第38話 もはや立場が逆転している件
さて、おかしな事になった。
俺は、目の前で頭から蒸気でも吹き出すのか?と心配になるくらい顔を真っ赤に興奮している金髪ギャルを凝視する。
鼻息も荒いし、心なしか目の焦点も合ってなくて様子がおかしい。
うーん。
どうやら本気らしいな。
「彼氏ってのは、付き合うって事?」
「それ以外に何があんの」
「さぁ」
言いつつ、俺は目を逸らす綺季を再度凝視する。
正直、ずっと思うところはあった。
例えばあの買い物の件だ。
俺が言い出したとは言え、向こうからデートに誘ってきたり。
そこでわざわざ俺の服を選んでくれたり。
他にも、俺のために新藤先輩に立ち向かってくれたり、あの日のデートでは「もしかして俺の事が好きでデレてる?」と思わなくもないようなことがいくつかあった。
それ以上に「コイツ、俺の事をマジで奴隷としか思ってないんじゃ?」と思うようなことも多かったから、確信には至らなかったのだが。
なんなら、帰り際にしばらく話しかけるなと突き放されてもいたし。
しかし、それを差し引いてもこのお泊まりだったり、一昨日の晩に俺の命令を聞いて寄り添ってくれたりしたのもあった。
余程の好意がなければ、頭なんて撫でてくれないだろう。
それも、膝枕付きで。
だがだがだがだがだがしかし!!
俺は肝心なことを、彼女の口から聞いたことは一度もない。
「俺の事、好きなの?」
「ッ!?」
聞くと、目の前の女は大きく動揺した。
それまでの比じゃないくらいに慌てだし、言葉にもならない声を口から漏らす。
「あ、え、いや、うぇっ」
「俺、そういうのを綺季の口から聞いたことないから、わからないんだよ」
「……う、うん?」
「いくら命令でも、付き合えって言うならそれなりに気持ちは伝えてくれないと」
言いながら、なんで俺は奴隷の分際でこんなに上から目線なんだろうと思った。
ただ、金髪ギャルは違ったらしい。
俺の言葉にはっと気が付いたのか、姿勢を正して目を見てくる。
目が合うと、彼女はすぐにまた視線を逸らした。
なんだか、こうして見ていると俺以上のコミュ障に見えるな。
やはり以前立てた、綺季がコミュ障に育ったという俺の予想は正しかったらしい。
「その……好き、だよ」
「聞こえないけど」
「す、好きです!」
「どこが?」
「ぜ、全部! ……優しい所とか、カッコいい所とか、可愛い所とか――って何言わせてんだお前!」
「ひぃ! 言わせてないです!」
調子に乗り過ぎた。
我に返った綺季が真っ赤な顔で睨みつけてきて、俺は咄嗟に仰け反る。
「て、っていうか命令なんだからごちゃごちゃ言わずに受け入れろよ!」
照れ隠しのようにキレてくる金髪ギャルに、俺は待ったと手で制して言った。
「いや別に断るとは言ってないよ」
「え、あ。そ、そうなんだ」
「でも、その前に相手の気持ちが知りたくなるのは普通の心理だろ」
実際、『何でも言いなり刑』なんか罰ゲームだ。
いつまでも続けるわけにはいかない。
相手が幼馴染二人なこともあって、若干なぁなぁになっているせいもあって特に強制力があるわけでもないし、正直既に俺の気まぐれでこの関係が続いているだけだ。
まぁそもそも、こんな奴隷契約なくても力関係的に俺は二人の言いなりなんだが、それはさて置き。
こんな関係、本気で続けるものではない。
こと交際だなんて青春の一大イベントにおいては、なおさらである。
ここはお遊び抜きで、本気で話さなければ。
その意図が伝わったのか、綺季は気まずそうに髪を弄る。
「二回」
「え」
「二回も。あの学校で一番厄介な先輩相手に、誰かを守るために立ち向かえる真桜賭にいいなって思ったの。変?」
「……俺はそんな強くないよ」
「知ってる。いつもはひ弱で、おどおどしてて、学校で見つけても毎回変な思い出し笑いしててキモいし」
「言い過ぎでは?」
「昔からいじめられっ子で、普段は頼りない陰キャ」
「よしわかった。俺の事嫌いなんだろ? もうやめてください」
褒められたかと思えば、一気に始まる評価下げ。
しかも全部事実だから苦しい。
この場で精神を抉ってくるとは、やはり悪意があるとしか思えない。
なんて思っていると、綺季は「だけど」と付け加えた。
「だから凄いんじゃない? そんな弱い奴が、先輩に歯向かうって並大抵の勇気じゃできないと思うけど」
「……綺季も一緒だろ。昔から、ずっと守ってくれたじゃないか。だから俺が綺季のために体張るのも、おかしくない」
「……」
綺季とデートしたあの日、フードコートで先輩に抵抗できたのはいつまでも綺季に守られてばかりいるのは嫌だったからだ。
俺が守らないといけないと、あの状況に瀕してようやく思った。
彼女がしてくれたことが、俺を変えたんだ。
