第4話 紅茶令嬢は辺境の茶葉が不味すぎて納得出来ない
冒険者として三つの依頼をこなし、わたくしの所持金は銀貨百二十枚にまで増えましたわ。
宿代と食費を差し引いても、まずまずの滑り出しですわね。
けれども――。
「ピギィ、大変な問題が発生いたしましたわ」
ぴぎぃ?
わたくしはテーブルの上に、空になった茶葉の缶を置きました。
かつて侯爵家から持ち出した、最後の《ロイヤル・アールグレイ・プレミアム・オブ・サンライズ》。
「とうとう、尽きてしまいましたの……」
ぴぎぃ……
ピギィも悲しそうに、帽子を項垂れさせます。
紅茶がない人生など、考えられませんわ。
呼吸をするのと同じくらい、わたくしにとって紅茶は必要不可欠。
朝の目覚めの一杯、午後のティータイム、そして就寝前のリラックスタイム――。
「仕方ありませんわね。市場で茶葉を調達いたしましょう」
わたくしはピギィと共に、アーシェの市場へ向かいました。
───
アーシェの市場は、正直に申し上げて「市場」と呼ぶのも憚られる代物でしたわ。
木造の屋台がまばらに並び、売られているのは野菜、干し肉、それに魔物の素材など。
活気があるというよりは、必死に生き延びている――そんな雰囲気。
ぴぎぃ……
ピギィも少し元気がない様子。
「大丈夫ですわ、ピギィ。きっと素敵な茶葉が見つかりますわよ」
わたくしは前向きに、いくつかの屋台を巡りました。
「すみません、紅茶の葉を扱っておられませんか?」
最初の屋台の主人――しわくちゃの老婆――は、首を横に振りました。
「紅茶?そんな高級品、ここにゃあないよ」
「そうですの……」
次の屋台でも、その次でも、同じ答え。
どうやらこの辺境では、紅茶は「高級品」として扱われ、ほとんど流通していないようですわ。
「くっ……これでは、わたくしのティータイムが……!」
わたくしが絶望しかけたその時。
「お嬢さん、紅茶を探してるのかい?」
声をかけてきたのは、薄汚れた服を着た中年の商人。
屋台には雑多な品物が並んでおり、その隅に――。
「あ、ありましたわ!紅茶の葉!」
わたくしは目を輝かせて駆け寄りました。
木箱に入った茶葉。
見た目は……まあ、王都の高級品と比べれば随分と粗末ですけれど。
「これは珍しい!辺境では貴重な茶葉だよ。特別に銀貨十枚でどうだい?」
「十枚……まあ、仕方ありませんわね。いただきますわ」
わたくしは即座に銀貨を支払い、茶葉を購入しました。
ぴぎぃ!
ピギィも嬉しそうに跳ねます。
「ふふ、これでまた美味しい紅茶が飲めますわね」
───
宿に戻り、わたくしは早速、銀のティーセットを取り出しました。
「さあ、久しぶりの新しい茶葉ですわ。どんな香りがするか楽しみですわね」
ぴぎぃ!
ピギィも期待に満ちた様子で見守っています。
わたくしは丁寧にお湯を沸かし、ポットに茶葉を入れ、そして――。
お湯を注ぐ。
立ち上る香り。
それは――。
「……え?」
わたくしは思わず、顔をしかめましたわ。
香り、というよりは……草っぽい?
いえ、それどころか、何か古いぞうきんのような――。
「ま、まさか……」
わたくしは震える手でカップに注ぎ、恐る恐る口をつけました。
ゴクリ。
そして――。
「――――ッッッ!!!」
わたくしは思わず、カップを取り落としそうになりましたわ。
不味い。
いえ、「不味い」などという生易しい言葉では表現できませんわ。
これは紅茶ではございません。
草を煮出した、ただの泥水ですわ!
渋みだけが口の中に残り、香りは皆無。
むしろ、飲めば飲むほど気分が悪くなるような――。
「な、何ですのこれは……!」
ぴぎぃ?
ピギィが心配そうに近づいてきます。
わたくしは震える手で、もう一度茶葉を確認しました。
色は茶色というより、灰色に近い。
明らかに質の悪い茶葉。
いえ、もしかしたらこれは茶葉ですらないかもしれませんわ。
「……許せませんわ」
わたくしは立ち上がり、購入した茶葉を手に取りました。
「ピギィ、参りますわよ」
ぴぎぃ!
