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第9話 強面先輩は無様に転がり、振られる

 移動した先はフードコートだった。

 お昼時で人は多かったが、奇跡的に空いていた端っこの席を確保する。

 どっかりと座る新藤先輩と、控えめにその前に座る俺。

 綺季はと言うと、不機嫌そうにスマホを弄りながら口を開いた。


「何の用?」

「なんでパシリとデートしてんだよ」

「は? どこがデートなの。アタシはただあんたに言われた通りこの幼馴染に命令してるだけだけど?」


 実際、その通りではある。

 そもそも『何でも言いなり刑』があるせいで拒否権がなかったわけだし、俺達には明確な上下関係があるからな。

 じゃなきゃあんな脅迫メッセージを受けてのこのこやって来ない。


 しかし、パシリかと聞かれると些か疑問が生じる。

 なんだかんだで服選んでもらってただけだもの。


「お前、オレが誘っても遊びに来ねぇ癖に」

「なんでアタシがあんたなんかと二人で外に出ないといけないの? 行きたくないから断ってるんだわ」

「くっ……じゃあコイツとは遊びたかったのかよ」

「だから、命令だって言ってんでしょ」

「服選んでやってたじゃねえか!」

「そりゃ幼馴染がダサい格好で周りに居たら嫌だし、当たり前じゃん」

「……納得いかねえ」


 聞いていて、蚊帳の外になってきた。

 もはや先輩二人の痴話喧嘩になっている。

 それも、完全な新藤先輩の片想いによる言いがかり。

 どうやら夢衣の言っていた話は本当だったんだなと、俺は納得する。


 そして案外先輩も女々しいんだなと、俺はそんなことを考えていた。


 それに綺季もイラついてるみたいで、目つきはすこぶる悪い。

 さっき俺に暴言を吐いていた時とは、全く温度感が違う。


「オレ達のパシリを甘やかすなよ」


 と、新藤先輩の言葉がトリガーになった。

 比較的穏やかに話していた綺季が、あからさまに顔を顰める。


「は? あんたのパシリじゃないんだけど」

「あ? オレが先に目つけたんだぞ」

「でも大富豪で勝ったのはアタシら姉妹だし、あんたは関係ない」

「……さっきから、そいつの事庇い過ぎじゃね?」

「別にそんなんじゃないけど」


 そこで新藤先輩は俺を見た。

 先ほど服を買いそびれたため、まだダサい格好のままである。

 二人の先輩に馬鹿にされており、この服のまま居るのは正直結構恥ずかしい。

 あのまま選んでもらった服を購入して今すぐにでも着替えるつもりだったから、こうしてまじまじと見られるのは苦痛だ。


「綺季、お前こいつに惚れてんのか?」

「な、何言ってんの」

「学校ではどんな男とも二人で遊んだりしねえ奴が、男連れて外に出て、さらにそいつに服まで選んでた。……逆にどう解釈しろって?」

「だから、そういんじゃないって」

「……パシリってのはなぁ」


 新藤先輩は立ち上がり、俺の元へ歩いてきた。

 そのまま肩を掴み、無理やり立たせてくる。


 え、え? なにこれ。どういうこと。


 困惑していると、先輩はニヤニヤしながら俺をどついた。

 勿論転がる俺に、綺季が声を漏らす。


「おいお前、昼飯買ってこい」

「いやちょ、お金は?」

「あ? パシリなんだからお前が払うんだよ。ほら! 早く行け!」

「……」

「顔殴られてえのか?」


 すごまれて、俺はきょとんとした。

 初めて味わう本格的なカツアゲに、逆に現実味がなかったのだ。

 そんな、泣き喚かずにぼーっとしている俺にムカついたのか、新藤先輩が顔を寄せてくる。

 鬼の形相でメンチを切られた。


「やめて」


 フリーズしている俺に、綺季が声を挟んできた。

 それを受けて新藤先輩は俺から顔を離す。


「だからなんでお前が止めるんだ。学校で下級生いじめててもお前が止めたことなんかねえだろ」

