第13話 紅茶戦隊と新店と名産品と茶畑
《クラリッサ街道》開通から二週間。
予想以上の成功に、わたくしは少々困惑しておりましたわ。
「オズワルド、この数字、本当ですの?」
「はい、間違いありません」
オズワルドさんが報告書を差し出します。
「街道を通過する商人の数、開通前の五倍。物流量は八倍に増加しました」
「まあ……」
「さらに、《ぷにぷに喫茶》の売上も前月比三倍。茶葉の卸売り注文も殺到しています」
「嬉しい悲鳴、ですわね」
わたくしは紅茶を一口飲みました。
ぴぎぃ……
ピギィも疲れた様子で、カップの横でぐったりしていますわ。
「ピギィちゃん、大人気だもんね」
リーナさんが優しく撫でてあげています。
「毎日百杯以上のミルクティー泡立ててるんだから」
かぷぎぃ……
「ピギィ、頑張ってくださいましね」
「クラリッサ、お前、スライムを酷使しすぎだろ」
ガルガさんが呆れた顔。
「そんなことありませんわ。ちゃんと休憩時間も――」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが突然、元気に跳ね上がりました。
どうやら、新しいお客様の気配を察知したようですわ。
扉が開き、入ってきたのは――。
「失礼します」
見知らぬ男性たち、五名。
服装から察するに、近隣の村の代表者でしょうか。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「いや、その……」
男性たちは緊張した様子。
「わたしたちは、北の村、東の村、西の村、そして南の集落の代表で――」
「まあ、わざわざお越しくださいましたの」
わたくしは席を勧めました。
「どうぞ、お掛けになって。まずは紅茶を」
ぴぎぃ!
ピギィが張り切って、ミルクティーを用意し始めます。
「あ、ありがとうございます……」
男性たちが恐縮しながら紅茶を受け取り、一口飲むと――。
「――!」
全員が目を見開きました。
「こ、これが噂の紅茶……!」
「本当に美味い!」
「こんな味、初めてだ!」
ふふ、いつもの反応ですわね。
「それで、皆様。何かご用件が?」
「は、はい!」
北の村の代表らしき男性が、勢いよく頭を下げました。
「お願いします!わたしたちの村でも、紅茶を売ってください!」
「え?」
「街道ができて、商人が増えて、村も潤い始めたんです!」
東の村の代表も続けます。
「でも、紅茶がない!アーシェまで来ないと飲めない!」
「村人たちが、毎日『紅茶が飲みたい』って……」
西の村の代表が切実な顔。
「お願いします!わたしたちの村にも、《ぷにぷに喫茶》の支店を!」
南の集落の代表まで。
「……」
わたくしは、オズワルドさんと目を合わせました。
「オズワルド、これは――」
「チャンスですね」
オズワルドさんがニヤリと笑いました。
「商会拡張の絶好の機会です」
───
その日の夕方。
わたくしたちは緊急の作戦会議を開きましたわ。
「さて、皆様。大変な状況になってまいりましたわね」
テーブルには、周辺地域の地図。
「北の村、東の村、西の村、南の集落。全て《クラリッサ街道》沿いの拠点です」
オズワルドさんが説明します。
「ここに支店を置けば、商圏は一気に広がります」
「でも、支店を四つも作るって……」
リーナさんが不安そうに言いました。
「人手も資金も足りるんでしょうか?」
「大丈夫ですわ。元《黒狼団》のメンバーが五十人もおりますもの」
「そうだな、あいつら、最近めちゃくちゃ真面目に働いてるし」
ガルガさんが頷きます。
「グレゴールの指導が行き届いてるんだろうな」
ぴぎぃ!
「資金面は問題ありません」
オズワルドさんが帳簿を示しました。
「現在の手持ち資金、金貨二百枚。支店四つの開設費用は、合計で金貨八十枚ほど」
「では、余裕ですわね」
「ええ。ただし――」
オズワルドさんが真剣な表情になりました。
「問題は茶葉の供給です。現在の生産量では、支店四つ分は賄えません」
「……確かに」
わたくしは少し考えました。
「では、茶畑を拡大する必要がありますわね」
「その通りです。それと――」
オズワルドさんが地図上の一点を指差しました。
「この辺り、《緑の谷》という場所があります」
「緑の谷?」
「はい。かつては茶葉の名産地だったそうですが、十年前に魔物が住み着いて放棄されたとか」
「なるほど……つまり」
わたくしは微笑みました。
「魔物を討伐して、茶畑を取り戻せばいいわけですわね」
「……またそのパターンかよ」
ガルガさんが呆れた顔。
「でも、それが一番効率的ですわ」
かぷぎぃ!
「わたしも賛成です」
リーナさんが剣の柄に手を添えました。
「魔物討伐なら、お任せください」
「では、決定ですわ! 明日、《緑の谷》へ向かいますわよ!」
───
翌朝。
わたくしたちは《緑の谷》へ向けて出発しましたわ。
グレゴールさんと護衛隊十名も同行。
「クラリッサ様、《緑の谷》は相当危険だと聞いていますが……」
グレゴールさんが心配そうに言います。
「大丈夫ですわ。わたくしたち《紅茶戦隊クラリッサ隊》に不可能はありませんもの」
「……その名前、本当に定着したんですね」
「仕方ありませんわ。もう諦めましたの」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィは嬉しそう。
三時間ほど歩くと、視界が開けました。
「あれが……《緑の谷》ですわね」
目の前に広がるのは、確かに緑豊かな谷。
けれども、ところどころに魔物の気配。
「気配が……すごいな」
ガルガさんが警戒した様子。
「少なくとも百体はいるぞ」
「百体……」
リーナさんが剣を抜きます。
「やるしかありませんね」
「ええ、参りましょう」
わたくしは指先に魔力を集中させました。
そして――。
ガサガサガサッ!
