第7話 照れ隠しが極端な人
待ちに待ったような、そうでもないような土曜昼。
待ち合わせの十分前に到着したのだが、既にそこには金髪ギャルの姿があった。
嫌な予感がしつつ、最大限の笑みを張り付けて向かう俺。
気づくと、綺季は鬼の形相を向けてきた。
「遅い」
「すみません」
「何時間待たせれば気が済むの?」
「……まだ待ち合わせ時刻の十分前なんですけれども」
俺が言うと、綺季はきまり悪そうにそっぽを向く。
一体この人はいつからいたんだろうか。
とは言え、どうせただのいちゃもんだろうと思って、俺は何の気なしに聞いた。
「そういう綺季はいつからいたんですか?」
「に、二時間前」
驚愕の時間が聞こえた気がするのだが、気のせいだろうか。
しかし、頬を赤らめる彼女を見るに、どうやら本気らしい。
ここで俺の中に醜い嗜虐心が生まれた。
「え~、楽しみにしてくれてたんですか? 嬉しい~」
先日の恐怖メッセージもあったため、意趣返しを兼ねて若干煽る。
と、すぐさまギロッと睨まれた。
「調子乗んな。早起きしたからついでに朝ごはん食べてただけだし」
「そ、そうですか」
「別にただあんたを待ってたわけじゃないんだから。それはそれとして、アタシより到着が遅いことにムカついてるの」
「理不尽すぎる」
飯食ってたんならそれはあんた都合じゃん。
なんで俺が文句言われなきゃいけないんだよ。
とは思うものの、俺は自身の安全第一なのでこれ以上は抗議しません。
既に顔真っ赤でブチギレてるし、触らぬ神に何とやらだ。
調子に乗って煽った愚かな俺を殴りたい。
それにしても、なんともイメージ通りの格好だ。
腕組みして仁王立ちしているせいで、いつも以上に威厳を感じられる。
服装はスタジャンにショーパン、スニーカーというカジュアルコーデ。
心の中で陽キャ女子セットと呼んでいるモノである。
自信があるから出せる生足と、敢えて可愛い子ぶる必要もない素の容姿に恵まれたものの特権ファッションだからな。
それに、動きやすさ重視のため、俺みたいな陰キャが逃げ出そうものならダッシュで一瞬で捕らえられるだろう。
「服、カッコいいですね」
褒めると、綺季は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せた。
「へ? あ、あぁ。……日和ってワンピ着れなかったとは言えない。可愛い子ぶってるとか、絶対思われたくないし」
「何か言いました?」
「何でもない! 一々聞いてくんな!」
「傍若無人すぎる」
一言余計な俺に、怒りの突っ張りが見舞われた。
胸をどつかれ、危うく転がりそうになる俺。
おい、車に敷かれでもしたらどうしてくれる。
この幼馴染は俺を殺す気なのだろうか。
「ギャルって感じで似合ってますよ」
「それ褒めてんの? ……まぁ、悪い気はしないし、受け取っとく」
最後に機嫌取りで褒めたら、案外素直に聞いてくれた。
目を逸らしながら髪をいじる綺季に、俺は思う。
まさか、今の一連全部照れ隠しじゃないよな?
若干不安に思いつつ、俺はデート――もといパシリ従業を始めた。
◇
隣町の駅という事で、そのまま俺達は周辺の大型商業施設に足を踏み入れた。
そして連れて行かれたのはなぜか男物の洋服店。
高校生や大学生くらいの男子とカップル客が蔓延る、結構イケてる感じのお店だった。
てっきり綺季の服を買いに来たのかと思っていたため、拍子抜けする。
最近ではメンズ服を着こなすお洒落女子も存在するようだが、果たしてコイツもその手の輩なのだろうか。
しかし、当の綺季は慣れてなさそうに、きょろきょろしている。
あまりこういう店に入り慣れているわけではなさそうだ。
「な、何? じっと人の顔見て」
「いや別に」
そこで察しの良い俺氏は気づいた。
今日の目的は、恐らくこうだ。
『きゃっ、好きピにプレゼント買いたい! あーん、でもどんな服が好みなのかわかんなーい。あ、そうだ! パシリの幼馴染を連れて行って、アドバイスをもらおう!』
みたいな背景があるに違いない。
そう考えると全ての合点がいく。
まさか綺季の方から、デートとも受け取れかねないお誘いをしてくるわけないもんな。
ラインのやり取りと言い今までの会話と言い、綺季が俺に好意を持っている可能性はあまり高くなさそうだ。
精々可哀そうな童貞君に思い出を~とか、その程度だろう。
前に廊下で俺の事を可愛いと連呼していたが、アレも『惨めな陰キャに育ってて(かわいそうで)可愛い!』だったのだ。
それに、好きピがいるなら学校であんなに塩対応なのも納得できる。
本命以外にはそっけないなんて、一途で可愛いらしいではないか。
はいはい、俺にはお見通しですよ。
ニヤリと笑っていると、綺季は気味悪そうに顔をひきつらせた。
「な、なんで笑ってんの?」
「お構いなく」
「キモ過ぎて無理だわ。思い出し笑いとかならやめた方がいいよ?」
「違いますよ。俺はただ、微笑ましいと思っただけで」
「はぁ? どういうこと?」
バレては仕方ない。
俺は今考えていた話を口にした。
あなたが好きピ用のプレゼント選びに俺を付き合わせてるのはお見通しですよ、と。
すると綺季は無表情になり、そのまま俺の胸ぐらをつかんだ。
「んなわけないでしょ!」
「ひょえぇ?」
「そもそも好きピなんかいないっつーの!」
「それはそれで年頃の女の子としてどうなんですか」
「うるさい余計なお世話!」
突き飛ばされ、尻もちをつく俺。
いや、実際は手を離されただけだが、俺の体幹が弱過ぎて後方に倒れただけである。
それを見て綺季は申し訳なさそうに一瞬「あわわ」みたいな顔をしたが、すぐに口を尖らせた。
にしても、確かに失礼な勘違いだったのかもだけど、何も暴力まで振るわなくても。
綺季はそのままふんっと鼻を鳴らす。
「それに、あんたみたいなファッション音痴陰キャに何のアドバイスもらえばいいのよ!」
「酷い! うちは父子家庭でお洋服の買い物だって行く機会なかったのに……ぐすん」
「あ、わ……それはごめん」
「冗談ですよ」
「殴るよ?」
睨まれつつ、立ち上がって服をはたく俺。
と、彼女は顔を赤らめながら続けた。
「だから、今日はそんなあんたのための買い物なの」
「……え」
「服、選んであげるから」
言われて無性に顔が熱くなった。
綺季も居心地悪そうに歩き始めるし、一気に雰囲気が出てくる。
まさかの俺のための服選びだと知り、感情が迷子だ。
もしかしてこれ、マジでガチなヤツ?
本気の”休日デート”って奴なのでは……?
心臓の音がうるさい。
ドキドキ鳴って、呼吸が苦しくなる。
これはまさか、俺が求めていたラブコメ高校生活の始まりというモノなのかもしれない。
なんてな。
「早くこっち来い!」
「はい只今!」
やっぱ怖えよこの人。
一瞬でもデートに思えた自身の能天気さを俺は呪った。




