第6話 デートのお誘いか恐喝か
その日の夜、俺はスマホを手に困惑していた。
『今週土曜、12時に駅集合』
『服買うから付いてこい』
『来なかったら殺す』
連続して三件入っていたラインの通知。
差出人はあの綺季で、初め内容を見るまではウキウキしたものだ。
しかし蓋を開けてみたらこれ。
「これはデートのお誘い? ……ではないですね。どう見ても」
今日学校で話して別れた後にチラッと盗み聞いた言葉もあり、わりかし俺からの誘いに乗り気だと思っていたのだが。
どうやらそういうわけではないらしい。
どこからどうみてもこの文章はパシリの召喚勅令である。
良いとこ荷物持ちか、最悪財布係。
少なくとも二人で楽しいショッピングデート♡を期待させる文面ではないな。
「にしても、マジで言いなり刑を行使してきてるな」
例の件があるから俺に拒否権はない。
そもそも一応二人で出かける機会自体は俺も望んでいたわけだし、断る理由もない。
しかし、これは行って大丈夫なのだろうか。
調子に乗っている俺に鉄槌を下すのが目的だったらどうしよう。
いつまでも幼馴染面してんじゃねえよクソ陰キャ!とか、言われないだろうか。
もし言われたら泣いてしまう。
一瞬夢衣に相談しようかと思ったが、思いとどまる。
なんとなく、それは男としてのプライドが許さなかった。
「良いだろう。行ってやろうじゃねえか」
こうなりゃ当たって砕けろ、だ。
美人の金髪ギャルと買い物なんて役得だと、そう考えよう。
◇
「はぁぁぁ。送っちゃった。不自然じゃないかな」
綾原綺季はその晩、ベッドに寝そべりながらスマホと睨めっこしていた。
開いているのはメッセージアプリで、トーク相手は幼馴染の真桜賭。
数年ぶりに再会した幼馴染に、つい今しがたデートの誘いをしたところである。
綺季は自分の送った文面を見つつ、口を尖らせる。
「デートには誘った。場所も時間も提示した。抜けてる情報はないはず」
今年で18歳になる綺季は、未だに男子と二人で遊びに行った事がない。
学校の男子に誘われても断るのもあるが、何よりそういう付き合いの男が全くもって好みではなかったのだ。
顔目当てで声をかけられることもしばしば。
嫌気がさして、男子自体との絡みを拒むようになった。
その点、真桜賭は問題ない。
自分の本質を見てくれているような気がして、綺季はご満悦だった。
「ふふ、可愛いとこは変わんないけど、顔は年相応にカッコよくなってたな。あーでも、なんかアタシの事避けてる感じがしてムカつくんだよなぁ。なのに夢衣とは仲良さそうなのが、どうも舐められてる気がする。説教だわ」
しかしすぐに顔を顰め、持ち前の強面を発揮する綺季。
高校に入学してきた真桜賭だが、毎度学校で顔を合わせようものなら変に敬語で距離感が遠い。
確かに自分は二個上の先輩だし、こんな見た目をしているのもあって話しかけにくいのかもしれないけど……と綺季は唸る。
この前コンビニの前で遊んだ時だって、ずっと文句ばっかりで楽しくなさそうだった。
綺季はシンプルに拗ねていた。
そしてショックを受けていた。
「ってか連絡先くらい自分で聞きに来いよ。……嬉しかったのに」
自分の連絡先を仕入れたのは、間違いなく妹から。
最近何やらちょくちょく会っているようだし、それとなく話を聞くと妹の口から真桜賭の名前が出ることも多いため、若干複雑に感じていた。
昔も自分より夢衣との方が楽しそうに遊んでいた記憶があるため、綺季としてはそんな幼馴染に引け目を感じている。
学校でのキャラもあるし、自分だって久々に話したいとは、正直口が裂けても言えない現状。
うじうじと悩む姿は、久々に再会した幼馴染との距離感に悩むただの乙女だった。
学校で恐れられている金髪ギャルとは思えない態度だが、これがこの女の本質である。
綺季はそのまま、自分の真桜賭への態度を思い返す。
「とは言え、言い過ぎたかなぁ……。ラインでも、ついいつもみたいに『殺す』って打っちゃったけど、泣いてたらどうしよう。で、でもまぁ、あんまり優しくし過ぎたら舐められるからね。ってかアタシがアイツに気があると思われるのも嫌だし? あくまでパシリとして……とりあえずそういう体裁で距離を縮めておこう。丁度絡みやすい設定がもらえてラッキーだったわ」
新藤の事は嫌いだった。
平気で人をいじめるような男だし、一緒に居ても楽しくない。
だけど付きまとってくる上に妙にべたべたしてくるせいで、一周回って他の男子からの告白等をセーブしてくれる魔除けになっているのも事実。
というわけで適度な距離感を保っていたのだが、まさかそこに真桜賭も絡んでくるとは。
一転して真面目な顔つきになる綺季は、目を細めた。
「アタシがパシリ扱いしてたら余計なちょっかいはいかないと思うけど、今後何かあったら昔みたいに守ってあげないと」
真桜賭は二個下の弟分。
これは舎弟という意味ではなく、綺季の場合本心からの想いだった。
背格好も小さく、昔から年上に標的にされがちだった真桜賭を、綺季はずっと気にかけて過ごしていたのだ。
幼少期もそれで何度か上級生にいじめられかけているのを守ってあげたし、高校生活でも何かあれば助けてあげたいと思う。
とは言えとりあえずは週末のデートだ。
向こうが誘ってきたんだし、あくまでアタシは乗ってあげただけだから。
そんな言い訳がましいことを考えながら、クローゼットを開けてニヤニヤ邪悪な笑みを漏らす。
フリフリした可愛らしい服を物色しつつ、当日のコーデを考えた。
「まぁ真桜賭も初デートだろうし、女の子と普段二人きりで遊ぶ機会なんてないだろうからね。アタシがリードしてあげないと……!」
何度も言うが、この時の綺季はまだ知らない。
自分が妹に何歩も先を越されていることを。
そしてピュアだった幼馴染が、既にその妹によって染められていることを。
なんにせよ、綾原綺季はその”デート”を本気で楽しみにしていた。
寝る前、既読だけ付いたメッセージにイラっとしながら、綺季は追伸する。
『やっぱ殺しはしない』
『すっぽかしたら一生恨むから』
送った後、彼女は満足げに眠りについた。
◇
「ひぇっ!? なんか悪化してんだけど!」
怨嗟の追いラインに真桜賭が絶望している事なんて、つゆ知らず。