東側、広場の近くが良いかと」
「素晴らしいですわ」
「建設費用は、金貨三十枚を見積もっております」
「承認いたしますわ。オズワルド、予算を」
「了解しました」
「次に、《医療委員会》の報告を」
マリア先生が資料を広げます。
「病院建設の件ですが、まず診療所から始めることを提案します。規模を小さくすれば、金貨二十枚で可能です」
「なるほど。段階的に拡大していくわけですわね」
「その通りです」
「承認いたしますわ」
ぴぎぃ!
ピギィも満足そうに鳴きます。
「次に、《インフラ委員会》――セバスチャンさん、お願いしますわ」
「うむ」
セバスチャンさんが立ち上がりました。
「上下水道の件じゃが――」
老魔術師は杖を一振り。すると、空中に魔法の映像が現れましたわ。
「おお……」
「これが、提案する水道システムじゃ」
映像には、街全体を巡る水路が描かれています。
「北の山から水を引き、魔法で浄化。各家庭に配水する」
「下水は、南の処理場へ集め、再び浄化して川へ戻す」
「まあ、完璧なシステムですわね!」
「ただし――」
セバスチャンさんが真剣な顔になりました。
「これには、大規模な魔法陣が必要じゃ。わしと、クラリッサ殿の魔力を合わせれば可能じゃが」
「わたくしの魔力も、ですの?」
「うむ。クラリッサ殿の魔力は非常に強い。特に、水の魔法の才能がある」
「……そうでしたの?」
わたくし、そんな才能があったなんて知りませんでしたわ。
「では、わたくしも協力いたしますわ」
「よし、決まりじゃな」
───
それから一ヶ月。街は急速に変化していきましたわ。
まず、学校の建設が始まりました。
「おお、立派な建物になりそうだな」
ガルガさんが工事現場を眺めています。
「ええ、子供たちが学べる場所ができますわ」
ぴぎぃ!
次に診療所も完成。
「マリア先生、準備は整いましたか?」
「はい、クラリッサ様。明日から診療を開始できます」
「素晴らしいですわ」
そして、最大のプロジェクト――上下水道整備。
「では、セバスチャンさん。魔法陣の起動を」
「うむ」
街の中央広場に、巨大な魔法陣が描かれていますわ。
セバスチャンさんとわたくしが、それぞれの位置に立ちます。
「クラリッサ殿、準備はよいか?」
「ええ、いつでも」
「では――起動じゃ!」
二人同時に魔力を注ぎ込みます。
ゴゴゴゴゴ……
魔法陣が光り始めました。
そして――。
シュゴォォォォ!
地下から水が湧き上がり、街中に張り巡らされた水路を流れ始めます。
「す、すごい……」
リーナさんが驚嘆の声。
「本当に水が!」
街の人々も歓声を上げています。
「水だ! きれいな水が出てる!」
「これで、毎日井戸まで水を汲みに行かなくていい!」
「クラリッサ様、ありがとうございます!」
ぴぎぃぃぃぃ!!
ピギィが興奮して跳ね回ります。
「ふふ、成功ですわね」
わたくしは満足そうに微笑みました。
「セバスチャンさん、お疲れ様でしたわ」
「いやいや、クラリッサ殿の魔力があってこそじゃ」
老魔術師が笑います。
「それにしても、見事な魔力制御じゃった。本当に、ただの元悪役令嬢かのう?」
「ふふ、秘密ですわ」
───
その夜。《ぷにぷに喫茶》にて。
わたくしたちは、一ヶ月の成果を祝って乾杯しておりましたわ。
「学校、病院、水道――全部完成したな」
ガルガさんが満足そうにミルクティーを飲んでいます。
「ええ、これで街はさらに発展いたしますわ」
「クラリッサさん、本当にすごいです」
リーナさんが感心した様子。
「一ヶ月でこんなに変わるなんて」
「わたくし一人の力ではありませんわ。皆様の協力があってこそ、ですわ」
かぷぎぃ!
「そうですね」
オズワルドさんが資料を見ながら言いました。
「《アーシェ自治評議会》は、予想以上に機能しています」
「ええ、本当に助かっておりますわ」
「さて、では次の計画ですが――」
「まだあるんですの!?」
わたくしは思わず叫んでしまいましたわ。
「当然です。これはまだ始まりに過ぎません」
オズワルドさんがニヤリと笑います。
「次は、農業改革と工業育成です」
「……やれやれですわ」
ぴぎぃ……
ピギィも疲れた様子。
けれども――わたくしは窓の外を眺めました。夜の街。
街灯が灯り、水の流れる音が聞こえ――かつての荒れ果てた街とはまるで別世界。
「ふふ、でも……やりがいがありますわね」
「そうだな」
ガルガさんが尻尾を振ります。
「お前、本当に領主の才能あるぜ」
「ありがとうございますわ」
わたくしは紅茶を一口飲みました。
温かい。優しい味。
「さあ、明日も頑張りましょう、皆様」
「はい!」
ぴぎぃ!
ガオン!
――破滅フラグを踏み抜いた元悪役令嬢の新しい挑戦。
《茶の香る街アーシェ》は、今日も発展を続けていきますわ。
紅茶と共に。仲間たちと共に。
そして、夢と共に――。
ー
「あ、そうだ。オズワルド」
「はい?」
「学校で、紅茶の授業を必修科目にしてはどうでしょう?」
「……クラリッサ様、それはやりすぎです」
「そうですの?」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィは大賛成のようですわ。
夜の《ぷにぷに喫茶》。
今日も、紅茶の香りが優しく漂っておりましたの。




