表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/32

第5話 紅茶令嬢はプライベートブレンドを開発致します!

市場での宣言から三日後。

わたくしは宿の一室で、頭を抱えておりましたわ。


「困りましたわ、ピギィ」


ぴぎぃ?


テーブルの上には、アーシェ近郊で手に入る茶葉のサンプルが五種類。

どれもこれも、質が悪すぎて話になりませんの。


「市場で大見得を切ってしまいましたけれど……本物の紅茶を作るには、まず良質な茶葉が必要ですわ」


わたくしは一つずつ、茶葉を確認していきます。


「これは……色が悪い。これは香りが弱い。これは渋すぎる。これは……何ですのこれ、明らかに雑草が混ざっておりますわ」


ぴぎぃ……


ピギィも残念そうに帽子を項垂れます。


「まあ、嘆いていても仕方ありませんわね」


わたくしは立ち上がり、窓の外を眺めました。

夕日に染まるアーシェの街。荒れ果てた辺境の風景。


「そういえば――」


ふと、思い出しましたわ。


侯爵家で学んだ学問の中に、《魔法薬学》というものがございました。

薬草や素材に魔力を注ぎ込むことで、その効能を高めたり、性質を変化させたりする技術。


「もしかして……茶葉にも応用できるのではなくて?」


わたくしは目を輝かせました。


「ピギィ、実験いたしますわよ!」


ぴぎぃ!


───


翌朝。


わたくしは市場で大量の茶葉サンプル、それに様々な薬草と香草を購入しました。


「ラベンダー、ローズマリー、ミント、カモミール……それに、魔力を帯びた水晶の粉も」


銀貨が飛ぶように減っていきますけれど、これは必要経費。

本物の紅茶のためなら、惜しくありませんわ。


宿に戻り、わたくしは実験を開始しました。


「まず、基本となる茶葉を選定いたしますわ」


テーブルに並べた五種類の茶葉。

どれも単体では使い物になりませんけれど――。


「複数をブレンドすれば、お互いの欠点を補えるかもしれませんわね」


わたくしは慎重に、茶葉を混ぜ合わせていきます。


「この茶葉は香りが弱いですけれど、色は良い。ならば香りの強いこちらと混ぜて……」


ぴぎぃ?


「そして、この渋すぎる茶葉は、ほんの少量だけ。アクセントとして使えるかもしれませんわ」


混ぜ合わせた茶葉を、わたくしはポットに入れます。


「さあ、お湯を注いで――」


琥珀色の液体がカップに満たされます。


香りは……。


「まあ、少しはマシになりましたわね」


けれども、まだ満足できるレベルではございません。


「ここからが本番ですわ」


わたくしは右手を茶葉の上にかざし、魔力を集中させました。


「魔力を注ぎ込むことで、茶葉の質を向上させる……理論上は可能なはず」


青白い光が茶葉を包みます。


そして――。


パチンッ!


小さな火花が散り、茶葉が燃え始めましたわ。


「きゃあ!?」


ぴぎぃぃぃ!


ピギィが慌てて水を吐き出し(吐けるんですの!?)、火を消してくださいました。


「……失敗ですわね」


テーブルの上には、炭になった茶葉。


「魔力の注入量が多すぎましたわ。もっと繊細に……」


───


実験は続きます。


二回目の挑戦では、魔力を弱めすぎて何も変化せず。


三回目では、茶葉が凍りつきました。


「なぜ凍るんですの!?わたくし、火の魔法しか使ってませんわよ!?」


ぴぎぃぃ……


四回目、五回目、六回目――。


失敗を重ねるごとに、わたくしの部屋は茶葉の残骸で埋め尽くされていきます。


「くっ……侯爵家の威信にかけて、諦めるわけには……!」


その時、ピギィがぴぎぃ!と鳴いて、わたくしの袖を引っ張りました。


「どうしましたの、ピギィ?」


ピギィは香草の一つ――ラベンダーを指差しています。


「ラベンダー?ああ、そうですわね。香りづけに使えるかもしれませんわ」


わたくしはラベンダーを茶葉に混ぜ、再び魔力を注入しました。


今度は慎重に、ゆっくりと――。


すると。


ふわぁ……


茶葉から、柔らかな光が立ち上りましたわ。


「これは……!」


急いでお湯を注ぐと、立ち上る香りが――。


「まあ、素晴らしい……!」


アールグレイに近い、柑橘系の香り。

けれどもそこに、ラベンダーの優しい香りが混ざり、独特の深みを生み出していますわ。


わたくしは震える手でカップを取り、口をつけました。


ゴクリ。


「――!」


渋みは控えめ。

香りは豊か。

そして後味に、ほのかな花の甘み。


完璧ではありませんけれど、確実に「飲める紅茶」になっていますわ!


