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第11話 紅茶令嬢と書記官(社員)

リーナさんが仲間になってから三日後。


《ぷにぷに喫茶》は相変わらず大繁盛でしたわ。


「クラリッサさん、紅茶三杯!」


「ピギィちゃんのミルクティーも!」


「リーナちゃん、可愛い!」


ぴぎぃぃぃ!


「あ、ありがとうございます……」


リーナさんは接客に四苦八苦している様子。

剣は達人級ですのに、接客は初心者。微笑ましいですわね。


けれども、わたくしには悩みがございましたの。


「う〜ん……」


カウンターの奥で、わたくしは大量の書類と格闘しておりましたわ。


商会の帳簿、仕入れの記録、冒険者ギルドの依頼書、それに税金関係の書類――。


「これは……一体どうすれば……」


貴族の教育で経済学は学びましたけれど、実務は別物。

特に、この辺境の複雑な商習慣には頭が痛いですわ。


「クラリッサ、大丈夫か?」


ガルガさんが心配そうに覗き込んできます。


「ええ、大丈夫……だと思いますわ」


「全然大丈夫そうに見えねぇぞ」


ぴぎぃ……


ピギィも心配そうに鳴きます。


その時。


「失礼いたします」


扉が開き、一人の男性が入ってきましたわ。


年の頃は二十代後半でしょうか。

整った顔立ちに、きちんと整えられた黒髪。

眼鏡をかけ、手には分厚い書類の束。


「あら、いらっしゃいませ」


わたくしは慌てて書類を片付けながら、笑顔で迎えました。


「紅茶をご所望ですの?」


「いえ、違います」


男性は丁寧に一礼しました。


「わたくしは冒険者ギルド所属の書記官、オズワルドと申します」


「書記官?」


「はい。ギルドマスターの命により、クラリッサ様の補佐をさせていただくことになりました」


「……え?」


わたくしは思わず固まりましたわ。


───


オズワルドさんの説明によれば――。


「クラリッサ様の活躍は、既にギルド本部にまで報告が上がっております」


「まあ、そうなんですの?」


「はい。銅ランクにして金貨級の依頼を複数達成。さらに、商会まで立ち上げられた」


オズワルドさんは書類を取り出しました。


「しかし、このままでは商会運営と冒険者活動の両立が困難になると判断されまして」


「……図星ですわね」


わたくしは観念してため息をつきました。


「それで、わたくしが補佐として派遣されたという次第です」


「補佐、といいますと?」


「書類管理、会計処理、戦略立案、商会運営のサポート。全てお任せください」


オズワルドさんが自信満々に宣言しました。


「本当ですの?それは助かりますわ!」


わたくしは思わず身を乗り出しました。


「では早速、この書類の山を――」


「拝見いたします」


オズワルドさんは書類を手に取り、さらさらと目を通し始めます。


そして――。


「なるほど。仕入れ先との契約書はこちら、税金関係はこちら、ギルドへの報告書はこちらに分類いたしましょう」


わずか五分で、見事に整理されましたわ。


「す、すごい……」


「これくらいは基本です。それより、クラリッサ様」


オズワルドさんが真剣な顔になりました。


「商会の今後の方針について、お話を伺ってもよろしいですか?」


「方針、ですの?」


「はい。このまま《ぷにぷに喫茶》だけでは、成長に限界があります」


「……確かに」


「そこで提案ですが、茶葉の卸売り事業を本格化させるのはいかがでしょう」


オズワルドさんが地図を広げます。


「アーシェだけでなく、近隣の街や村にも販路を拡大。さらに、契約農家を増やして茶葉の安定供給を――」


「まあ、素晴らしい案ですわ!」


わたくしは目を輝かせました。


「それに、《アーシェ・ブレンド》の製法を標準化すれば、品質を保ったまま大量生産も可能でしょう」


「その通りですわ!」


「おいおい、お前ら話が早すぎるぞ」


ガルガさんが呆れた声。


「クラリッサ、本当にこいつを信用するのか?」


「ええ、オズワルドさんは有能そうですもの」


「有能『そう』って……」


ぴぎぃ?


