第14話 紅茶戦隊と領主就任
《クラリッサ商会》設立から三ヶ月。
わたくしは、予期せぬ事態に直面しておりましたわ。
「クラリッサ様ぁ!」
朝、《ぷにぷに喫茶》の扉を開けた瞬間、街の人々が殺到してきましたの。
「ちょ、ちょっと、皆様!落ち着いて――」
「クラリッサ様、うちの息子が熱を出しまして!何か良い紅茶を!」
「クラリッサ様、隣の家との境界線でトラブルが!裁定をお願いします!」
「クラリッサ様、新しい店を開きたいんですが、場所を相談させてください!」
「クラリッサ様、結婚式で紅茶を振る舞いたいんです!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!わたくし、ただの元悪役令嬢――」
「クラリッサ様は、この街の恩人です!」
「そうだ!街を救ってくれた!」
「もはやクラリッサ様なしでは、この街は回りません!」
ぴぎぃぃぃ!?
ピギィも混乱して帽子が傾いていますわ。
「おいおい、クラリッサ、これはマズイぞ」
ガルガさんが呆れた顔。
「お前、いつの間にか街の支配者みたいになってるぞ」
「支配者だなんて、そんな……」
その時、オズワルドさんが書類を持って現れました。
「クラリッサ様、ご報告があります」
「何ですの、オズワルド?」
「街の自治会から、正式な要請が来ました」
オズワルドさんが書類を差し出します。
わたくしはそれを読み――。
「……え?」
固まりましたわ。
『クラリッサ・フォン・ヴァルシュタイン様へ
アーシェ街自治会一同より、謹んでお願い申し上げます。
この度、街の名誉領主として、アーシェの統治をお任せしたく――』
「とう、統治!?」
わたくしは思わず叫んでしまいましたわ。
───
緊急作戦会議。
《ぷにぷに喫茶》の奥の部屋に、わたくしたちが集まりました。
「オズワルド、これはどういうことですの?」
「文字通りです」
オズワルドさんが冷静に説明します。
「アーシェは元々、各王国の辺境として放置されていた街。正式な領主はおらず、自治会が運営していました」
「ええ、それは知っておりますわ」
「しかし、クラリッサ様の活躍により、街は急速に発展。人口も三倍に増えました」
「三倍も!?」
「はい。それに伴い、行政の複雑化、治安維持の問題、税収管理など、自治会だけでは対応しきれなくなったのです」
オズワルドさんが地図を広げます。
「そこで、実質的に街を発展させたクラリッサ様に、正式に統治をお願いしたい、と」
「でも、わたくし、元悪役令嬢で追放された身ですのよ?」
「それが問題ありません」
オズワルドさんがニヤリと笑いました。
「アーシェは辺境すぎて、各王国の国境外として直轄統治が及んでいないのです。つまり、独立都市」
「独立都市……」
「ええ。ですから、独自の領主を定めることができます」
「……つまり」
わたくしは理解しましたわ。
「わたくしが領主になっても、各王国は気にしない、と」
「その通りです。むしろ、辺境が安定してくれれば、各王国としても好都合でしょう」
「おいおい、クラリッサ」
ガルガさんが心配そうに言いました。
「本当にやるのか?領主なんて、大変だぞ」
「……」
わたくしは少し考えましたわ。
領主。
侯爵令嬢だった頃は、いずれ領地を持つことを夢見ていましたけれど。
まさか、追放された先の辺境で、その夢が叶うなんて。
「クラリッサさん」
リーナさんが優しく言いました。
「無理する必要はありません。断っても、誰も責めませんよ」
ぴぎぃ……
ピギィも心配そうに鳴きます。
けれども――。
「いえ、受けますわ」
わたくしは決意を固めました。
「この街の人々は、わたくしを信頼してくださっている。ならば、その信頼に応えるのが、元侯爵令嬢の務めですわ」
「クラリッサ……」
「それに――」
わたくしは微笑みました。
「破滅フラグを踏み抜いた先で、新しい国を作る。それが、わたくしの夢でしたもの」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが嬉しそうに跳ね回ります。
「へへ、らしいな」
ガルガさんが尻尾を振りました。
「じゃあ、俺様も全力で支えてやるぜ」
「ありがとうございますわ、ガルガさん」
「わたしも、剣で守ります」
リーナさんが剣の柄に手を添えました。
「では、正式に受諾の返答を――」
「その前に」
オズワルドさんが別の書類を取り出しました。
「就任式の準備をしましょう。盛大に」
「就任式!?」
「当然です。これは歴史的瞬間ですから」
───
一週間後。
アーシェの街の中央広場には、大勢の人々が集まっておりましたわ。
街の住民だけでなく、近隣の村々からも人が集まり、その数は千人を超えていますわ。
「すごい人ですわね……」
わたくしは緊張しながら、用意された壇上へ向かいました。
後ろにはピギィ、ガルガさん、リーナさん、オズワルドさん、そしてグレゴールさんと護衛隊。
ぴぎぃ……
ピギィも緊張している様子。
「大丈夫ですわ、ピギィ。一緒ですもの」
かぷぎぃ……
壇上に立つと、自治会の代表――白髭の老人が前に出ました。
「皆さん!本日ここに、歴史的な瞬間を迎えます!」
老人の声が広場に響き渡ります。
「クラリッサ・フォン・ヴァルシュタイン様を、アーシェの名誉領主として迎えることを、ここに宣言いたします!」
わああああああ!
