第5話 身の程知らずな陰キャはガン詰めされる
ゴールデンウィークが終わった直後という時期は、全体的に高校生活に馴染んできた一年生がふざけ始めるタイミングである。
何を隠そうこの俺も、その遊び心から先日の事故を招いたわけだし。
そんな季節柄、同じく浮かれている同級生二人が口々に言ってくる。
「おい黒薙、お前綾原先輩と話してたらしいじゃないか」
「そうだぞ黒薙氏。身の程を知れ」
体育終わりの更衣室にて、俺は二人の陰キャに絡まれていた。
次の組が入ってくると面倒だからさっさと出たいのに、引き止められて鬱陶しい。
ちょっと太っている大柄の男が原西、細くて眼鏡をかけている方が今野。
そして絡まれている俺は低身長という、よくいるオタク三人衆の構図だ。
「パシリだぞ。何が羨ましいんだ」
「パシリでもあんな可愛い先輩と話せることが羨ましい」
「右に激しく同意。ワイもあんな幼馴染ほしかった……。いいよな、幼少期一緒に過ごしたってだけであんな美少女と特別な関係になれるなんて。この裏切者!」
「だからパシリだって」
言いつつ、ここ最近続いている放課後の秘密の関係を思い出す。
……まぁ確かに、ただのパシリではないわな。
やろうと思えば俺側が命令を出すことも可能なわけで。
勿論エロい事も多分できる。
うん。
とは言え、こいつらにとやかく言われるいわれはない。
こっちは新藤先輩の件で気を揉んでるというのに!
なんて思っていると、懸念通り次の時間に体育を控えた組が新たに入ってきた。
ワイワイと騒ぎながらやってくる男子集団に焦る俺達。
そしてその集団の明らかな先輩臭に顔を青くした。
急いで出ようと慌てふためいていると、先輩たちの最後尾から既に制服を半分脱いだガタイの良すぎる男がやってくる。
つい先日お世話になった、あの新藤ジャレン先輩だ。
俺はその顔を見て絶望した。
さらに、その表情の変化を先輩に悟られてしまった。
「……またお前、オレの事睨んだろ?」
「い、いや。そんなことないです!」
この前はゲームに誘ってくれてありがとうございました!と社交辞令まで言おうとした。
がしかし、俺は既に先輩に詰め寄られて中腰になっていた。
やんわり押してもびくともしない。
筋肉質な先輩の体はもはや壁ぐらいの圧があった。
「なんでいるんだよ」
「き、着替えが遅れてしまって」
「ちっ! 相変わらずとろいなお前。マジで吐き気するわ」
「……ごめんなさい」
クソ、俺は早く出ようとしたのに。
巻き込まれた身なのに、なんでこんな事言われないといけないんだ。
でも命が惜しいので平謝りするしかない。
「身の程知れよ。アイツらと幼馴染ってだけで調子乗りやがって」
「すみませんすみません」
つい今さっき二人に言われたのと同じ事を言われて、顔が引き攣る。
どんな言いがかりだと思わなくもないが、ビビりまくってそれどころじゃない。
流石に二個上の強面陽キャ先輩は怖えよ。
「忘れんなよ。お前、ただのパシリだからな」
「はい。心得てます」
「ちっ……さっさと失せろ」
ようやく解放され、蜘蛛の子を散らすように逃れる俺達陰キャ三人衆。
俺は学ランのボタンも留めないまま、大声で二人に言う。
「おい! 本当に羨ましいか!?」
「全然! マジで羨ましくない!」
「黒薙氏はいじめられていたんだな!」
「うーん……まぁそうだ!」
若干不服な解釈をされたまま、俺は頷く。
今日は本当に怖かった。
周りには知らない三年生が山ほど居たし、この前と違って守ってくれる可能性のある幼馴染二人すらいない状況。
正直、あのままボコられるのかと思って泣きそうだった。
どうして俺ばかりこんな目に遭うんだ。
先輩って言ったって二年早く生まれただけなのに、それがそんなに偉いのかよ。
絡まれたせいで次の授業が迫っているが、一旦俺は二人に別れを告げてトイレを目指す。
恐怖の後だから尿意が爆発して死にそうだ。
……こんな高校生活が続くなら、俺おむつ履こうかな。
早くもシモの心配をする哀しき15歳である。
◇
トイレから出て階段を昇っていると、今度は三年女子の集団と遭遇した。
その先頭、既に体操服に着替えていた金髪ギャルと目が合う。