「ピギィ、成功ですわ!」


ぴぎぃぃぃ!


ピギィが喜んで跳ね回ります。


「さあ、あなたも試飲なさって。あなたも大切な相棒ですもの」


わたくしは小さなカップに紅茶を注ぎ、ピギィの前に置きました。


ぴぎぃ?


ピギィは恐る恐る紅茶に近づき――。


ごくごくごく。


一気に飲み干しましたわ。


そして――。


かぷぎぃぃぃぃ!!


興奮したピギィが、部屋中を跳ね回ります。


「気に入っていただけましたの?」


ぴぎぃぴぎぃ!


ピギィは何度も頷き、「もっと!」と言わんばかりにカップを指差します。


「ふふ、分かりましたわ。でも、その前に――」


わたくしは新しい茶葉を取り出しました。


「まだまだ実験は続きますわよ。これは第一段階。もっと美味しい紅茶を作らなければなりませんもの」


───


それから一週間。


わたくしの部屋は、さながら錬金術師の研究室のようになりましたわ。


テーブルには様々な茶葉のブレンド、壁には実験記録のメモ、床には失敗作の山。


「ローズマリーを加えると、爽やかさが増しますわね」


ぴぎぃ!


「カモミールは……少し甘すぎますわ。量を減らして」


かぷぎぃ!


「この魔力注入のタイミングが重要ですわ。お湯を注ぐ直前に、ほんの少しだけ――」


ぴぎぃぃぃ!


ピギィは完全に試飲係として定着しました。

新しいブレンドができるたびに、ピギィが最初に味見をし、その反応でわたくしは改良を重ねていきますの。


ぴぎぃ……(不味い時の反応)


かぷぎぃ!(美味しい時の反応)


ぴぎぃぃぃぃ!!(最高に美味しい時の反応)


「ピギィ、あなた、もしかして味覚が優れていますの?」


かぷぎぃ!


誇らしげに胸を張るピギィ。


「頼もしい相棒ですわね」


───


そして、実験開始から十日目の夜。


わたくしは、ついに完成させましたわ。


「これが……わたくしの《プライベートブレンド》ですわ」


テーブルの上には、美しい褐色の茶葉。


五種類の茶葉をブレンドし、ラベンダーとベルガモットで香りづけ。

魔力を丁寧に注入することで、茶葉本来の力を最大限に引き出した――。


「名付けて、《アーシェ・ブレンド》。辺境で生まれた、新しい紅茶ですわ」


お湯を注ぐ。


立ち上る香りは、王都の高級品にも劣らない。

いえ、もしかしたら――それ以上かもしれませんわ。


わたくしとピギィ、同時にカップを傾けました。


ゴクリ。


ごくごく。


そして――。


「……完璧ですわ」


ぴぎぃぃぃぃぃぃ!!


ピギィが興奮のあまり、小さな炎を吐きました。

危うく部屋が燃えるところでしたわ。


「落ち着きなさい、ピギィ!でも、その気持ちは分かりますわ」


わたくしは窓を開け、夜空を見上げました。


満点の星空。

辺境の空は、王都よりもずっと美しい。


「さあ、これで準備は整いましたわ。明日から――《紅茶商会》の設立に向けて、動き出しますわよ」


ぴぎぃ!


「ふふ、市場で大見得を切った手前、後には引けませんものね」


わたくしは紅茶をもう一口飲み、微笑みました。


――破滅フラグを踏み抜いた元悪役令嬢が、辺境で紅茶革命を起こす。


そんな物語、誰が想像できたでしょうか。


「ピギィ、明日はギルドマスターに相談してみますわ。商会設立の手続きについて」


かぷぎぃ!


「それと、この《アーシェ・ブレンド》の試飲会も開きたいですわね。街の人々に、本物の紅茶を味わっていただきませんと」


ぴぎぃぃぃ!


夜の静けさの中、二人の笑い声が響きます。


そして、カップに注がれた琥珀色の液体が、月光を受けてきらめいておりましたわ。


――新しい冒険の、始まりですわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