民衆から大歓声。
「クラリッサ様万歳!」
「紅茶戦隊万歳!」
「ピギィちゃん可愛い!」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが手(?)を振っています。
「では、クラリッサ様。一言お願いします」
老人がわたくしに促しました。
わたくしは深呼吸をして、前に進みます。
そして――。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございますわ」
わたくしの声が、魔法で増幅されて広場中に響きます。
「わたくしは、かつて王都を追放された、破滅した悪役令嬢でしたわ」
人々がざわめきます。
「けれども、この街で、皆様と出会い――新しい人生を歩み始めることができました」
「クラリッサ様……」
「ですから、わたくしは誓いますわ。この街を、辺境で最も美しく、豊かで、そして――」
わたくしは微笑みました。
「紅茶の香りに包まれた、素敵な街にすることを!」
わああああああああ!!
民衆から大歓声。
「さすがクラリッサ様!」
「紅茶の街、最高だ!」
「ピギィちゃんも頑張って!」
ぴぎぃぃぃぃ!!
ピギィが興奮して、小さな炎を吐きました。
「あらあら、ピギィ、落ち着いて」
慌てて抑えるわたくし。
人々が笑います。
「さて、就任を記念して――」
わたくしは手を掲げました。
「本日は、《ぷにぷに喫茶》全店舗で、紅茶を無料提供いたしますわ!」
わああああああああああ!!
さらなる大歓声。
「クラリッサ様、最高!」
「太っ腹だ!」
「今すぐ飲みに行こう!」
人々が喜んで店へ向かい始めます。
「……クラリッサ様」
オズワルドさんが苦笑しながら言いました。
「無料提供、予算大丈夫ですか?」
「大丈夫ですわ。これも投資ですもの」
「さすがですね」
───
その夜。
《ぷにぷに喫茶》本店は大賑わい。
無料の紅茶を求めて、店は満員状態でしたわ。
「ピギィ、頑張って!」
ぴぎぃぃぃ!
「リーナさん、接客お願いします!」
「はい!」
「グレゴール、整理をお願いしますわ!」
「了解しました!」
わたくしたちは大忙し。
けれども、不思議と疲れは感じませんでしたわ。
人々の笑顔。紅茶を飲んで幸せそうな表情。
「ああ、この紅茶、本当に美味しい」
「クラリッサ様のおかげで、この街が変わったよな」
「そうだ、もう昔の荒れ果てた街じゃない」
「今じゃあ、《茶の香る街アーシェ》って呼ばれてるらしいぜ」
「いい名前だな」
ぴぎぃ……
ピギィが満足そうに鳴きます。
「《茶の香る街アーシェ》、ですか」
わたくしは窓の外を眺めました。
街の明かり。かつては寂れていた街が、今では活気に溢れている。
「ふふ、素敵な名前ですわね」
「ああ、お前にぴったりだ」
ガルガさんが尻尾を振りながら、ミルクティーを飲んでいます。
「クラリッサさん、お疲れ様です」
リーナさんが紅茶を差し出してくれました。
「ありがとうございますわ、リーナさん」
わたくしは紅茶を一口飲みました。
温かい。優しい味。
「……ああ、やはり紅茶は最高ですわね」
かぷぎぃ!
ピギィも賛同するように跳ねます。
「さて、クラリッサ様」
オズワルドさんが書類を持ってきました。
「明日から、領主としての公務が始まります。覚悟はよろしいですか?」
「当然ですわ」
わたくしは微笑みました。
「わたくしは、クラリッサ・フォン・ヴァルシュタイン。破滅フラグをフルコンボした元悪役令嬢」
「そして今は?」
「《茶の香る街アーシェ》の領主、ですわ」
ぴぎぃぃぃぃ!!
ピギィが全力で喜びを表現。
「よし、じゃあ乾杯だな」
ガルガさんがカップを掲げます。
「新しい領主の誕生に!」
「乾杯!」
「乾杯ですわ!」
ぴぎぃ!
四人(?)のカップが重なります。紅茶の香りが、優しく店内に漂う。
──こうして、わたくしは正式にアーシェの領主となりましたの。
破滅フラグを踏み抜いた先で、まさか領主になるなんて。
人生、何が起こるか分かりませんわね。
けれども――。
「ピギィ、これからも頑張りましょうね」
かぷぎぃ!
「ええ、わたくしたちなら、きっと素敵な街を作れますわ」
窓の外、満点の星空。《茶の香る街アーシェ》の未来は、まだまだこれから。
わたくしたちの冒険は、新たな章へと進んでいきますの。
ー
「あ、そうだ。オズワルド」
「はい?」
「明日から、街の名前を正式に変更いたしましょう」
「変更、ですか?」
「ええ。《茶の香る街アーシェ》では長いですわ。もっと短く――」
「まさか《紅茶市》とか言わないですよね?」
「違いますわ!《アーシェ・ティーランド》はどうでしょう?」
「……それも微妙ですね」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが何か提案しているようですけれど――。
「まあ、ゆっくり考えましょう」
こうして、領主となったわたくしの新しい日常が始まりましたの。
紅茶と共に。仲間たちと共に。
そして、夢と共に――。