そいつは俺を見つけると、隣の友達に言った。
「ちょっと先行っててくれない?」
「おー、トイレ? なら私もー」
「いや違う。ただの所用」
言う綺季の目は笑っていなかった。
切れ長の猫目で俺をロックし、『逃げるな』と言わんばかりに圧をかけてくる。
女子の集団が行く中、二人きりになったところで俺は愛想笑いを浮かべながら口を開いた。
「いやー、いい天気ですねー」
「は? 何言ってんのあんた。今日雨だけど」
「ははは、俺は雨が好きなんですよー」
「嘘つくなよ。小二の頃、雨降っただけで公園に行けないってびゃーびゃー泣いてた癖に」
「……覚えてたか」
テキトーな世間話で逃げようとしたが叶わなかった。
昔の事を持ち出され、俺は頬を掻く。
「普通に話すのは久しぶりだな。きーちゃ――じゃなくて綺季」
「なんで言い直した?」
「いやだって、学校でそんな舐めた呼び方したら殺されそうだし」
「舐めた天気の話で人の気を逸らそうとしてた奴がよく言うわ。あと呼び捨ての方がヤバいでしょ」
「……」
今日も今日とて機嫌が悪いらしい綺季に、俺は震えた。
新藤先輩から逃れたと思ったら、今度はさらに関わりたくない先輩と遭遇。
俺のエンカウント率、おかしいんですけど。
野生なのに出てくる敵が雑魚じゃなくて、何故かボスラッシュなんですけど。
失礼なことを考えていると、目の前の金髪ギャルがどんどん鬼の形相になる。
冷や汗を流す俺に、彼女はため息を吐いた。
そして体操着のポケットからスマホを取り出し、画面を見せてくる。
「お前、アタシの連絡先追加してきたね」
「あ、うん。……ちょっと話したいことがあって」
「じゃあ今さっさと言えよ。ほら」
ガン詰めされて縮み上がる俺。
おい、夢衣!
やっぱりブチギレてんじゃねーか!
だから勝手に連絡先をよこしちゃマズいんじゃ?って言ったのに。
焦った俺は、しどろもどろになった。
そのまま、昨日の夢衣との会話を思い出し、絞り出した言葉が。
「こ、今度! 一緒に遊びたいな……なんて、ははは」
綺季は目を見開いた。
そのまま、すっと一歩引く。
「調子乗んな」
「は、はい」
「立場わかってんの? あんたはアタシの言いなりなの。余計な事言うな」
「……でも、綺季が俺と仲良くしてくれてた過去は消えないから。また遊びたいと思うのって、そんなに変かな」
この機に思っていた事を言ってみた。
ギャル化してようがなんだろうが、二人は俺の幼馴染だ。
その時の思い出までなかったことになるのは、嫌だから。
「マジで生意気なんだよお前」
しかし、はっきり切り捨てられた。
やはり今の綺季はもう俺の知っているあの優しい幼馴染じゃなくなったのだ。
その事実を痛感して、悲しくなる。
去っていく綺季の背中は、なんだか凄く大きく見えた。
「なんで俺、あんなこと言ったんだよ。馬鹿すぎるだろ」
一人になって早速反省会をする。
愚かだった。浅はかだった。ギャル先輩を舐めていた!
よりにもよって、あの鉄壁塩対応の綺季にデートの誘いみたいなことを言うなんて……!
そりゃキレられて当然だ。
ふと、身の程知らずという、今日だけで何度言われたかわからない言葉が脳裏によぎった。
本当にその通りなのかもな。
授業開始が迫るため、急いで教室に向かおうとする俺。
しかし、先ほど寄ったトイレに忘れ物をしていた事に気づいた。
面倒だが無くしても困るし、仕方なく取りに戻る。
俺は来た道を引き返して、階段を降りようとした。
と、その時だった。
階下の廊下の端から、聞き覚えのあるような声が反響して聞こえたのだ。
『あーもう! 可愛い可愛い可愛い可愛い!!! ってかデート!? あんなお誘いできるようになってたんだ! いつまでもちっちゃい子供じゃないんだなぁ!』
まさかな、と思いつつフリーズする。
階段の手すりから上体を乗り出し、下の様子を見た。
すると、チラリと金色の髪が見えたような気がする。
俺は理解のある後輩なので、とりあえず今のは聞かなかったことにしておこうと思った。
しかし、それはそれとして少し口角が上がる。
――俺の幼馴染、実はあまり変わっていないかもしれない。




