第5話 紅茶令嬢はプライベートブレンドを開発致します!
市場での宣言から三日後。
わたくしは宿の一室で、頭を抱えておりましたわ。
「困りましたわ、ピギィ」
ぴぎぃ?
テーブルの上には、アーシェ近郊で手に入る茶葉のサンプルが五種類。
どれもこれも、質が悪すぎて話になりませんの。
「市場で大見得を切ってしまいましたけれど……本物の紅茶を作るには、まず良質な茶葉が必要ですわ」
わたくしは一つずつ、茶葉を確認していきます。
「これは……色が悪い。これは香りが弱い。これは渋すぎる。これは……何ですのこれ、明らかに雑草が混ざっておりますわ」
ぴぎぃ……
ピギィも残念そうに帽子を項垂れます。
「まあ、嘆いていても仕方ありませんわね」
わたくしは立ち上がり、窓の外を眺めました。
夕日に染まるアーシェの街。荒れ果てた辺境の風景。
「そういえば――」
ふと、思い出しましたわ。
侯爵家で学んだ学問の中に、《魔法薬学》というものがございました。
薬草や素材に魔力を注ぎ込むことで、その効能を高めたり、性質を変化させたりする技術。
「もしかして……茶葉にも応用できるのではなくて?」
わたくしは目を輝かせました。
「ピギィ、実験いたしますわよ!」
ぴぎぃ!
───
翌朝。
わたくしは市場で大量の茶葉サンプル、それに様々な薬草と香草を購入しました。
「ラベンダー、ローズマリー、ミント、カモミール……それに、魔力を帯びた水晶の粉も」
銀貨が飛ぶように減っていきますけれど、これは必要経費。
本物の紅茶のためなら、惜しくありませんわ。
宿に戻り、わたくしは実験を開始しました。
「まず、基本となる茶葉を選定いたしますわ」
テーブルに並べた五種類の茶葉。
どれも単体では使い物になりませんけれど――。
「複数をブレンドすれば、お互いの欠点を補えるかもしれませんわね」
わたくしは慎重に、茶葉を混ぜ合わせていきます。
「この茶葉は香りが弱いですけれど、色は良い。ならば香りの強いこちらと混ぜて……」
ぴぎぃ?
「そして、この渋すぎる茶葉は、ほんの少量だけ。アクセントとして使えるかもしれませんわ」
混ぜ合わせた茶葉を、わたくしはポットに入れます。
「さあ、お湯を注いで――」
琥珀色の液体がカップに満たされます。
香りは……。
「まあ、少しはマシになりましたわね」
けれども、まだ満足できるレベルではございません。
「ここからが本番ですわ」
わたくしは右手を茶葉の上にかざし、魔力を集中させました。
「魔力を注ぎ込むことで、茶葉の質を向上させる……理論上は可能なはず」
青白い光が茶葉を包みます。
そして――。
パチンッ!
小さな火花が散り、茶葉が燃え始めましたわ。
「きゃあ!?」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが慌てて水を吐き出し(吐けるんですの!?)、火を消してくださいました。
「……失敗ですわね」
テーブルの上には、炭になった茶葉。
「魔力の注入量が多すぎましたわ。もっと繊細に……」
───
実験は続きます。
二回目の挑戦では、魔力を弱めすぎて何も変化せず。
三回目では、茶葉が凍りつきました。
「なぜ凍るんですの!?わたくし、火の魔法しか使ってませんわよ!?」
ぴぎぃぃ……
四回目、五回目、六回目――。
失敗を重ねるごとに、わたくしの部屋は茶葉の残骸で埋め尽くされていきます。
「くっ……侯爵家の威信にかけて、諦めるわけには……!」
その時、ピギィがぴぎぃ!と鳴いて、わたくしの袖を引っ張りました。
「どうしましたの、ピギィ?」
ピギィは香草の一つ――ラベンダーを指差しています。
「ラベンダー?ああ、そうですわね。香りづけに使えるかもしれませんわ」
わたくしはラベンダーを茶葉に混ぜ、再び魔力を注入しました。
今度は慎重に、ゆっくりと――。
すると。
ふわぁ……
茶葉から、柔らかな光が立ち上りましたわ。
「これは……!」
急いでお湯を注ぐと、立ち上る香りが――。
「まあ、素晴らしい……!」
アールグレイに近い、柑橘系の香り。
けれどもそこに、ラベンダーの優しい香りが混ざり、独特の深みを生み出していますわ。
わたくしは震える手でカップを取り、口をつけました。
ゴクリ。
「――!」
渋みは控えめ。
香りは豊か。
そして後味に、ほのかな花の甘み。
完璧ではありませんけれど、確実に「飲める紅茶」になっていますわ!
