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第4話 変わり果てた幼馴染

 それにしても不思議だ。

 家で話しているとだんだん幼馴染相手だと思えて安心できるのだが、それでもまだ外でパッと顔を合わせると妙に緊張してしまう。

 たまに敬語が混じってしまうのはそのせいだ。


 一旦ゲームを終わらせ、部屋を出る俺。

 今日も親父は帰りが遅いため、一人で晩飯だ。

 

 と、リビングに行く俺に夢衣はついてきた。


「ってかなんであんまり命令してこないの?」

「別に何も求めてないからだけど」

「じゃあなんであんな条件出したの。あんたにメリットなかったじゃん」


 夢衣は不思議そうだった。

 俺はこれまで特に夢衣に命令したことはなかったし、どうやらそれが気になっているらしい。

 若干不服そうなのは意味が分からないが、俺はカップ麺用にお湯を沸かしながら答える。


「俺は人の事を陰キャとか見下してくるお前をわからせたかっただけだ。その上で、二人でいる時は前みたいに接してくれたらいいなと思ってだな」

「変わってんね。わからせるなら尚更普通セックスじゃないの?」

「ごほっ! な、何言ってんだお前!」

「いやいや、私的に真桜ちゃんの方が意味不明なんだけど。あと若干ムカつく」

「……お前ってやっぱりマゾだよな」

「殺すよ?」


 言われた時には既に蹴られていた。

 脹脛をごりゅっと後ろから抉られ、悶絶して這いつくばる。

 こいつ……。


「じゃあ今から命令してやる」

「ん? 何命令するの? 口でシろとか?」

「その口を閉じろ」

「えー、閉じたら咥えられないじゃん」

「……」


 もう俺は無視することにした。


 学校のみんなが見たら驚愕するんだろうな。

 あんなに人気かつ人の好意には塩対応な夢衣が、こんなよくわからない陰キャの後輩にべたべたしているだなんて。

 その実ただのダル絡みだが、人のブツをどうたら言ってるのはヤバいだろ。

 

 でも、もし本当に俺が命令したら、ヤってくれるのかな。


 夢衣は俺の家に来る度、毎回どこかで誘惑してくる。

 まるで俺の命令を待っているかのように、胸を当ててきたり四つん這いでお尻を強調してきたり。

 勿論それが俺を揶揄うためだというのは理解しているが、もし本気だったら。

 ヤらないの?と誘ってくるその言葉が本心ならば。

 妙に気になってソワソワしてきた。


 別に性欲がないわけではない。

 ただ貞操観念はしっかりしていて、付き合ってもない子とエロいことをしたいとは思っていないだけだ。

 いや違う。

 理性でストップをかけているだけだ。

 一度胸を触ったが、アレは不可抗力だからな。

 オレワルクナイモン。


 なんてふざけたことを考えているうちに、夢衣が言ってくる。


「そー言えばどーすんの? 新藤センパイに目つけられてるみたいだけど」

「ま、マジ?」

「ってのもここだけの話、あの人はお姉ちゃんラヴだから。マジのガチ恋的な?」


 道理で、と思った。

 先輩は綺季に片想いしていたから、彼女と幼馴染な俺に嫌悪感を持ったのだろう。

 こっちからしたらただの迷惑だが、言われて全て繋がった。

 しかもあの人、本来は自分で俺に命令するためにあんな罰ゲームを提案してそうだしな。

 自らパシリにする気満々なのを感じていた。

 ギャル姉妹が勝ってくれなかったら、今頃どうなってたんだろう。

 寒気がする。


「やっぱお姉ちゃんに言ってもらって、溜飲下げさせるしかないんじゃない?」

「それが難しいって話だろ」

「そーかな。案外言えばすぐどうにかしてくれるかも? 今度お姉ちゃんを遊びにでも誘ってみれば?」

「殺されない?」

「わかんないけど骨は拾う」

「死んでんじゃん俺。朽ちてるか燃やされてるかだよねそれ」

「じゃあ拾わない」

「そういう事じゃないんですよ」


 この問題は夢衣の姉である金髪ギャルにかかっているのだが、いかんせんソイツが一番の曲者というのが難点。

 

