第9話 紅茶令嬢と紅茶の香る戦場
金貨五枚を手に入れたわたくしは、すっかり調子に乗っておりましたわ。
「ピギィ、次はもっと大きな依頼を受けましょう」
ぴぎぃ?
「ええ、金貨十枚くらいの――」
「おい、クラリッサ」
《ぷにぷに喫茶》でミルクティーを飲んでいたガルガさんが、呆れた顔で言いました。
「お前、調子に乗りすぎだぞ」
「でも、わたくしたちなら――」
ーーガタンッ!
その時、ギルドの扉が勢いよく開きました。
「大変だ!村が襲われてる!」
息を切らした農夫風の男性が飛び込んできましたわ。
「落ち着いて。何があったんだ?」
ギルドマスターが駆け寄ります。
「東の村に、大量の魔物が!盗賊も混じってて、村人を人質に――」
「何だって!?」
ギルド内が騒然となります。
「すぐに冒険者を派遣しないと……でも、今日は上級冒険者がほとんど遠征中で――」
ギルドマスターが頭を抱えました。
わたくしは、すっと手を挙げましたわ。
「わたくしが参ります」
「クラリッサさん!?」
「ええ。村を見捨てるわけにはいきませんもの」
ぴぎぃ!
「俺様も行くぜ」
ガルガさんも立ち上がりました。
「でも、相手は大量の魔物と盗賊……」
「大丈夫ですわ。わたくし、意外と強いのですのよ?」
わたくしは優雅に微笑み――。
「それに、戦場に紅茶の香りを漂わせるのも、たまには悪くありませんわね」
───
東の村まで、全速力で一時間。
到着すると、村は既に混乱状態でしたわ。
「助けてくれ!」
「魔物が村を囲んでる!」
村人たちが悲鳴を上げています。
村の中央には、盗賊団が村長らしき老人を人質に取っていますわ。
「おい、冒険者か!?これ以上近づくと、この爺さんの命はないぞ!」
盗賊のリーダーが叫びます。
「要求は金貨百枚だ!それと、この村の全ての食料!」
「……金貨百枚、ですって?」
わたくしは呆れましたわ。
「この辺境で、そんな大金が集まるわけありませんわよ」
「それはお前らの問題だ!集まらなければ、村人を一人ずつ――」
「つまり、最初から金など要求する気がなかったということですわね」
わたくしは冷たく言い放ちました。
「ただの愉快犯。許せませんわ」
「な、何だと!?」
「ピギィ、ガルガさん。作戦開始ですわ」
ぴぎぃ!
ガオッ!
わたくしは右手に魔力を集中させました。
「まず、周囲の魔物から片付けますわ。《エアランス》!」
風の槍が放たれ、村を囲んでいた魔物――ゴブリンやオークたち――を薙ぎ払います。
「うぎゃああ!?」
「何だこの風!?」
魔物たちが吹き飛ばされていきますわ。
「次、《フレアアロー》!」
炎の矢が連続で放たれ、魔物たちに命中。
「ぎゃああ!」
「燃えるぅぅぅ!」
「さあ、《バースト》ですわ」
わたくしが優雅に指を鳴らすと――。
ーードガン!ドガン!ドガン!
連続爆発。
魔物たちは次々と倒れていきますわ。
「く、くそ!お前ら、あの女を捕まえろ!」
盗賊のリーダーが叫びますけれど――。
ゴォォォォッ!
ピギィが火炎を吐き、盗賊たちの進路を塞ぎます。
「ぎゃああ!スライムが炎を!?」
ガオォォォッ!
ガルガさんが盗賊たちに飛びかかり、次々と組み伏せていきますわ。
「よし、魔物と盗賊の大半は片付けた……」
わたくしが安心したその時。
「動くな!」
盗賊のリーダーが、村長の首にナイフを突きつけましたわ。
「これ以上近づいたら、この爺さんは――」
「あら、そうですの?」
わたくしは全く動じず、銀のティーセットを取り出しました。
「な、何してんだお前!?」
「紅茶を淹れておりますのよ」
「は!?」
盗賊のリーダーが困惑している間に、わたくしは優雅に紅茶を淹れ始めます。
お湯を沸かし、茶葉を入れ、そして――。
「さて、特別なブレンドですわ」
わたくしは《アーシェ・ブレンド》に、さらにラベンダーとベルガモットを追加。
濃厚な香りが立ち上ります。
「お、おい……何の真似だ……?」
盗賊のリーダーの声が、少し弱々しくなりましたわ。
そう、紅茶の香りには、心を落ち着ける効果があるのですもの。
「ふふ、良い香りでしょう?」
わたくしはカップを傾け、紅茶を一口。
その瞬間、風が吹き――。
紅茶の香りが、戦場全体に広がりましたわ。
「な、何だこの香り……」
「良い匂い……」
「お、落ち着く……」
盗賊たちが、明らかに動揺し始めています。
「これが、《リラックス・アロマティック・ブレンド》ですわ」
わたくしは優雅に宣言しました。
「戦意を削ぐ効果がございますの」
「く、くそ……!でも、人質は――」
「あら、人質?」
わたくしはにっこりと微笑みました。
「もう、いらっしゃいませんわよ?」
「え?」
盗賊のリーダーが振り返ると――。
村長は既にガルガさんによって救出され、安全な場所に。
「な、いつの間に!?」
「あなたが紅茶の香りに気を取られている間、ですわ」
かぷぎぃ!
