第34話 強面先輩を許せない理由
翌日の放課後、俺は屋上への非常ドアの前でひっそり佇んでいた。
数センチほど開けたドアの隙間から、中の状況を窺う。
「あ、あの……」
「おせーよ。何分待たせる気だ」
「す、すすすしゅみません! で、でも終礼が終わったのがさっきだったので」
「うるせえ! 言い訳すんなゴミ」
おどおどとした様子で震えるひょろがり眼鏡。
そしてそんな陰キャにブチギレる強面でガタイの良い先輩。
言うまでもなく、今野と新藤先輩である。
昨日の話通り、放課後の屋上では怪しげな密会が行われていた。
目的は今野が今手に持っている財布だ。
その中の金を、新藤先輩に引き渡すために二人は対面している。
それにしても、少し安心した。
もし新藤先輩が仲間を引き連れていたら、少々面倒なことになっていた。
一人で受取現場に来てくれて助かった。
これで俺の計画通りに事が進む。
「早く渡せ」
「は、はい……」
財布から丁寧に三枚万札を抜き取った今野は、それを先輩に渡す。
と、彼はそれを奪い取って今野を突き飛ばした。
体勢を崩して転がる今野に、新藤先輩はゲラゲラ笑う。
「ははは! マジお前ちょろいじゃん! 聞き分け良い奴は嫌いじゃねーよ」
「あ、ありがとうございます。……僕はこれで」
「待てよ」
早々に逃げ出そうとする今野を新藤先輩は捕まえた。
そのまま絞める形で今野をロックする。
「来週、また三万な」
「え!? そんな!」
「なんだよ、文句あんのか?」
「ゔぅ……ぐ、ぐるじぃ」
「あんのかって聞いてんだよ!」
「な、ないで……ず」
思いっきり首を絞められた今野は頷く他なかった。
再度突き飛ばされた今野は、泣いていた。
かなり本気で絞められかけていたし、怖かっただろう。
だがこれで終わりだ。
もう楽になる。
「さっさと消えろ」
言われてとぼとぼ歩いてくる今野。
しかし、彼の瞳には光があった。
何故なら、目の前には俺がいるから。
俺は勢い良く扉を蹴って開いた。
当然大きな音が鳴り、驚いたように新藤先輩が目を見開く。
その後、俺の姿を視認して目を細めた。
「……なんだお前」
「後輩から金を巻きあげて随分楽しそうですね。やめましょうよ、こんな事」
言いながら歩み寄った。
大丈夫だ、落ち着け。
彼が俺に攻撃してくることはない。
俺は用意周到だから、策もなく身をさらしたりはしない。
それに、コイツは綺季の件で俺に借りがある。
余程挑発したらしない限りは、無謀に暴れたりしないはずだ。
新藤先輩は今野を睨みつけた。
「お前、コイツを呼んだのか?」
「いや、普段直帰でオタ活に勤しむ友達が怪しい動きをしていたから、俺が勝手に後をつけただけです」
「オレはこのキモ眼鏡に聞いてるんだから割ってくるな」
「随分上から目線ですね。いいんですか? そんな態度で」
あくまで堂々と、だ。
俺は今回圧倒的に強い立場にある。
こういう時の立ち回りは幼馴染の黒髪ギャルを思い出そう。
アイツは自分が相手の弱みを握っている時、どんなに後ろめたい事があっても高圧的にいやらしく脅してくる。
だから相手は引かざるを得なくなったり、会話の主導権を失うのだ。
暗に「調子に乗ってると綺季に迫ってた件をバラしますよ?」という方向性の圧かけで、俺は優位に立つ。
先輩はうっとたじろぎ、苛立ったように睨みつけてきた。
……でもどうしよう。
あまりの迫力に尿意が上がってきてしまった。
あと、一応今野が俺にチクった事は内密な方向でいく。
あくまで俺がたまたま目撃したという体だ。
もし今ここで先輩が逆上したら、俺も今野もボコボコにされる可能性がある。
いや、正確にはその可能性は低いのだが、それでも友達に余計なヘイトを向かわせるのは俺の本意ではない。
と、ここからが俺の仕事だ。
まずはこの場で新藤先輩に悪事をゲロってもらわなくては。
「新藤先輩、後輩からお金取ってるんですね」
「だからなんだよ」
「この事、綺季が聞いたらどう思うんだろう」
自分でも性格が悪いとは思う。
でも昨晩の綺季の顔を思い出すと、そう言わずにはいられなかった。
今日俺が新藤先輩と対峙しているのは今野のためだけではなく、今まで綺季にしてきた仕打ちの分も向き合って欲しいからだ。
俺の言葉に、新藤先輩が一歩詰め寄ってきた。
「お前、マジで調子乗ってんな」
「先輩には言われたくないです。好きな人に振られたからって、こんな後輩に暴力使っていじめとか最悪じゃないですか」
一度口が開くと止まらない。
「偉そうなのは先輩ですよ。いつだって先輩は高圧的で、暴力的で。そんなので綺季に好かれるわけがないじゃないですか」
「ごちゃごちゃうるせーぞ! 別にあんな女、好きでも何でもねえんだよ! ってかなんだ? あの程度の事で正義気取っちゃってんの? キモすぎだろお前」
「好きな女に手を出そうとして金タマ蹴り上げられたキモい先輩に言われても」
殴られた。
思いっきり頬を殴られた。
おかしいな。
俺の計画ではここで助けが入る予定だったのに、なんで攻撃をされたのだろうか。
というか、なんでこんなに俺は怒っているんだろうか。
昨日までは新藤先輩に特段敵意なんて持っていなかったはずだ。
勿論嫌いだったが、それはそれ。
近寄らぬようにしようと距離を置いていたし、正直高校にこういう変な先輩がいるのもなんとなくわかって入学した。
だから彼を見ても、「いるよなー、こういう関わりたくない先輩」としか思っていなかったはずだ。
それなのに、なんでこんなに俺は攻撃的に煽ってしまったのだろうか。
暴力に動いてしまった自分に動転したように、顔を真っ赤にしながら慌てる新藤先輩を見て気づく。
そうか。
俺、綺季の事が好きなのか。
だから、イラついてるんだ。
だから、コイツの事が心の底から許せないんだ。
「お前もそこの眼鏡もまとめて殺してやる! いや待て、せっかくだからお前からも限界まで金を取ってやる。その上で半殺しな。二度と学校に来れないようにしてやる!」
「……二度と学校に来れなくなるのはあんただよ」
「あ?」
「――」
「ッ!?」
新藤先輩は、そこでようやく気付いたらしい。
恐る恐る横を振り向く彼に、俺は勝利を確信した。
茶番はこれで終了である。




