第8話 紅茶令嬢と高ランク依頼
《ぷにぷに喫茶》開店から二週間。
わたくしの日常は、朝は冒険者として依頼をこなし、午後は喫茶店の経営という、なんとも忙しいものになっておりましたわ。
「ピギィ、今日の依頼書ですわ」
ぴぎぃ?
朝食の紅茶を飲みながら、わたくしは依頼書を眺めておりました。
「薬草採取……いえ、つまらないですわね」
ぴぎぃ……
「魔物の素材回収……これも地味ですわ」
かぷぎぃ……
「あ、これは――」
わたくしの目が、一枚の依頼書に留まりました。
『緊急依頼:大規模盗賊団討伐
報酬:金貨五枚
推奨ランク:銀以上
注意:盗賊団は魔物を従えている可能性あり』
「……金貨五枚、ですって」
金貨一枚は銀貨百枚に相当。
つまり、この依頼の報酬は銀貨五百枚――!
ぴぎぃ!?
ピギィも驚いて跳ね上がりました。
「けれども、推奨ランクは銀以上……わたくしは銅ですわね」
わたくしは少し考えましたけれど――。
「まあ、挑戦してみる価値はありますわ」
ぴぎぃぃぃ!?
ピギィが慌てて止めようとしますが、わたくしの決意は固いですわ。
「大丈夫ですわ、ピギィ。あなたがいれば、何とかなりますもの」
ぴぎぃ……
ピギィは不安そうに帽子を押さえています。
───
ギルドに到着すると、受付嬢が驚いた顔をしましたわ。
「クラリッサさん、この依頼は……」
「ええ、受けさせていただきますわ」
「でも、これは銅ランクには厳しすぎます。盗賊団は三十名以上、しかも魔物も――」
「大丈夫ですわ。わたくし、意外と強いのですのよ?」
わたくしがにっこりと微笑むと、受付嬢は困った顔をしました。
「……分かりました。でも、無理はしないでくださいね」
「ありがとうございますわ」
依頼書を受け取り、わたくしは準備を始めました。
まず、銀のティーセットは当然持参。
それから、《アーシェ・ブレンド》の茶葉も念のため。
戦闘後の紅茶は必須ですもの。
ぴぎぃ……
「大丈夫ですわよ、ピギィ。きっと楽勝ですわ」
───
盗賊団のアジトは、アーシェから北へ三時間ほど歩いた森の奥。
「情報によれば、この先ですわね」
わたくしは慎重に森を進みます。
ぴぎぃ……
ピギィも警戒しながら、わたくしの頭の上に乗っていますわ。
すると――。
ガサガサッ!
茂みから飛び出してきたのは――。
「何者だぁ!?」
盗賊……ではなく、巨大な狼。
いえ、正確には《ワーグ》。
グレイウルフの上位種で、知能が高く、時には人間の言葉を話すと言われる魔物。
「まあ、お話しできる狼さんですの?」
「誰が狼だ!俺様は高貴なるワーグ族のガルガだ!」
狼――ガルガさんが憤慨した様子で吠えました。
「失礼いたしましたわ。わたくしはクラリッサと申します。盗賊団を討伐しに参りましたの」
「盗賊団?ああ、あの人間どもか」
ガルガさんは鼻を鳴らしました。
「あいつら、最近この森に勝手に住み着いてな。俺様たちの獲物を横取りしやがるんだ」
「まあ、それはお困りでしょうね」
「お前、盗賊を倒すつもりなのか?」
「ええ、それが依頼ですもの」
ガルガさんは、わたくしをじろじろと見ました。
「……お嬢ちゃん一人で?」
「ピギィもおりますわ」
ぴぎぃ!
ピギィが元気よく手を振ります(手はありませんけれど)。
「……スライム?しかも帽子被ってる?」
ガルガさんが首を傾げた、その瞬間。
ゴォォォッ!
ピギィが試しに小さな炎を吐きました。
「ぎゃあああ!?な、何だそのスライム!?」
「ふふ、驚きましたか?ピギィは特別ですのよ」
かぷぎぃ!
ガルガさんは、しばらく呆然としていましたけれど――。
「……面白い。お前ら、気に入った」
尻尾を振り始めましたわ。
「俺様も手伝ってやる。あの盗賊ども、まとめて追い出してやる」
「まあ、助かりますわ」
こうして、わたくしたちは思いがけない仲間を得ましたの。
───
盗賊団のアジトは、森の中の開けた場所に築かれた砦。
木製の柵に囲まれ、見張り塔もありますわ。
「なかなか本格的ですわね」
「ああ、あいつら、ここを拠点にして近隣の村を襲ってるらしい」
ガルガさんが説明してくれます。
「では、どうやって攻め込みましょうか」
「正面突破だ!」
「……え?」
「俺様が柵を壊す!お前らは魔法で援護しろ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!もう少し作戦を――」
ガオォォォォ!!
ガルガさんは聞く耳を持たず、突進していきましたわ。
「ああ、もう!仕方ありませんわね!」
わたくしも後に続きます。
ぴぎぃぃぃ!
