第36話 妹との別れと姉への想い
非常扉を開けると、そこには若干のギャラリーが出来ていた。
見るというよりは、かすかに聞こえるやり取りを盗み聞いて楽しんでいたらしい。
野次馬と言う奴だ。
まさか人が集まっているとは知らずにきょろきょろしていると、その中から見知った奴が出てきた。
黒髪ショートのギャルい先輩だ。
「おつかれ」
「居たのか」
「そりゃ上司たるもの、現場実動の下っ端を見守ってやらないとね」
「誰が下っ端だ」
相変わらずな物言いにジト目を向けると、夢衣は肩を竦めた。
しかしまぁ、言わんとすることもわかる。
夢衣も作戦会議に携わっていたが、実際に先輩に身を曝して立ち向かったのは俺だ。
捨て身も良い所だし、実際殴られた。
周りの生徒が去っていくところを見ていると、夢衣が続ける。
「さっきの人達はうちの学年の知り合い。みんな新藤センパイの事恨んでるって連中だよ」
「どうやって集めたんだ」
「別に、ただ新藤センパイ関連で面白いことあるよーって言っただけ。多くの人がセンパイには何かしらやられてるし、あんたに感謝してたよ」
「そっか」
「三年生とか一年生も合わせて本気で被害者集めたら、体育館埋まるんじゃない?」
「……」
あり得るのがあの先輩の恐ろしい所だ。
新藤先輩、視界に入る奴全てに喧嘩売って回ってたからな。
色んな創作物も含めると様々な校内権力者を見てきたが、実際一番怖いのはシンプルに腕っぷしが強い奴だからな。
喧嘩が強い奴が一番怖い。
暴力という形で身に刻まれる恐怖に勝てるものはないのだ。
そりゃ誰も抵抗しないのも納得である。
と、気づけば俺と夢衣しかいなくなっていた。
今野まで去っていて驚く。
あいつ、助けてやったのにマジで薄情だよな。
大方、俺と夢衣が親しくしていて声をかけるのもビビったのだろう。
忘れちゃいけないが、この夢衣自体も新藤先輩くらい畏怖されている先輩の一人だからな。
たかだか陰キャの俺達なんて、本来関わり合いのない存在。
ちょっと話したくらいで馴れ馴れしくするのも難しいだろう。
幼馴染の俺とは事情が違う。
「真桜ちゃん、痛い?」
「え? あぁこれ?」
殴られた横っ面を見せると、夢衣が顔を顰めた。
「聞いてたけどなんであんな挑発したの」
「いやなんか、その……ちょっと色々あって」
「ふーん」
別に新藤先輩が俺に対して高圧的なのも、絡んでくるのも我慢できる。
だがしかし、俺以外の奴があいつのせいで苦しんだり悩んだりするのを見るのは嫌だったのだ。
何より、それが綺季だというのが嫌だった。
「綺季、元気になるかな」
ボソッと呟くと、夢衣に頭を触られた。
意外な反応に目を見開く。
「え? 何?」
「いやただ、んーと、なんとなく」
「柄にもないことするなよ」
「うるさいな。誰に口効いてんのあんた」
「いたたたたっ! 誰が殴られた側の頬っぺたつねってんだ!」
「ごめんつい」
一瞬優しかったから油断した。
やはり夢衣は夢衣だった。
睨むと、彼女は決まり悪そうに目を逸らし、そして苦笑する。
「一応お姉ちゃんにもここである事を伝えたんだけどね。でも普通に無視されたわ。新藤センパイの断末魔には興味ないって」
「あいつ、かなりドライだからな」
よく言うと綺麗さっぱりしている感じだ。
変な悪趣味はなく、どれだけ嫌がらせをされていようとも、わざわざ死体撃ちはせずに関係ないと切り捨てるタイプ。
そういうからっとした性格が長所だろう。
「お前らも早く仲直りしろよ」
「うるさい。誰のせいだか」
「お前のせいだろ。このドМ女」
「だから誰に口効いてんのって聞いてるんだけど?」
「すみません」
いい加減本気でイライラしてそうなので謝った。
結局俺は弱者だ。
幼馴染の女にすら強気に出られない。
どこまで行っても弱者で、言いなり奴隷なのである。
と、夢衣が俺の頬に手を添えてきた。
「早く行きなよ。今日は誕生日なんだから」
「……」
「好きなんでしょ? お姉ちゃんの事」
「……うん」
さっき確信した。
俺は綺季の事が好きだ。
強くて、優しくて、不器用な金髪ギャルの事が好きなのだ。
頷くと、夢衣は困ったような顔で笑う。
「ほら、行きな」
「夢衣は来ないのか? どうせあいつ、今日もうちにいるけど」
「あはは、私を避けるために家出してんのに押しかけるのは、もはや嫌がらせでしょ」
「そんなことないだろ。夢衣にも祝ってもらったほうが嬉しいって」
「……そっか。まぁでも、今日はあんたにあげるよ」
なんだかんだ、夢衣と綺季の仲が拗れたのは俺の責任もある。
いつも夢衣のせいにしているし、実際ほぼほぼこいつの節操無しな距離感のせいではあるのだが、それでもきっかけは俺にある。
俺が夢衣と変な決め事を作ったから、いかがわしい関係に発展してしまった。
「あのさ、忘れて良いよ」
「何が?」
「俺がお前の事言いなりにするって話。もう満足したし、これからも仲良くしてくれるだろ? だからもう変な罰ゲームはやめよう」
俺の言葉に、夢衣はきょとんとした顔を見せる。
そしてすぐにニヤッと笑った。
「ありがと。でも私はあんたの事、まだしばらく言いなりにさせるよ」
「おい。そういう流れじゃ――」
「知らないし。ってかもうただの言いなりなんだから、私に口答えしないで」
「酷過ぎるだろ」
「ぶっ、あはは」
くそ、人が気を遣ってやったというのに。
しかし、夢衣は俺をおもちゃにできて楽しそうだ。
「じゃあね」
「あ、うん。また」
あまり長居しても、綺季を玄関前に待たせるだけだ。
そう思って俺も足早に階段を降りる。
「――まだしばらく、お姉ちゃんとは仲直りできないかな。あんたのせいだけど」
帰る途中、薄っすらと夢衣の声が聞こえた気がした。
しかしその時の俺の意識には、全く入り込む余地はなかった。
そのまま前だけ向いて、俺は走る。