 実は夢衣と違って、綺季とは高校に入学してからあまり話せていないのだ。

 だから俺はあの人がどういう態度で俺を扱ってくるのか、想像できない。

 少なくとも昨日は高圧的だったし、あまり触れたくないのが正直なところなのである。

 

 もっとも、昔は仲が良かった。

 悪友だった夢衣と違って、綺季の方は文字通り姉貴分。

 幼少期はたくさんお世話してもらったし、小学校の頃もよく遊びに誘ってくれていた。

 気が利く上に優しい、まるで大和撫子のような子だった記憶である。

 だからこそわからない。

 今の目つきの悪い綺季を見た時、ギャップで理解が追い付かなかったくらいだ。


「確かに昔の綺季は俺に優しかったけどさ。お前みたいに陰キャは話しかけるなとか言ってきそうだし、言われたら泣くかも」

「私の印象悪すぎない?」

「今更かよ。学校でもパシろうとしてきた癖に」

「でもそのおかげで学校で話しても不自然じゃなくなったでしょ?」

「ええおかげさまで」


 前にパシリになれと言われたが、こうなる読みだったのか。

 確かにこういう関係性なら学校で話していても違和感はなくなるが、同時に俺の尊厳もなくなっている気がする。

 解せない。


「まぁいいや。これあげるよ」

「……勝手に良いのか?」


 夢衣が出してきたのは、綺季の連絡先だった。

 交換すらしていなかったから助かりはするのだが、緊張する。

 急に追加して逆鱗に触れるとかないよな?

 あと、自分に対して命令権を持っている女に接近するのも藪蛇な気がする。

 とは言え、どうにかしないとこのままだと本当のパシリになるかもしれない。

 新藤先輩にいじめられるのはごめんだ。

 それなら、幼馴染の怒りを買う方がマシな気が……。


 決心して、連絡先を登録する俺。

 それを見て夢衣が笑った。


「あーあ、お姉ちゃんって男に勝手に連絡先知られるの超嫌いなんだよね」

「おい!」

「学校で一番刺激しちゃいけない先輩を怒らせちゃったねー。さぁどーなる」

「誰のせいだ!」


 こんな酷い奴見たことない。

 しかも、仮に綺季がキレるなら俺相手というより夢衣に対してだろう。

 だって俺に連絡先を教えられるような人間はコイツしかいないんだから。


 お湯が沸いたのを確認し、俺はカップ麺にそれを注ぐ。

 タイマーをセットしつつ、ため息を吐いた。


 すると、不意に後ろから抱きしめられた。

 

「……何のつもりだよ」

「んーん、なんとなく。もしお姉ちゃんにキレられたら、私が慰めてあげるからね」

「え?」

「ちゅっ」

「はぁッ!?」


 後ろから首筋にキスされ、俺は慌てて振り返った。

 そこには、悪戯に笑ういつも通りの黒髪ギャルがいた。


「反応し過ぎでしょー」

「そりゃそうだろ!」


 読めない。

 俺にはコイツが何を考えているのか、まったくわからない。

 もしかして、と思って俺は恐る恐る聞いた。


「あのさ、夢衣って俺のこと……好きなの?」

「好きだよ? 可愛いし面白いから」

「ペットかよ」

「まぁそういう部類の愛玩ではある」


 ですよねー、と乾いた笑いが漏れた。

 コイツが俺に恋愛感情を抱いているわけがない。

 俺はおもちゃで、扱いやすくて、それでいてちょっとムラついた時にいじめられる童貞君でしかない。

 

 若干期待したのが馬鹿らしいと、改めて関係性を痛感したこところである。

 やはりコイツは近いうちにまたわからせないといけない。


 それと、今後の高校生活の目標が定まった。

 とりあえずは金髪ギャルの攻略だ。

 俺はひょんなことから手に入れた連絡先を見つめ、ラスボスに挑むことを決意したのであった。

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