第33話 金髪ギャルの苦悩と鬼のメンタル
その日は特に新藤先輩と話すこともなく学校から帰った。
結局今野の怪我は転んだという言い訳で済ませたし、元から俺達はクラスに友達が多いわけでもないモブなので、スルーされて終わった。
あんなに目立つ怪我なのに心配がないとは薄情でなんとも悲しい。
だが、逆に変に詮索されるよりはマシだったか。
しかも、別に転んで怪我したのは嘘じゃないしな。
事実を曲げたのではなく、新藤ジャレンという人物との揉め事を隠蔽しただけに過ぎない。
にしても、若干今野には罪悪感がある。
まさかとは思うが、俺とつるんでいるせいで新藤先輩に目を付けられたんじゃないかと、不安に思っているからだ。
学校で何度か今野といるところを見られているし、今野が俺の友達だとわかった上でいじめに来た可能性もある。
考え過ぎだとは思うが、仮にそうなら申し訳ない。
俺がここまで親身に相談に乗ったのは、少なからず責任を感じていたからである。
帰宅すると、玄関前には見知った女がいた。
ドアの前で足を抱えて座っており、下から覗き込めばパンツが見えるだろう。
だが恐らくそんな行動を起こす物好きはいない。
何故なら覗き込んだが最後、自身の命が絶たれることを理解しているから。
「今日も自分の家には帰らないのか」
「まぁ服とかここに置いて出てるし」
「朝に帰ってきた親父が困惑してそうだな」
仕事終わりに家に帰って女子高生の私物があれば、流石の親父も焦ってそうだ。
まぁ相手はただの幼馴染だし、綺季とわかれば文句はないだろう。
鍵を開けると、綺季は大人しく入ってきた。
「あのさ」
「わかってるって。朝は任せてごめん」
「大変だったんだぞ」
「……ごめん」
勿論夢衣と遭遇してしまった件だ。
あの件でお泊まりがバレたし、童卒疑惑までかけられていた。
なまじいかがわしい雰囲気であったのは事実なため、言い淀んでしまって大変だった。
珍しくしおらしいところを見るに綺季も理解はしているのだろう。
最近、ただでさえ仲が微妙で逃げたくなるのもわかるが、説明責任を俺に全投げするのはやめてもらいたかった。
だがしかし、俺は異変に気付く。
どうにも綺季の様子がおかしい。
事情はあれど、ここまで大人しく従順なことがあるだろうか。
自分から謝ってくるなんて以ての外だ。
普段なら『お前がキモい命令してきたせいでしょ。なんでアタシが文句言われなきゃいけないの? お前が謝れよ』とか言ってきそうだし。
疲れたようにソファに腰掛ける綺季。
こんな顔をしているところなんて、初めて見た気がする
「何かあったの?」
聞くと、彼女は固まった。
そのまま俯く。
「別に」
「あったのか。隠す気がないなら言ってくれ」
「だから別にないって言ってるでしょ。詮索してくるなよ」
じゃあ帰れと言いたくなったが、傷つけるだけなのでやめた。
今日はどうもいつもとは様子が違うらしい。
ため息を吐きつつ、俺は綺季の隣に移動した。
「俺にも言えないの?」
「いや別に、本当に大したことないから」
「そっか。……まぁなんか、困ったら相談してよ」
言いながら苦笑する俺。
相談されたところで、俺にできる事なんか何もないからな。
人脈もないし人生経験もないし頭もよくない。
こういう時、相談するなら夢衣が良い。
アイツなら得意の策略と悪知恵で何とかするだろう。
変に優しくもないし、テキトーに聞いてくれる分相談する側も気が楽だ。
でもここに夢衣はいない。
「……ただ単に、最近学校が面白くないだけ」
「まさか、新藤先輩のせい?」
「いやアイツとは口効いてないよ。……いやまぁ、でも結局そのせいなのかも」
「?」
首を傾げると、彼女は俺の方も見ずに少しずつこぼし始めた。
「実はここ最近、どうも周りに避けられてるんだよね」
「え」
