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第37話 俺は卑しい言いなり奴隷ですので

 今日も今日とて親父の帰りは遅い。

 というか、どうも仕事が佳境なようで、泊まり込みの可能性すらある。

 元々男の二人暮らしという事もあり、親父は基本仕事優先だ。

 仲が悪いわけではないが、特段家で話すわけでもない。

 最近は特にそんな感じである。


 というわけで、今日も気まずい二人きり。

 ぼーっとした顔でスマホを見ている綺季を横目に、俺はそわそわしていた。


 なんと言っても、今日は綺季の誕生日。

 誕生日プレゼントも用意してあるし、祝うつもりで早く帰ってきた。

 だがしかし、この雰囲気で切り出せるほど俺のハートは強くない。

 普段通りな綺季は、やはり近寄りがたい。

 サプライズでプレゼントを見せても、どんな反応をされるかわからない。

 少なくとも、喜んでもらえるような態度には見えなかった。

 というか、機嫌悪そう……。


「あ、あの」

「何?」

「いやその、今日の夕飯は何か頼もうと思うんだけど」

「あっそ」

「何か食べたいものある?」

「別に」

「……」


 いややっぱり絶対機嫌悪いんですけど。


 さりげなく話しかけるも、素っ気ない通り越して刺々しい。

 ブルりと震え上がる俺に、彼女はようやく視線をよこした。


「その顔」

「へ?」

「ほっぺたどうしたの」


 言われて思い出した。

 そう言えば俺、綺季に何の説明もしてない。

 放課後に何があったのかも、どんな問題が裏で起こっていたのかも。

 同じ家に居たのに、何も伝えていなかったことを思い出した。


「いや、実は……新藤先輩と揉めて」

「それは知ってる。夢衣に聞いた。友達がいじめられて、それを助けようとしたんでしょ? で、アタシが聞いてるのはなんで顔殴られてるのかって事」

「な、殴られたかどうかはわからんでしょうに。転んだだけかもしれないじゃん」

「いやどう見ても殴られてるし」


 誤魔化しはできないか。

 お見通しなようだ。


「ちょっと、言い争ってる時にムカついて挑発しちゃって」

「なんで?」

「……許せなかったから」

「友達がやられたのが?」

「……違う」


 ゆっくりと、一つ一つ問われている。

 そして、一枚ずつ丁寧に俺の心に纏う衣が剥がされていく。

 

「……綺季に嫌な思いさせた先輩が許せなくて」


 言うと、彼女は立ち上がった。

 

