第6話 紅茶令嬢の紅茶革命
翌朝。
わたくしは銀のティーセットと、完成した《アーシェ・ブレンド》を持って、市場へ向かいましたわ。
「ピギィ、今日は勝負の日ですわよ」
ぴぎぃ!
帽子を被ったピギィも、いつになく引き締まった様子(?)でしたわ。
市場に到着すると、わたくしは空いている一角に陣取りました。
本来なら屋台を借りるべきなのでしょうけれど、とりあえずは簡易的に。
「さて、準備をいたしましょう」
わたくしは持参した布をテーブル代わりに広げ、その上に銀のティーセットを配置。
そして、《アーシェ・ブレンド》の茶葉を美しいガラス瓶に詰めて並べました。
「完璧ですわね」
かぷぎぃ!
ピギィも満足げに頷きます。
そして、わたくしは優雅に声を上げましたわ。
「皆様、ごきげんよう!本日より《クラリッサ紅茶》の販売を開始いたしますわ!」
───
最初は誰も近づいてきませんでしたわ。
まあ、無理もありませんわね。
見知らぬ令嬢が突然、市場で紅茶を売り始めたのですもの。
けれども、わたくしには秘策がございましたの。
「ピギィ、お願いしますわ」
ぴぎぃ!
ピギィが可愛らしく跳ねながら、市場を巡回し始めました。
帽子を被ったスライムという珍しさで、人々の注目を集めるという作戦。
案の定――。
「おお、あれは《炎を吐く帽子スライム》だ!」
「紅茶令嬢のスライムじゃないか!」
人々がピギィに注目し、そしてわたくしの方へ視線を向けます。
「まあ、いらっしゃいませ」
わたくしは優雅に一礼しました。
「本日は特別に、無料試飲をご提供しておりますわ。どうぞ、お試しくださいまし」
「無料……だと?」
中年の男性が恐る恐る近づいてきました。
わたくしは手際よく紅茶を淹れ、カップに注ぎます。
「どうぞ」
「お、おう……」
男性は一口飲み――。
「――!?」
目を見開きましたわ。
「こ、これは……!うまい!すげぇうまい!」
その声に、周囲の人々がどっと集まってきます。
「本当か!?」
「俺にも飲ませてくれ!」
「わたしも!」
瞬く間に、わたくしの前に行列ができましたわ。
「皆様、お待ちくださいまし。順番にお配りいたしますわ」
わたくしは次々と紅茶を淹れていきます。
そして、飲んだ人々の反応は――。
「こんな美味い紅茶、初めて飲んだ!」
「香りがすごい!まるで花畑にいるみたいだ!」
「これが本物の紅茶か……!」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィも誇らしげに跳ねています。
「さて、皆様」
わたくしは優雅に声を上げました。
「この《クラリッサ紅茶》、茶葉一袋を銀貨五枚にてお譲りいたしますわ」
「五枚!?」
人々がざわめきます。
確かに、この辺境では高価。
けれども――。
「この品質で五枚は安い!」
「買った!俺は二袋もらうぞ!」
「わたしも三袋!」
飛ぶように売れていきますわ。
わたくしは内心でガッツポーズ(もちろん表には出しませんわ)をしながら、販売を続けました。
───
順調に販売が進んでいたその時。
「ちょっと待った!」
大声と共に、人混みをかき分けて現れたのは――。
あの時の商人。
わたくしに粗悪な茶葉を売りつけた、薄汚れた服の男性。
「お前、何勝手に市場で商売してんだ!」
「まあ、あなたは確か――」
「俺はこの市場で十年も茶葉を売ってきたんだ! 新参者が勝手に売るんじゃねぇ!」
商人は明らかに焦った様子。
そりゃあそうでしょう。わたくしの紅茶の方が圧倒的に美味しいのですもの。
「あなたの販売されている茶葉と、わたくしの紅茶は、明らかに品質が異なりますわ」
「な、何だと!?」
「第一に、わたくしの茶葉は新鮮。第二に、独自のブレンド技術。第三に、魔法による品質向上。どれをとっても、あなたの商品とは比較になりませんわ」
「く、くそ……!」
商人は悔しそうに歯ぎしりしましたけれど、何も言い返せない様子。
その時、人混みの中から別の声が。
「待ちな」
現れたのは、立派な髭を蓄えた年配の男性。
服装から察するに、裕福な商人でしょうか。
「わしはこの市場の商人組合の代表、バルトロメオじゃ」
「まあ、組合の代表様が」
わたくしは優雅に一礼しました。
「市場で商売をするには、組合への登録が必要じゃ。それに、販売許可証も」