───
「敵襲だぁぁぁ!」
見張りの盗賊が叫び、砦から次々と盗賊たちが飛び出してきます。
「うおおお!狼が来たぞ!」
「しかも後ろに令嬢とスライムが!?」
「何だこの組み合わせ!?」
盗賊たちが混乱していますわ。
まあ、無理もありませんわね。
狼と令嬢とスライムが攻めてくるなんて、想像もできませんもの。
「《アクア・スパイラル》!」
わたくしは先制攻撃。
水流が盗賊三名を吹き飛ばします。
ガオォッ!
ガルガさんが牙で盗賊に噛みつき、投げ飛ばす。
ゴォォォッ!
ピギィが炎を吐いて、盗賊の武器を溶かす。
「く、くそ!魔物を呼べ!」
盗賊のリーダーらしき男が叫ぶと――。
ドスドスドスッ!
砦の奥から、巨大な影が現れましたわ。
「あれは……オーガ!?」
全長三メートルを超える、緑色の巨人。
凶暴な魔物で、一撃で人を殺せるほどの怪力を持つと言われていますわ。
「おいおい、オーガまでいるのかよ!」
ガルガさんも少し怯んだ様子。
けれども、わたくしは冷静でしたわ。
「まあ、オーガが一体くらい。何とかなりますわ」
「お嬢ちゃん、余裕だな!?」
「ええ、だって――」
わたくしは指先に魔力を集中させました。
「わたくし、《フレアアロー》という便利な魔法を持っておりますの」
炎の矢が五本、オーガに向かって放たれます。
ズガガガガッ!
全弾命中。
オーガの体に、炎の矢が突き刺さりますわ。
「グルルルル……!」
オーガが怒りの咆哮を上げますけれど――。
「《バースト》」
わたくしが優雅に指を鳴らすと――。
ーードガァァァン!
一本目の矢が爆発。
「ぐおおおお!?」
「《バースト》」
ーードガァァァン!
二本目も爆発。
「あと三本残っておりますわ。降伏なさいます?」
わたくしが優雅に問いかけると、オーガは――。
「グ、グルル……」
怯えた様子で後退。
そして、そのまま森の奥へ逃げていきましたわ。
「……逃げたぞ、オーガが」
「賢明な判断ですわね」
かぷぎぃ!
「く、くそおおお!」
盗賊のリーダーが絶望の叫び。
「お前ら、何者だ!?」
「わたくしは冒険者のクラリッサですわ。本日は皆様を討伐させていただきますの」
「ふ、ふざけるな!まだこっちは二十人以上いるんだぞ!」
「ええ、存じておりますわ。だからこそ――」
わたくしは両手に魔力を集めました。
「まとめて片付けさせていただきますわ。《アールグレイストーム》!」
ーードガァァァァァン!
紅茶色の竜巻が砦全体を包み込みます。
「うわああああ!」
「紅茶の香りがすごい!」
「目が、目がああああ!」
盗賊たちが次々と吹き飛ばされていきますわ。
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが火炎で竜巻を蒸発させ、被害を最小限に――。
けれども、砦全体が紅茶臭くなってしまいましたわ。
───
戦闘終了。
盗賊たちは全員、縄で縛られて転がっています。
「……お前ら、強すぎだろ」
ガルガさんが呆れた様子で言いました。
「ふふ、ありがとうございますわ」
わたくしは紅茶まみれの盗賊たちを見回しました。
「さて、皆様。これからギルドまでご同行いただきますわよ」
「うう……紅茶臭い……」
「服が全部紅茶色に染まった……」
盗賊たちは完全に戦意喪失。
「クラリッサ、お前、本当に恐ろしい奴だな」
「まあ、そんなことありませんわ。ただの紅茶好きの令嬢ですわよ?」
ぴぎぃ!
「……説得力ゼロだ」
───
ギルドに盗賊たちを引き渡し、わたくしは報酬の金貨五枚を受け取りましたわ。
「お見事です、クラリッサさん!まさか本当に成功するなんて!」
受付嬢が感激した様子。
「当然ですわ。侯爵家の名に恥じぬよう、完璧に遂行いたしましたもの」
かぷぎぃ!
「それに、ガルガさんの協力もありましたわ」
「へっ、俺様は少し手伝っただけだ」
ガルガさんが照れた様子で尻尾を振っています。
「ところで、ガルガさん。もしよろしければ、わたくしの《ぷにぷに喫茶》でお茶でもいかがですか?」
「茶?狼が茶なんて――」
「ミルクティーもございますわよ?」
「……行く」
即答でしたわ。
───
その日の夕方。
《ぷにぷに喫茶》には、巨大な狼が座っている異様な光景が広がっていましたわ。
「うめぇ……これがミルクティーか……」
ガルガさんが感動しながらミルクティーを舐めています。
ぴぎぃ!
ピギィも嬉しそうに跳ねていますわ。
「気に入っていただけましたか?」
「ああ……俺様、もうここの常連になるわ」
こうして、わたくしの仲間に、なぜか狼が加わりましたの。
――破滅フラグを踏み抜いた元悪役令嬢の冒険は、ますます予測不可能な展開になっていきますわ。