「ピギィ、成功ですわ!」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィが喜んで跳ね回ります。
「さあ、あなたも試飲なさって。あなたも大切な相棒ですもの」
わたくしは小さなカップに紅茶を注ぎ、ピギィの前に置きました。
ぴぎぃ?
ピギィは恐る恐る紅茶に近づき――。
ごくごくごく。
一気に飲み干しましたわ。
そして――。
かぷぎぃぃぃぃ!!
興奮したピギィが、部屋中を跳ね回ります。
「気に入っていただけましたの?」
ぴぎぃぴぎぃ!
ピギィは何度も頷き、「もっと!」と言わんばかりにカップを指差します。
「ふふ、分かりましたわ。でも、その前に――」
わたくしは新しい茶葉を取り出しました。
「まだまだ実験は続きますわよ。これは第一段階。もっと美味しい紅茶を作らなければなりませんもの」
───
それから一週間。
わたくしの部屋は、さながら錬金術師の研究室のようになりましたわ。
テーブルには様々な茶葉のブレンド、壁には実験記録のメモ、床には失敗作の山。
「ローズマリーを加えると、爽やかさが増しますわね」
ぴぎぃ!
「カモミールは……少し甘すぎますわ。量を減らして」
かぷぎぃ!
「この魔力注入のタイミングが重要ですわ。お湯を注ぐ直前に、ほんの少しだけ――」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィは完全に試飲係として定着しました。
新しいブレンドができるたびに、ピギィが最初に味見をし、その反応でわたくしは改良を重ねていきますの。
ぴぎぃ……(不味い時の反応)
かぷぎぃ!(美味しい時の反応)
ぴぎぃぃぃぃ!!(最高に美味しい時の反応)
「ピギィ、あなた、もしかして味覚が優れていますの?」
かぷぎぃ!
誇らしげに胸を張るピギィ。
「頼もしい相棒ですわね」
───
そして、実験開始から十日目の夜。
わたくしは、ついに完成させましたわ。
「これが……わたくしの《プライベートブレンド》ですわ」
テーブルの上には、美しい褐色の茶葉。
五種類の茶葉をブレンドし、ラベンダーとベルガモットで香りづけ。
魔力を丁寧に注入することで、茶葉本来の力を最大限に引き出した――。
「名付けて、《アーシェ・ブレンド》。辺境で生まれた、新しい紅茶ですわ」
お湯を注ぐ。
立ち上る香りは、王都の高級品にも劣らない。
いえ、もしかしたら――それ以上かもしれませんわ。
わたくしとピギィ、同時にカップを傾けました。
ゴクリ。
ごくごく。
そして――。
「……完璧ですわ」
ぴぎぃぃぃぃぃぃ!!
ピギィが興奮のあまり、小さな炎を吐きました。
危うく部屋が燃えるところでしたわ。
「落ち着きなさい、ピギィ!でも、その気持ちは分かりますわ」
わたくしは窓を開け、夜空を見上げました。
満点の星空。
辺境の空は、王都よりもずっと美しい。
「さあ、これで準備は整いましたわ。明日から――《紅茶商会》の設立に向けて、動き出しますわよ」
ぴぎぃ!
「ふふ、市場で大見得を切った手前、後には引けませんものね」
わたくしは紅茶をもう一口飲み、微笑みました。
――破滅フラグを踏み抜いた元悪役令嬢が、辺境で紅茶革命を起こす。
そんな物語、誰が想像できたでしょうか。
「ピギィ、明日はギルドマスターに相談してみますわ。商会設立の手続きについて」
かぷぎぃ!
「それと、この《アーシェ・ブレンド》の試飲会も開きたいですわね。街の人々に、本物の紅茶を味わっていただきませんと」
ぴぎぃぃぃ!
夜の静けさの中、二人の笑い声が響きます。
そして、カップに注がれた琥珀色の液体が、月光を受けてきらめいておりましたわ。
――新しい冒険の、始まりですわ。




