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第8話 陰キャ、必死の抵抗を試みて死にかける

「で、どんな服が好みなの?」

「……さぁ?」

「……」


 綺季に全身を見られ、俺は肩をすくめる。

 生憎服に気を遣ってきた人生ではないため、聞かれたところで答えは出ない。

 ちなみに今日は父親の半袖シャツを借りて、それを唯一持っていたジーンズに合わせただけのシンプルな格好だ。

 身長が低い分シャツは体に合わずややデカめだが、俺は知っている。

 ふんと鼻息を鳴らしながら、自慢げに言ってやった。


「どうです? 流行りのオーバーサイズコーデです」

「いやそれ、ただサイズ合ってないだけ。首元でろでろじゃん」

「……じゃあどうするんです?」

「オーバーサイズで着たいなら、それ用に大きめのシルエットに作ってる服買えば? そういうのは首回りは身長に合わせて、肩とか袖だけ大きめに作ってあるから」


 言うなり、彼女は近くのシャツ売り場に歩き、そこで何枚かの服を選んでいた。


「身長低めだし、確かに着眼点は悪くない……。あ、これ可愛いかも。似合うだろうなぁ。えへへ」


 何やらぶつぶつ言っているが肝心の内容が聞き取れないため気味が悪い。

 しかもちょっと笑ってるし。

 マジでなんなんだあの人。

 

 しかし、こう見るとデートというより母親といるみたいだな。

 うちに母はいないから周りの事は知らないが、姉代わりだった女に服を当てがわれているこの状況は如何に。


 と、選び終えた綺季がその内の一枚を俺の胸に当ててくる。


「ほら、こっちだと清潔感も出る」

「なるほど。流石に父親の服は加齢臭が出てたか」

「そういう事じゃない! それはあんたの着こなしが下手なだけ! 今持ってきた服だと多分インナーも隠れて見栄えが良くなるから」

「なーんだ、ただデカいサイズの服を着ればいいわけじゃないんですね」

「当たり前でしょ……?」


 もはや睨まれもせず、ただ可哀そうなものを見るような憐れみを向けられた。

 こういう反応が一番傷つくからやめてほしい。

 まぁなんにせよ、お洒落初心者が背伸びなんかするもんじゃないという事だな。

 恥をかいた分学習できた。

 うん。


 と、そこに綺季は変な顔をして聞いてきた。


「っていうかなんでずっと敬語?」

「え、いや。特に理由はないけど」

「普通にしてよ。……距離感じるし」


 一体どういうつもりなのかは知らない。

 ただ、若干傷ついたようなその顔に俺は何故かドキッとした。

 

 いやまぁ、昔べったりくっついて過ごしてきた幼馴染に敬語を使われたら、軽くショックも受けるのだろう。

 いくら鬼の金髪ギャルと言えど、人の心は残しているらしい。

 俺としては怒らせないための無意識な敬語だったが、要らぬ気遣いだったようだ。

 という事で謝っておく。


「ごめんよハニー」

「は、ハニー?」

「新愛を込めて、俺なりにデート相手に普通に接したんだけど」

「で、ででででででデート!? ……ふ、ふざけんな! あんたはただのパシリ! ただの幼馴染で、それ以上でも以下でもないから!」

「いや冗談ね?」

「へ? ……あ、いや。えっと」


 熱暴走し始める金髪ギャルなんて初めて見た。

 学校ではあんまり大声を上げない人だし、結構レアな姿かもしれない。

 ちょっと面白いかも。

 とか思っていると、綺季は腰に手を当てて睨みつけてくる。


「ってか敬語やめろってそういうことじゃないわ!」

「えぇ。そこはてっきり『許すわダーリン』って返してくれるかと思ったのに」

「言うわけないでしょ!? 馬鹿なの? 阿保なの? 間抜けなの!?」

「概ね全部当てはまるかも」

「ッ! ……んもー! ほんっと調子狂うわ! クソ!」


 暴言を吐きながらどこかへ消えていく金髪を見つつ、やれやれと肩をすくめた。


「だから、冗談なのに」


 にしても、今日は比較的平和だ。

 既に結構怒らせているような気はするが、俺の中で何となく綺季の扱いが分かってきたような気がする。

 あの人、思ったよりもノリが良いし、その上多分優しい。

 今日だけでどれだけ手取り足取り教えられただろうか。

 正直、俺が過剰にビビり過ぎていただけなようだ。


 それに、脳内で綺季の暴言をツンデレに変換することで、割と心は穏やかだ。

 まさか本気で俺にデレているとは思っていないが、こういうのはマインドセットで言い聞かせたもの勝ちだからな。

 ハニー呼びに顔を真っ赤にしてキレていたのも、照れているだけに見えてくるから不思議だ。

 