「お風呂」

「え?」

「入ってくるから。じゃ」


 大した反応もなく、立ち去っていく綺季。

 俺はそんな後姿を見ながら、首を傾げた。

 マジで意味が分からない。

 何を考えているんだろう。

 そして、俺は何をどう反応するのが正解なのだろうか。


 シャワーの音が聞こえだしたタイミングで、俺はとりあえず自室に戻った。





「あの、これ」

「……え?」


 風呂あがり後。

 綺季が諸々スキンケアだのドライヤーだのを済ませた一時間後くらい。

 俺は恐る恐る大きなゲーセンの袋を差し出した。

 渡す前、ラッピングくらいはすべきかとも思ったが、思いつかなかったものは仕方ない。

 俺の足りない頭で捻り出した、例の誕生日プレゼントである。


 彼女は袋を受け取ると、中を見て首を傾げた。


「え、これって」

「そのキャラ好きだって聞いたから」

「くれるって事?」

「そりゃまぁ、はい。誕生日ですし」


 言うと、綺季は袋を落として目を見開いた。

 立ち上がって、ぎょっとした顔で俺を見てくる。


「は、はぁ!? お前アタシの誕生日って気づいてたん!?」

「え? 勿論」


 まさかの反応に困惑しながら頷くと、綺季は一瞬息をついた後に笑おうとして――そのまま鬼の形相に変化した。

 詰め寄ってきたかと思えば胸ぐらを掴まれる。

 首が締まって「うっ」と呻く中、綺季が至近距離で喚いた。


「な、なんで一言も言わなかったの!? そういうのは朝言えよ!」

「あ」


 そうか。

 俺、今日一度も綺季におめでとうって言ってなかったんだっけ。

 今朝は計画の事もあって、夢衣と早めに登校したからな。

 綺季とは大して会話もしなかった。

 そりゃそんな様子を見れば、俺が誕生日を認知しているだなんて夢にも思わないわけだ。

 となるとまずは。


「誕生日おめでとう」

「遅いわ!」


 祝うと、そのままどつかれた。

 心なしか、過去最大級に威力が強い。

 尻もちをついた後、勢いが止まらずに俺は一回転した。

 壁に後頭部を打って星が飛ぶ。


 う、わぁ。

 今何話してたんだっけ。

 目が回って焦点も合わないや。


 冗談はさて置き、後頭部をさすりながら俺はジト目を向ける。


「酷いな。人が祝ったのに暴力とか」

「朝からほぼ会話もなく素通りされたアタシの身にもなってみろ! その癖学校で意味不明な喧嘩して、それで顔に怪我して帰ってきて心配させるし!」

「心配してくれたのか」

「当たり前だろ馬鹿!」

「……なんか、ごめん」


 つい今しがた暴力を振るわれた身としては複雑な感情だが、それでも心配させたのを申し訳なく思った。

 それと、反省もした。

 他に用事があったとはいえ、誕生日に朝から祝われもせずに素っ気なくされたら綺季も傷つくだろう。

 登校だって別々にした。

 心細かったかもしれない。

 周りの友達とも疎遠になりかけている今、妹や幼馴染の俺からもそんな態度を向けられたらショックを受けるはずだ。


 だがしかし、それと同時に俺は悪い事も考えてしまった。

 朝から俺のおめでとうを待っていたという綺季に、いじらしいと感じてしまうのは流石に調子に乗り過ぎだろうか。

 

 後半の思考が顔に出ていたのか、綺季が睨んでくる。


「なんでニヤニヤしてんの。キモ」

「いや、申し訳ないとは思ってるけど、それにしても綺季が誕生日のおめでとうを待っていたと思うと可愛くて」

「ッ!? 死ね! いや殺す! 調子乗んな!」

「ははは」

「笑うな!」


 暴言を吐かれつつ、頬のゆるみが止まらない。

 なんだか今の俺、超幸せだ。

 学校で問題を片付けて、ようやく数日ぶりに綺季の素の表情を見れて。

 そしてお馴染みの暴言を浴びせられることに、幸福感を覚えている。

 あながち、綺季の言う通り俺もドМだったのかもしれない。


「ってかじゃあこれ、誕プレ?」

「そうだよ」

「なんで誕生日プレゼントがゲーセンのぬいぐるみなん?」

「いやそれは夢衣と一緒にプレゼントを探してた日にゲーセンに寄って、前に可愛いものが好きって聞いてたから」

「む、夢衣? ……あぁ、ファミレスに押しかけてきた日か」


 若干顔色が険しくなった綺季に、俺はフォローをしておく。


「色々思う事はあると思うけど、アイツも綺季の事好きだからさ。許してやってくれよ」

「別にそこはどうでもいいんだけど。ってかお前らの距離が近すぎるから勘違いさせるんでしょうが」

「……ごめん」

「まぁでも、ありがと。大事にする」


 綺季の難しい顔を見ながら、一旦胸を撫で下ろした。

 もっとも、小声で「どこに置こう?」とか困っているのを見ると、誕生日プレゼントとしては微妙なチョイスだったのかもしれない。

 ぬいぐるみで喜ぶギャルなんかいないって事だ。

 いや、シンプルにサイズの問題かもしれないが。


 と、そこで一応俺からのプレゼント渡しも終わった。

 あとは飯を食って寝るだけである。


 田舎だからデリバリーサービスも普及は微妙だが、何を頼もうかと考える俺。

 しかし、そこに影が覆ってきた。


「……あの」


 壁際でスマホを見ていると、綺季が両手を壁について俺に覆いかぶさっていた。

 どうしよう。


「真桜賭、アタシの事好き?」


 唐突に聞かれ、俺は逆に冷静にいられた。

 というより、先ほどの尋問である程度覚悟していた質問だったからかもしれない。

 俺は見上げると、真っすぐに綺季の目を見つめた。


「好きだよ」

「……あっ、そ」


 一言、そうこぼすと彼女は手を放して一歩離れる。

 そしてそのまま、俺に冷たい視線を向けてきた。


「じゃあアタシから一つ、命令していい?」

「嫌ですけど」


 答えると同時に、俺の頭部からパシンっといい音が鳴った。

 顔を真っ赤にさせて信じられないと言わんばかりの様子な金髪ギャルは、振り払った右手を戻し、正座する。

 失敬、条件反射で断ってしまった。

 そういう雰囲気じゃないよな。


 俺も姿勢を正すと、彼女はじっと俺の目を射抜いて口を開く。


「命令するよ」

「はい」


 俺は言いなり奴隷だ。

 命令と言われれば断る権限なんかないのである。

 大人しく頷くと、彼女は言った。


「お前、アタシの彼氏になれよ」

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― 新着の感想 ―
まさかきーちゃんから怒涛の攻めが来るとは思わなかったな。 このまま押しきられてしまっても一向に構わん!
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