だからそれを手放しに褒められると、どうにも痒い。
だが、気持ちは分かった。
どうやら理由もしっかりしているらしい。
「ふーん、俺と付き合って欲しいんだ」
それは、陰キャの悪い癖だった。
ふと思ったことを、特に考えずに口から漏らしてしまう。
そして、それは当然綺季の耳にも入るわけで。
「ッ!?」
「あ」
自分が口走ったことを理解し、冷や汗を流す。
どうしよう。
また調子に乗ったことを俺は……。
怒らせたと思って、身構える俺。
しかし、綺季は怒りに任せて怒鳴りつけてきたりしなかった。
その代わり、か細い声で言った。
「そうだけど? 文句ある?」
「……っ!」
俺は、醜い男だ。
卑しい人間なのだ。
こうもしおらしくされると、反省したばかりなのに嗜虐心が芽生えてしまう。
「文句はないけど、お願いする側がその態度ってのはどうなの?」
「え?」
「だって変だろ。付き合って欲しいって言い出したのは綺季の方なのに、その綺季が俺に命令してくるって、立場がおかしくない?」
「で、でも『何でも言いなり刑』が」
「きーちゃん、この期に及んでそんな罰ゲームに逃げるの?」
「うぅ」
言っている事は正論。
しかし、タイミングと詰め方が相手の弱みにつけ込むソレ。
あぁ俺、サイテーだ。
でも、物凄く愉しい。
真っ赤な顔で目をまん丸に見開きながら、ついでに手なんかもグーパーしている目の前の幼馴染が、可愛くて仕方ない。
「つ、付き合って、ください」
「俺の彼女になるの?」
「……な、なる」
「わかった」
自分でも何を言っているのか、よくわからなくなっていた。
だがしかし、一つだけ明確な事実もある。
それは、目の前の金髪ギャルが俺の彼女になったという事。
今この時、俺たちの関係性が進んだという事。
と、彼女は異変に気付いたように目をぱちくりさせる。
「なんかおかしくない?」
「気づいたか」
「なんでお前が主導権持ってるんだよ!」
いつの間にか立場が逆転していた俺達。
気づけばもはや、俺側が彼女になれと命令したようなものである。
そこに腹が立ったのか、綺季がまた怒ってきた。
胸を殴られ、息が止まる。
だからそのまま腕を掴んで、引き寄せた。
「えっ」
ぎゅっと抱きしめながら、俺は深呼吸する。
すると彼女も、落ち着いた。
「……アタシが、ずっと守ってあげるから。もう無茶はしないでよ」
「いや、俺にとっては綺季の暴力に耐えるのもなかなかに無茶なんだけど」
「絞め殺すよ」
「いだだだだだっ! 腕折れる!」
抱きしめる腕に力を込められ、全身の骨が悲鳴を上げる。
あ、関節から変な音がした。
どこかしらの骨にひびでも入ったかもしれない。
と、そこで俺はふと思う。
あれ、これって卒業なのでは?
彼氏という事は、対等って意味だろ?
そこに言いなりとか、命令とか、そういう主従関係はなくなるのでは?
そう思って聞いてみる。
「あのさ、俺達ってもう付き合ってるんだよな?」
「はぁ……一々聞いてくるのキモいんだけど」
「そこまで言うなら彼氏になれだなんて、言わなきゃよかったのに」
「……やだ」
意地悪な返しとは思ったが、意地悪な言葉にはそれ相応に対応させてもらう。
と、彼女はしがみつく様に体重をかけてきた。
俺の薄い上体に、彼女の柔らかい大きなモノが潰れる感触がある。
やはり、もう関係はイーブンだ。
いや、どちらかと言うと俺の方が強いかもしれない。
彼女が付き合ってと言い出した時点で、この関係性逆転はしかたないのかもしれない。
ここ最近、俺は綺季に二回命令している。
一度目は学校で、そして二度目は一昨日の夜。
今後の関係は、正しておかないといけない。
「彼氏って事は……『何でも言いなり刑』は解除という事で――」
「何言ってんの。それは継続に決まってるでしょ」
「はい」
否。
俺に逃げ場はなかった。
どうやら付き合ったからと言って、この決まりごとはなくならないらしい。
今しばらく、この歪な関係は続きそうです――。
「で、でも。どうしてもって言うなら、たまには聞いてあげるけど」
「それは、俺の命令もって事?」
「う、うん」
「例えば?」
「……ヤらせろ、とか?」
「……」
やはり、この姉妹は二人揃ってドМなのかもしれない。
そんな事を考えつつ、二人で向かい合う。
今日の夜は、長くなりそうだ。
‐完‐
◇
【あとがき】
ここまでお読みいただき、感謝申し上げます。
この話をもって今作は完結です。
ありがとうございました!
今後は1〜2ヶ月ほど活動をお休みした後、冬頃から再び新作の公開と共に投稿活動を再開します。
よろしければ更新通知やXの方から情報を確認していただけると幸いです。
それでは今後とも、よろしくお願い致します。