ピギィも首を傾げています(傾げているように見えますわ)。


「ご心配なく」


オズワルドさんが微笑みました。


「わたくしはギルドが認めた書記官です。裏切りなどいたしません」


「それに、紅茶はお好きですの?」


「ええ、大好きです」


「では問題ありませんわ!」


わたくしは即決しましたわ。


「……基準がそれでいいのか?」


ガルガさんのツッコミは、またもや華麗にスルー。


───


その日の午後。


ギルドにて。


わたくしたちは新しい依頼を受けに来ておりましたわ。


「おう、クラリッサ!また来たのか!」


試験官のガルドさんが声をかけてきます。


「ええ、次の依頼を探しておりますの」


「お前、最近働きすぎじゃねぇか?商会もやってるんだろ?」


「大丈夫ですわ。オズワルドさんが補佐してくださいますもの」


わたくしがそう言うと、ガルドさんが目を丸くしました。


「オズワルド?あのギルドのエリート書記官が?」


「はい、本日からわたくしの補佐として」


オズワルドさんが一礼します。


「マジかよ……お前、どんどん大所帯になってるな」


ガルドさんが苦笑しました。


「魔法使いの令嬢に、炎を吐くスライム、喋る狼、元傭兵の少女、そして今度はエリート書記官かよ」


「頼もしい仲間たちですわ」


「……まるで特撮の戦隊モノだな」


「戦隊?」


「ああ、《紅茶戦隊クラリッサ隊》ってとこか」


「……え?」


わたくしは思わず固まりましたわ。


周囲の冒険者たちが、クスクスと笑い始めます。


「紅茶戦隊!いいじゃん!」


「クラリッサがレッドで、ピギィがピンクで――」


「ガルガはブルーかな?」


「リーナは剣士だからイエロー?」


「オズワルドはグリーン!参謀役!」


ぴぎぃぃぃ!?


ピギィが慌てて否定するように跳ねます。


「ち、ちょっと待ってくださいまし!わたくしたちは戦隊などでは――」


「いいじゃないですか、クラリッサ様」


オズワルドさんがにこやかに言いました。


「チーム名があった方が、依頼を受ける時に便利ですよ」


「そ、そういう問題では――」


「《紅茶戦隊クラリッサ隊》、悪くないと思いますが」


「オズワルドさん、あなたまで!?」


「へへ、面白いじゃねぇか」


ガルガさんまで尻尾を振って賛同しています。


「わ、わたしは……その、どちらでも……」


リーナさんも困った顔。


かぷぎぃぃぃ!


ピギィは完全にノリノリ。


「……もう、好きにしてくださいまし」


わたくしは観念しましたわ。


こうして、わたくしたちは《紅茶戦隊クラリッサ隊》という、なんとも恥ずかしい二つ名を頂戴することになりましたの。


───


その夜、《ぷにぷに喫茶》にて。


「それでは、今後の活動方針について」


オズワルドさんが書類を広げました。


「まず、商会の事業拡大。次に、冒険者としての活動。そして、ゆくゆくはこの辺境全体の発展を――」


「素晴らしい計画ですわ、オズワルド」


「ありがとうございます、クラリッサ様」


「ただ、一つだけ条件がございますわ」


「はい、何でしょう?」


わたくしは真剣な顔で言いました。


「《紅茶戦隊クラリッサ隊》という呼び名は、何としても阻止いたしますわ」


「……善処いたします」


ぴぎぃぃぃ!


ピギィが残念そうに鳴きました。


「お前、気に入ってたのかよ」


ガルガさんが笑います。


「わたしは……その、素敵な名前だと思います」


リーナさんが小声で言いましたわ。


「リーナさんまで!?」


「だって、チーム名があると、なんだか本当の仲間って感じがして……」


「……」


わたくしは、少し考えましたわ。


確かに、リーナさんの言う通り。

チーム名があれば、より結束が強まるかもしれませんわね。


「……分かりましたわ。《紅茶戦隊》は却下ですけれど、チーム名は考えましょう」


「やった!」


ぴぎぃぃぃ!


「では、どんな名前がいいでしょうか」


オズワルドさんが提案します。


「《クラリッサ商会冒険部》とか?」


「地味ですわね」


「《紅茶と剣と魔法の仲間たち》は?」


「長すぎますわ」


「じゃあ、《アーシェの守護者》?」


「大袈裟すぎますわ」


結局、チーム名は決まらず。


けれども、わたくしたちの絆は、確実に深まっていきましたの。


「まあ、チーム名はゆっくり考えましょう。それよりも、明日の依頼の準備を――」


「クラリッサ様、書類のサインをお願いします」


「はい、すぐに――あ、その前に紅茶を淹れますわね」


「わたしも手伝います」


ぴぎぃ!


「俺様は……寝るか」


賑やかな夜。


紅茶の香りに包まれて。


わたくしたちの冒険は、新たな仲間と共に、さらなる高みへと向かっていきますわ。


――そして、この《紅茶戦隊クラリッサ隊》という恥ずかしい二つ名が、後に辺境全体で語り継がれる伝説になろうとは。


この時のわたくしは、まだ知る由もありませんでしたの。

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