茂みから次々と魔物が現れます。ゴブリン、オーク、それに――。
「あれは……トロール!?」
全長五メートルはある巨大な魔物。
「くそ、厄介なのが出てきやがった」
「大丈夫ですわ。作戦通りに」
わたくしは冷静に指示を出します。
「リーナさん、グレゴールさん、小型の魔物を。ガルガさん、中型を。ピギィとわたくしは、トロールを相手にいたしますわ」
「了解!」
「分かりました!」
ガオッ!
ぴぎぃ!
それぞれが持ち場へ散っていきます。
「では――《フレアアロー》、連続発射!」
炎の矢が次々とトロールに命中。
「グオオオオ!」トロールが怒りの咆哮。
けれども、わたくしは落ち着いていますわ。
「ピギィ、《フルパワー炎》をお願いしますわ」
ぴぎぃぃぃぃ!
ピギィが口を大きく開け――。
ゴォォォォォォォッ!!
これまでで最大級の火炎。
トロールが完全に包まれます。
「今ですわ、《フルバースト》!」
ーードガガガガガガァァァァン!!
連続爆発。トロールは為す術もなく、倒れましたわ。
「やった!」
グレゴールさんたちも、次々と魔物を倒していきます。
リーナさんの剣技が冴え渡り、ガルガさんの牙が魔物を噛み砕く。
そして――。
「全滅ですわ」
わたくしは満足そうに頷きました。谷には、倒れた魔物たちの姿。
「すごい……本当に全滅させてしまった」
グレゴールさんが呆然としています。
「さて、では茶畑の視察を――」
谷の奥へ進むと、そこには放棄された茶畑が広がっていましたわ。
荒れ果てていますけれど、まだ茶の木は生きている様子。
「これは……素晴らしい茶畑ですわ」
わたくしは一つの茶の木に触れました。
「土壌も良好。少し手入れをすれば、すぐに収穫できますわね」
「クラリッサ様、これは大収穫ですよ」
オズワルドさんが興奮した様子。
「この規模なら、支店四つ分の茶葉供給は十分可能です」
「では、決定ですわ。ここを《クラリッサ商会》の専属茶畑にいたしましょう」
ぴぎぃぃぃ!
───
それから二ヶ月。
《緑の谷》の茶畑は見事に復活し、支店四つも無事に開店いたしましたわ。
北の村の《ぷにぷに喫茶・北店》
東の村の《ぷにぷに喫茶・東店》
西の村の《ぷにぷに喫茶・西店》
南の集落の《ぷにぷに喫茶・南店》
そして、本店のあるアーシェ。
「ふふ、完璧ですわね」
わたくしは本店のカウンターで、満足そうに紅茶を飲んでおりました。
「各支店からの報告も上々です」
オズワルドさんが報告書を読み上げます。
「全店舗合計で、一日の来客数は五百名を超えています」
「まあ、そんなに」
「ええ。そして――」
オズワルドさんがニヤリと笑いました。
「《アーシェ・ブレンド》が、辺境全体で『名産品』として認知され始めています」
「本当ですの!?」
「はい。商人たちが『アーシェの紅茶』として、他の地域にも持ち出し始めているようです」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが喜んで跳ね回ります。
「すごいな、クラリッサ」
ガルガさんが尻尾を振りながら言いました。
「お前、本当に辺境を変えちまったな」
「ふふ、まだまだこれからですわ」
わたくしは窓の外を眺めました。
アーシェの街。
かつては荒れ果てていましたけれど、今では活気に満ち溢れていますわ。
街道を行き交う商人たち。喫茶店で紅茶を楽しむ人々。笑顔で働く元盗賊たち。
「わたくしたち、良い仕事をしましたわね」
「はい、クラリッサさん」
リーナさんが微笑みます。
「この街、本当に変わりました」
「ああ、俺様も驚いてるぜ」
ガルガさんも頷きます。
かぷぎぃ!
「さて、では――」
わたくしは立ち上がりました。
「次の目標を決めますわよ」
「次の目標?」
「ええ。辺境全体を、紅茶の産地にするのですわ」
「……お前、どこまで行くつもりだ」
ガルガさんが呆れた顔。
「決まっておりますわ。破滅フラグを踏み抜いた先で、わたくしは新しい国を作りますの」
わたくしは優雅に宣言しました。
「紅茶とスライムで作る、素敵な国を」
ぴぎぃぃぃぃ!!
ピギィが全力で賛同。
「……やれやれ」
ガルガさんが笑いながら、ミルクティーを飲みます。
「まあ、お前ならやれるだろうな」
「当然ですわ」
──こうして、《クラリッサ商会》は辺境経済の中心となり、《アーシェ・ブレンド》は名産品として広まっていきましたの。
そして、この成功が次なる展開を呼ぶことになるのですけれど――。
それはまた、別のお話ですわね。
「あ、そうだ。オズワルド」
「はい?」
「次は《紅茶学校》を作りたいのですけれど」
「紅茶学校!?」
「ええ、紅茶の淹れ方や文化を教える学校ですわ」
「……クラリッサ様、やりすぎですよ」
「そうですの?」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィは大賛成のようですわ。
夜の《ぷにぷに喫茶》。
紅茶の香りに包まれて。
わたくしたちの夢は、どんどん大きくなっていきますの。