───
市場に戻ったわたくしは、先ほどの商人の屋台へ直行しました。
「あら、お嬢さん。どうしたんだい、もう飲んだのかい?」
商人はにやにやと笑っています。
わたくしは、ドンッ、と茶葉の箱を屋台に叩きつけました。
「これは一体、何ですの!?」
「何って……紅茶の葉だよ」
「紅茶ですって!?冗談ではございませんわ!」
わたくしの声が、市場中に響き渡ります。
周囲の人々が、何事かと集まってきましたわ。
「これは紅茶などではございません!ただの雑草を乾燥させた、粗悪品ですわ!」
「な、何を言って――」
「黙りなさい!」
わたくしは指を商人に向けました。
「第一に、色が悪い。本物の茶葉は深い褐色をしておりますのに、これは灰色。明らかに古すぎますわ!」
「そ、それは保存状態が――」
「第二に、香りがございません。茶葉本来の芳醇な香りではなく、カビ臭い匂いしかいたしませんわ!」
「い、いやそれは――」
「第三に!」
わたくしは茶葉を一つまみ取り、指で潰しました。
「本物の茶葉は適度な弾力がありますのに、これは粉々に砕けてしまう。つまり、長期間放置された劣化品ですわ!」
「う、うるさい!辺境でこれ以上の茶葉なんて手に入らないんだ!文句があるなら飲まなきゃいい!」
商人が開き直りましたわ。
わたくしは、深く息を吸い込みました。
そして――。
「この味では、人生の香りが台無しですわぁぁぁぁ!!」
魂の叫び。
市場全体に響き渡る、元悪役令嬢の絶叫。
周囲の人々が、ポカンと口を開けています。
「紅茶とは!人生に彩りを与える、至高の飲み物ですのよ!」
わたくしは演説モードに入りました。
「朝の一杯は、一日の始まりを告げる鐘の音。午後の一杯は、心を癒す安らぎの時間。夜の一杯は、明日への活力を与える祝福!」
ぴぎぃ!
ピギィが賛同するように鳴きます。
「それなのに、このような粗悪品を『紅茶』として売るなど――侯爵家の名誉にかけて、看過できませんわ!」
「お、お嬢さん、落ち着いて――」
周囲の人々が、わたくしをなだめようとしますけれど。
「わたくしは落ち着いておりますわ!ただ、この辺境の茶葉事情に、激しく憤慨しているだけですの!」
ぷぎぃぃぃ!
ピギィまで興奮して、小さな炎を吐きましたわ。
「ひいい!スライムが怒ってる!」
商人が悲鳴を上げます。
わたくしは銀貨十枚を屋台に叩きつけました。
「返金は結構ですわ。その代わり――」
わたくしは周囲の人々を見回しました。
「この辺境に、わたくしが本物の紅茶をお届けいたしますわ!侯爵家の威信にかけて、必ずや!」
宣言。
堂々たる、元悪役令嬢の宣言。
周囲の人々は、しばらく沈黙した後――。
「……お、おおおお!」
なぜか拍手喝采。
「紅茶令嬢が本気出した!」
「本物の紅茶が飲めるのか!?」
「すげぇ、貴族様の紅茶だぞ!」
ぴぎぃぃぃ!
ピギィも調子に乗って跳ね回っています。
わたくしは――。
「……あら」
ふと我に返りました。
「わたくし、何か大変なことを宣言してしまった気がいたしますわ」
ぴぎぃ?
「いえ、なんでもありませんわ、ピギィ」
わたくしは優雅に市場を後にしました。
けれども、心の中では思いましたの。
――本物の紅茶を、この辺境で手に入れる方法。
それを考えなければなりませんわね。
そして、この騒動が後に《アーシェ紅茶革命》の始まりとなり、わたくしが《紅茶商会》を立ち上げるきっかけになろうとは。
この時のわたくしは、まだ知る由もありませんでしたの。
ー
「ピギィ、まずは情報収集ですわ。この辺境で、良質な茶葉が手に入る場所を探しませんと」
かぷぎぃ!
夕暮れの市場を後にする、二人の影。
新たな冒険が、今、始まろうとしておりましたわ。