ピギィも得意げに跳ねています。
「さて、もう人質もおりませんし――」
わたくしは右手を掲げました。
「降伏なさいますか? それとも、《フレアアロー》で燃えながら爆発しますか?」
「ひ、ひいいい!勘弁してくれ!」
盗賊のリーダーが土下座。
「降伏します!降伏しますから、あの魔法だけは!」
「賢明な判断ですわね」
こうして、戦いは終わりましたの。
───
村人たちによって盗賊が縛られ、わたくしは村長にお茶を差し上げておりました。
「ありがとうございます、クラリッサさん……」
「いえいえ、当然のことをしたまでですわ」
「しかし、戦場で紅茶を淹れるなんて……」
村長が苦笑します。
「紅茶は心を落ち着けますもの。戦場でこそ、必要だとわたくしは思いますわ」
ぴぎぃ!
「それに、紅茶の香りで敵の戦意を削ぐという戦術も、なかなか有効でしたわね」
「あのな、クラリッサ」
ガルガさんが呆れた顔で言いました。
「お前、もしかして戦闘を楽しんでないか?」
「まあ、失礼な。わたくしは真剣に戦っておりますわよ?」
「……紅茶淹れながらな」
「当然ですわ。ティータイムは何があっても欠かせませんもの」
かぷぎぃ!
ピギィも賛同するように跳ねます。
その時、村人の一人が駆け寄ってきましたわ。
「クラリッサさん!村長!また魔物が!」
「何ですって!?」
村の入口を見ると、数十体の魔物の群れが――。
「……まだ来るんですの?」
わたくしはため息をつきました。
「仕方ありませんわね。ピギィ、ガルガさん、もう一働きお願いしますわ」
ぴぎぃ!
ガオッ!
「では――」
わたくしは両手に魔力を集中させました。
「《フレアアロー》、連続発射ですわ!」
次々と放たれる炎の矢。
魔物たちに命中していきます。
「さあ、《フルバースト》!」
ーードガガガガガガガァァァン!!
連鎖爆発。
魔物たちは一瞬で壊滅しましたわ。
そして、爆発の煙が晴れると――。
戦場全体に、紅茶の香りが漂っていましたの。
「……何で爆発の後に紅茶の香りがするんだ?」
ガルガさんが困惑した顔。
「さあ?もしかして、わたくしの魔力に紅茶の成分が混じっているのかもしれませんわね」
「そんなわけあるか!」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが笑っています(笑っているように見えますわ)。
───
その夜。
村人たちが感謝の宴を開いてくださいましたわ。
「クラリッサさん、本当にありがとうございました!」
「村を救ってくれて!」
「紅茶令嬢万歳!」
ぴぎぃぃぃ!
ガルガさんも、村人たちに囲まれてミルクティーを飲んでいます。
「ふふ、皆様、喜んでくださって何よりですわ」
わたくしは優雅に紅茶を飲みながら、満足そうに微笑みました。
「それにしても――」
ふと、空を見上げます。
満点の星空。
「戦場に紅茶の香りを漂わせるなんて、なかなか風情がありましたわね」
かぷぎぃ?
「ええ、次からこれを《紅茶戦術》として確立いたしましょう」
ぴぎぃぃぃ!
――こうして、《紅茶の香る戦場》という奇妙な伝説が、辺境に広まり始めましたの。
「クラリッサ、お前、本当に変わってるな」
「まあ、失礼な。わたくしは至って普通の元悪役令嬢ですわよ?」
「どこが普通なんだよ……」
ガルガさんの呆れた声が、夜空に響いておりましたわ。