「は? それはアタシが言ってもやめないだけでしょ。そもそも前に言ったよね? アタシそういうの嫌いだからやめろって。アタシがそれ見て楽しんでたとでも?」

「……さっきから一丁前に口答えしてんじゃねえぞ」


 いつしか、新藤先輩の矛先は綺季に向いていた。

 詰め寄られ、珍しく焦ったような顔を見せる綺季。


「来い」

「や、やめて……。だから、やめろって!」

「うるせえ。お前に拒否権ねえから」


 目の前で綺季を連れて行こうとする新藤先輩。

 荒々しく彼女の腕を掴み、引き寄せた。

 いくら鬼の金髪ギャルと言えど、流石の新藤先輩には敵わないらしく、為す術もなく捕まる。

 そんな光景に、俺は昔の事を思い出していた。


 小学校低学年の時、俺は近所の上級生たちにいじめられていた。

 身長が低かったこともあり、標的にされやすかった俺。

 毎日下校中に追い回され、持ち物を捨てられたり田んぼに突き落とされたりしていた。

 そして、それを見かねて助けてくれたのが綺季だった。


『複数人で寄って集って年下いじめるとか、だっさ。……アタシの真桜賭君に触るな!』


 綺季と俺は二歳差。

 彼女にとっても、俺をいじめていた連中は年上だった。

 それなのに、勇猛果敢に立ち向かっていったのだ。


 彼女はその日、俺と同じようにいじめられた。

 女児の力なんてたかが知れてるし、どんなに怒って歯向かって来ても、相手からしたら所詮年下。

 そりゃもう至極当然にやられていた。


 だけど、それでも毎日俺のために立ち向かっていた。

 気づけばいつの間にか、相手の方が飽きて逃げて行った。

 その後、綺季は俺に微笑んで言ったのだ。


『アタシが、いつでも守るから』


 姉も、そして母親もいない俺を案じていたのかは知らない。

 だが俺は知っていた。

 毎日綺季が涙を堪えて、擦り傷を作りながら立ち向かっていたことを。


 今目の前で起きている状況を見て、俺ははっとした。

 綺季は変わってなんかない。

 俺のために身を挺して、新藤先輩に喰らい付いている。


「……」


 もう俺は高校生だ。

 いつまでも守られているわけにはいかない。

 ずっと、心のどこかで夢衣や綺季の助けを求めていた自分が情けない。

 自分の身は自分で守るし、これからは、俺が守ってあげないと。


 思い立った時には動いていた。

 新藤先輩の横腹に、思いっきり体当たりする俺。

 

「うおぁ!?」


 勢い余って転がる先輩と、それに続いて俺も何故かコケる。

 しかし、綺季から離すことはできた。

 俺は立ち上がり、初めて先輩を見下ろしながら言った。


「俺のきーちゃんに触るな」

「……え」

「文句があるなら俺に言ってください。正々堂々相手しますよ。それに、俺はあんたのパシリじゃない。俺は二人のギャル姉妹の言いなりなんだ!」


 こいつに命令される覚えはない。

 強面だから何だ。

 こんなひょろがり陰キャに押されたくらいで倒れやがって。


「きーちゃんに手を出すのはやめろ。っていうか、好きな女に無理やり手を出すとか、ないわ普通に」


 俺は言い捨てて綺季の手を取った。

 もうここにも、こいつにも用はない。

 間抜け面で呆けている新藤先輩を一瞥した後、綺季に俺は言う。


「戻ろ。さっきの服、買いたいから」

「え? あ、うん」

「ごめん。俺のせいで」

「……気にしないで」


 そのまま二人でフードコートを後にした。

 新藤先輩の事なんか、振り返らずに置いていった。


 その時の俺は頭が真っ白になっていた。

 アドレナリンが分泌され過ぎて、超興奮状態。

 周りも見えないし、自分が何をしたのかもわかっていない。

 だから、気づかなかった。


 綺季が、俺の手をぎゅっと握りしめていたことを。


「……ほんとに、変わったね」


 俺の耳には、幼馴染の声すら入らなかった。

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