 そんなことを失礼な考えていると、綺季は合わせに使えそうな半袖の上着も持ってきた。

 同じくオーバーサイズの、シャツっぽいジャケットだ。

 これまた胸に当てるだけで垢抜けた気分になれる、シンプルかつ可愛いシルエットである。


「こういう服なら何にでも合うから一着持っときな?」

「……なんでこんなに色々教えてくれるの?」


 ずっと疑問に思っていたことを、俺はついに聞いた。

 問いを受けて、綺季は止まる。

 そしてジト目を向けながら言った。


「アタシの幼馴染が私服ダサいとか許せないからに決まってるでしょ」

「……」

「仮にパシリでも今後一緒に居る機会増えるなら服装から気を付けな? べ、別に幼馴染を着せ替え人形にして愛でてるわけじゃないんだわ」


 思った以上に血も涙もない理由だった。

 優しくしてくれたと思ったら、そんな事かよ。

 夢衣も綺季も、人の事を陰キャ呼ばわりしてバカにしやがって。

 いつかこの姉の方も、アイツみたいに俺の言いなりにしてわからせてやりたい。

 あと、やっぱりどこかツンデレヒロインみたいな匂いを感じるのは気のせいだろうか。


 しかしまぁせっかく選んでもらった服だ。

 袖を通して確認しようと思い、そのまま試着室へ向かおうとする。


 そして災厄に遭遇した。


 俺は予想外のその姿に極力表情を崩さないよう心掛け、そのままにこやかに会釈して挨拶する。


「……よ、よく遭い(・・)ますね」

「あ? 誰かと思えばパシリのクソ陰キャか。……ってなんだそのゴミみたいにだせえ格好」


 同じく試着室に向かおうとしていたのは同じ高校の先輩だった。

 ここ最近よくエンカウントする、新藤ジャレン先輩である。

 

「あはは。そうですよね。ダサいっすよね……」

「待てよ。一人で来たのか?」

「……え、ど、どうですかね」


 波風立てぬ前に去ろうとしたのだが、捕らえられた。

 首根っこを掴まれ、身動きできなくなる俺。

 くそ、これでは捕食されるのをただ待つ小動物である。

 

 俺は必死に言い訳と今から取るべき行動を考えた。

 というのも、綺季と来たと言うとキレられそうだからだ。

 彼女に好意を持っている彼が、デートらしき現場に出くわして、かつその相手が俺だと知ればどうなるだろうか。

 きっと暴力に訴えてくるに決まっている。

 となれば俺が取るべき行動は――。


 その一、ダッシュで逃げる。

 その二、ダッシュで逃げる。

 その三、ダッシュで逃げる。


 ――ダメだ。

 ビビりすぎて全く頭が回ってない!

 しかも先輩の事だし、多分足も速いだろう。

 運動部経験もなく、足がもつれる俺みたいな陰キャなんぞ店を出る前に捕まるのがオチだ。

 そして、捕まったらその時こそ死。

 逃げた捕虜に二度目はない。

 即刻処刑確定である。

 

 しかもうわ、ヤバいわ。

 白のスキニーパンツにゴツゴツしたリングとかピアスとかネックレスとかしてる。

 一番逆らったらいけない見た目じゃないか。


 なんて思っていると、先輩は俺の持つ服を物色し始めた。

 そして笑う。


「うわ、なんだこの服。低身長がイキってオーバーサイズとか、マジないわ。お前みたいなゴミ陰キャは何着ても似合わねーよ」


 新藤先輩は俺から服を取ると、げらげら笑いながら酷評した。

 それを見て、何故かとてつもない怒りに襲われる。


「買う服のセンスもねーな。きっしょ」

「返してください」

「あ? 何? パシリの分際で口答えすんの?」

「大事な服だから、馬鹿にしないでください」


 明らかに喧嘩モードに入る先輩の顔を見て、全身の毛がよだった。

 だけど、どうしても引きたくなかった。

 ……俺のために、せっかく綺季が選んでくれたのに。

 それを馬鹿にされて、許せない。


「……いいわ。ちょっと面貸せ。殺してやる」


 抵抗も胸しく、胸ぐらをつかまれて連行され始める俺。


 え、ヤバくね?

 これ同じ人間の腕力?

 

 捕まれただけでこれからの自分の未来が想像できて冷汗が止まらない。

 つい感情に任せて意固地になってしまったが、すぐに後悔した。

 我ながら情けないが、流石に身の危険を感じては威勢はなくなる。

 すぐさまいつもの陰キャな俺に戻った。


 と、そんな時である。

 じたばたもがいている俺の元に、新たに服を持ってきた金髪ギャルが歩いてきた。


「真桜賭ー。こっちの服も試さない? って……新藤?」


 助かったと思うと同時に、終わったとも思う。

 案の定、新藤先輩は俺に顔を近づけてきた。


「なんでアイツがいる? どういう事だ?」

「え、えとえと、そのぅ」

「場所、変えるぞ」


 そこでようやく放してもらい、俺は膝をついた。

 危ない。

 ガチで死ぬかと思った……。


「あの……」

「……」


 説明しようと涙目で綺季を振り向く俺。

 しかし、当の彼女は酷く冷めた目で新藤先輩を見つめていた。

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