「新藤があれ以来話しかけに来なくなって、せいせいしてたの。でもそれって裏を返せばアイツを含めたグループがアタシを避け始めるって事じゃん? そのせいで居心地悪くって仕方なくて」
「で、でもあんな奴らと絡まなくても」
「何言ってんの。アイツらが避け始めたらみんなも便乗するに決まってるでしょ」
言う通りだった。
クラスで発言力の強いグループは、影響力も恐ろしい。
その集団が除け者にしている奴は、もはやクラスの外れ者だ。
いくら綺季とは言えど、そんな扱いを受ければ浮く。
いじめられないのが逆に奇跡というべきか。
避けられても畏怖され、決定的な攻撃はされない。
それがうちのラスボスたる金髪ギャルだ。
しかし、だからこそ馴染めずに居心地も最悪だろう。
「って、別に深刻な話でもないんだからお前が暗い顔するなよ」
「ご、ごめん」
「悪いのは新藤。いじめに暴行と最低最悪なゴミ集団と離れられて満足だわ。どうせあと半年もすれば卒業だし」
誰がどう聞いても強がりな言葉に、俺は口を閉じる。
引っかかっていたのだ。
夢衣から聞いていた新藤先輩との距離感に、違和感があった。
あいつも避けられてるって言ってたし、新藤先輩はあの件があってから綾原姉妹と距離を置くことにしたのだろう。
もっとも、それは正攻法だ。
俺達は先輩の弱みを握っているし、二度と近寄るなと釘も刺している。
彼としては俺達に関わるメリットがない。
触らぬ神になんとやら、だ。
そして俺達も向こうから自発的に離れてくれて助かったくらいだ。
しつこく言い寄ってきたり、嫌がらせをされたりしなくてありがたい。
だがしかし、どうも彼はその状況を逆手に取ったらしい。
敢えて過剰に避けることで、集団で無視して二人の人間関係を孤立させようという魂胆だろう。
なんなら一番タチの悪い報復行為と言える。
こうなるとなんで無視するんだと言っても「自意識過剰だろ」とか「別に仲良くないから話す必要ない」とか「お前らが近寄るなって言ったんだろ」なんて言われたら返す言葉がない。
この前の動画をネタに再度脅しても、今度は俺達が「ちょっと仲悪くなったくらいでセンシティブな弱みで脅してくるとかやば」になる。
もはや俺達側が加害者になりかねない。
狡猾な奴だ。
男らしくないし、いやらしい。
ああそうか、だから綺季は俺を頼ってきたのか。
他の女友達とも軒並み仲が離れて、泊まれなかったのだろう。
精神的に疲弊した状態で夢衣と過ごすのはきついと考え、そして逃げ場としての選択肢は既にうちしかなかったと。
……そんなの、あんまりだ。
「俺は味方だから」
「変な気遣わないで。イラっとする」
「いやでも」
「アタシはお前とは違うの。そんなに軟弱じゃない」
綺季は強いと思う。
俺ならすぐに被害意識が爆発して落ち込むだろう。
でも綺季は違う。
悲しみよりも怒りで生きているし、前向きだ。
確かに、俺なんかに弱者扱いされるのも気に障るのだろう。
よく耳にする言葉がある。
いじめはいじめられた側が認識した時点でいじめになる、と。
この場合、綺季は自分がいじめられているとは思っていない。
だからいじめじゃない。
実際、俺もこんなに毛が逆立つ勢いでイライラしているいじめられっ子は見たことがない。
気づけば萎えモードから一転、憤怒の鬼と化していた。
うん、これはどこからどう見てもただの対立だ。
集団無視ではなく、強面先輩と金髪ギャルの一対一のプライドバトルである。
「ごめん真桜賭。八つ当たりして」
「いやいいよ。どうせ綺季なら一人でどうにかするだろうし」
「……」
「でもそれはそれとして、新藤先輩の件は俺がどうにかするから」
別に今の話がきっかけではない。
元から決めていたことだ。
新藤先輩には悪事の報いを受けさせる。
そのための作戦は今朝既に立てている。
そして、綺季の話を聞いてより決意は固まった。
俺の言葉に、綺季は不安そうに首を傾げていた。