「……存じませんでしたわ」
「知らなかったじゃ済まん。ルールはルールじゃ」
周囲の人々がざわめきます。
けれども、わたくしは冷静でしたわ。
「では、組合への登録と販売許可証の取得、本日中に可能ですの?」
「……ほう」
バルトロメオさんが興味深そうに目を細めました。
「あんた、諦めんのか?」
「諦める?何を仰いますの。わたくしは、正式な手続きを踏んで、堂々と販売したいだけですわ」
「……面白い娘じゃ」
バルトロメオさんは笑いました。
「よかろう。今から組合の事務所に来い。手続きをしてやる。ただし――」
彼は真剣な表情になりました。
「組合に入るには、審査がある。本当にその紅茶の品質を証明できるか、試させてもらうぞ」
「望むところですわ」
わたくしは自信満々に答えました。
───
組合の事務所は、市場の一角にある立派な建物。
中には様々な商人たちが集まっており、わたくしの到着を興味津々に見守っていますわ。
「では、審査を始める」
バルトロメオさんが宣言しました。
「そこに並んでいる五種類の紅茶。これはわしらが厳選した、この地方で手に入る最高級品じゃ」
テーブルには、確かに質の良さそうな茶葉が並んでいます。
「お嬢さんの紅茶と、これらを飲み比べて、審査員が判定する」
「承知いたしましたわ」
わたくしは《アーシェ・ブレンド》を取り出し、丁寧に紅茶を淹れ始めました。
審査員は五名。
全員がこの地方の有力商人たちですわね。
まず、組合が用意した五種類の紅茶を、審査員たちが試飲。
「ふむ、これは良い」
「こっちも悪くないな」
そして、わたくしの《クラリッサ紅茶》。
審査員たちが一口飲んだ瞬間――。
「――!!」
全員が、言葉を失いましたわ。
しばらくの沈黙の後。
「……これは、反則じゃ」
バルトロメオさんが呟きました。
「こんな紅茶、この辺境で飲めるとは思わなんだ」
「香りも味も、段違いだ……」
「これは王都の、いや、王宮の紅茶に匹敵する」
審査員たちが口々に賛辞を述べます。
「満場一致じゃな」
バルトロメオさんが立ち上がりました。
「クラリッサ・フォン・ヴァルシュタイン。あんたの紅茶、認めよう。商人組合への加入を許可する」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが喜んで跳ね回ります。
「ただし――」
バルトロメオさんが、ニヤリと笑いました。
「この紅茶、わしにも卸してくれんか? わしの店でも扱いたい」
「まあ、それは光栄ですわ」
「わしの店でも!」
「うちでも扱わせてくれ!」
次々と商人たちが手を挙げます。
わたくしは優雅に微笑みました。
「では、皆様。《クラリッサ紅茶商会》として、正式に取引をさせていただきますわ」
───
その日の夕方。
わたくしは宿に戻り、銀貨の山を前に座っておりましたわ。
「本日の売上、銀貨二百三十枚……予想以上ですわね」
ぴぎぃぃぃ!
「ええ、これで当分の資金は確保できましたわ。次は生産体制を整えて、さらに販路を拡大――」
ぷぎぃ?
ピギィが、何か言いたげにわたくしを見上げてきます。
「どうしましたの?」
ぴぎぃぴぎぃ!
ピギィは小さなカップを指差しています。
「ああ、紅茶が飲みたいのですわね」
わたくしはクスリと笑い、ピギィ用のミルクティーを淹れました。
「はい、どうぞ。今日も頑張ってくださいましたものね」
かぷぎぃぃぃ!
ピギィが嬉しそうに飲み始めます。
わたくしも自分用の紅茶をカップに注ぎ、窓辺に座りました。
夕焼けに染まるアーシェの街。
少しずつですけれど、この街が活気づいてきているような気がいたしますわ。
「ピギィ、わたくしたち、良いスタートが切れましたわね」
ぴぎぃ!
「ええ。次は《紅茶商会》の本格的な設立。それに、茶葉の安定供給ルートの確保。やることは山積みですわ」
かぷぎぃ!
「ふふ、でも大丈夫。わたくしたちなら、きっとできますわ」
紅茶を一口飲み、わたくしは微笑みました。
――破滅フラグを踏み抜いた元悪役令嬢。
辺境で紅茶革命を起こし、新たな道を切り開く。
そんな物語が、今、確かに始まっていますわ。
「さて、明日からも頑張りましょう、ピギィ」
ぴぎぃぃぃ!
夕日の中、紅茶の香りに包まれながら。
二人の新しい冒険は、まだまだ続きますの。




