09話:俺は魔法攻撃なんて使えないんですけど?
「君が神崎幹也で合ってるかい?」
「はい。神崎です。お願いします」
「あぁ。よろしく頼む。私は実技担当の九鬼姫香だ」
試験監督の前にやって来た俺はすぐに挨拶をしていった。すると試験監督も挨拶を返してきてくれた。この試験監督は九鬼先生と言うらしい。20代中盤くらいの美人な先生だ。
そしてその九鬼先生は続けて試験概要を説明してきてくれた。
「それでは実技試験の内容について説明する。ここから50mほど先に設置されている標的に向かって魔法攻撃を当ててくれ。攻撃魔法の種類は何でも構わない。詠唱の速度、精密さ、攻撃力など複数の観点から我々は評価をしていく」
「なるほど。あの的に向かって攻撃魔法を打つんですね」
俺はそう言いながら九鬼先生が指差す方向を見ていった。そこには上下左右に動いている標的が複数設置されていた。あの標的に目掛けて攻撃しろとの事だ。
「あぁ、その通りだ。何も質問が無ければこのまま実技試験を開始するぞ?」
「あ、それじゃあすいません。一つ質問なんですけど……俺は攻撃魔法を使えないんですけど、その場合はどうしたら良いですか?」
「……? いや、こちらは攻撃魔法の指定は特に何もしてないぞ? 標的を壊す必要も無いから、初級魔法である火の玉や水の玉などを呼び出してあの標的に当てるだけで良いんだぞ? 我々の採点基準は複数の観点で見るからな。だから何でも好きな属性魔法で攻撃してくれて構わないぞ?」
「あぁ、いや、そういう訳じゃないんです。俺は強化魔法しか使えないんですよ。だから攻撃系の魔法は一つも使えないんです」
「……え? 強化魔法しか使えない? え、えっと、それはその……一体どういう事なんだ?」
「俺は魔法適正が強化魔法の1つしかないんですよ。だから俺はそもそも攻撃魔法なんて一つも使えないんですよ」
「は、はぁ!? な、なんだって!? 君は魔法適正は1つしか持ってないのかい!?」
―― ざわざわ!
俺がそう言った瞬間に辺りがざわつき始めた。
「? 何か変なんですか?」
「い、いや、別に魔法適正が平均よりも少ないなんて普通にあるから変ではないよ。た、ただ、その……魔法適正がたった1つしかない生徒がこの聖凛高校を受験するなんて想像もしてなかったんだ。ここは魔法を極めようと思っている有望な子供たちがあつまる唯一の専門高校だからね。それなのに君は魔法適正が1つしかないなんて……それはつまり他の者よりも使える魔法が圧倒的に少ないし、複合魔法も君は使えないという事になるよね?」
複合魔法とは二種類以上の属性魔法を組み合わせた魔法の事だ。火属性と風属性を組み合わせると爆炎魔法が使えたりする。
「はい。そうですね。俺は強化魔法しか使えないので複合魔法は使えませんよ」
「そ、そうだよね。ふむ……これは君にはかなり酷な事を言ってしまうのだが……魔法適正が1つしかない者が聖凛高校に入るのは……ほぼ無理だぞ?」
「えっ? な、何でですか?」
「聖凛高校では魔法を駆使した実技訓練やダンジョン遠征など大怪我を負ってしまう可能性のある危険な授業が沢山あるんだ。そんな危険な訓練が沢山あるのに魔法が1つしか使えないなんて、それは誰よりも大怪我を負ってしまう可能性が高いという事でもある。そんな大怪我を負ってしまう可能性の高い生徒を聖凛高校に入れるなんていうのは流石に認められない。まぁこればっかりは先天的なモノだから君には落ち度はないとはいえ……魔法適正が1つしかないのでは聖凛高校に入るのは無理だと言わざるを得ないよ」
「そ、そんな!? 俺、魔法高校に入るためにここまで来たのに!?」
九鬼先生にピシャリとそう告げられた事で俺は大きな声を出してしまった。するとその時、周りにいた受験生たちは俺の事を見ながらクスクスと笑い始めていった。
「おいおい、魔法適正1つしかないのに魔法高校を受験するとか舐め過ぎだろ」
「攻撃魔法を1つも使えないヤツなんて初めて見たぞ。そんなショボい才能しかないのに聖凛高校を受験するって馬鹿なのか?」
「はは、どう考えても馬鹿だろ。魔法の才能無いクセに聖凛高校に受験なんかしてんじゃねぇよな」
「本当本当。アイツマジで頭おかしいんじゃねぇか??」
―― くすくす……
そんな会話がチラホラと俺の耳に入ってきた。俺を貶す声が沢山聞こえて来た。九鬼先生もそのヒソヒソ話が聞こえていたようで、俺に向かってこう言ってきた。
「……という事で、まぁこれが現実だよ。本当に魔法適正が1つしかないのなら正直に言って聖凛高校は諦めた方が――」
「あら、そんな事を言うのは良くないと思いますよ?」
「……って、え? あっ!? い、一宮さん!?」
「え? あ、さ、さっきの……!」
「ふふ。こんにちは。先程ぶりですね」
するとその時、九鬼先生との会話中に割り込んで声をかけてくる女性が現れた。その女性は俺が先ほど駅前でナンパ男から助けた美人な女性だった。
あの女性とまた再会出来るなんて思ってなかったので、俺はビックリとしながらその女性を見ていった。
すると何故か試験監督も物凄くビックリとした表情を浮かべていた。さらに受験生の中もチラホラとビックリとしたような顔をする生徒がいた。
―― ざわざわ……!
「え、えっと、一宮さん。どうしたんですか? このような試験会場までお越し頂いて……」
「今日は少し所用があってこの付近に来てたのです。それでせっかくですから試験の視察をしてから帰ろうと思ったのですが、何やらよくない事態が起きていたので仲裁に入ったという次第です。聖凛高校の受験は誰であっても受ける自由があるはずです。それなのに一試験監督が受験生に対して受験を諦めさせるような行動を取るのは良くないはずです。ちゃんと一試験監督として正しい行動を全うしてください」
「そ、それはその……は、はい、その通りですね……私の行動が間違いでした。君にも嫌な事を言ってしまって非常に申し訳なかったよ、神崎。それでは神崎は攻撃魔法が使えないという事なので、一旦君の実技試験は後回しにして最後に行う事にしても良いかい? そして君の試験方法は後程改めて決めるので、それまでグラウンドで待機して貰えるかい?」
「は、はい。わかりました。それで大丈夫です。ありがとうございます!」
「ふふ、良かったですね。神崎君」
「は、はい! 本当にありがとうございます! ……って、あれ? でもどうして貴女がここに?」
「そんな些末な事は気になさらないで大丈夫ですよ。それでは実技試験も頑張ってくださいね。応援していますよ」
「え? あ、は、はい、ありがとうございます!」
そう言ってその一宮さんと呼ばれた女性はまた何処かへ行ってしまった。何というかとてもミステリアスな女性だったなぁ。
まぁでもあの女性のおかげで俺は何とか無事に実技試験を受けさせてくれる事になった。いや本当にもう感謝してもしたりないよな!