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第30話 本能に任せて命令した結果

 少し時間をおいて、俺は綺季に頭を撫でられていた。

 

「お前、本当に気持ち悪い」

「わざわざキモいを丁寧に言わないで? 心が抉れるから」

「だからって……なんでわざわざ命令するのがこれなの?」


 ドン引きしている綺季から目を逸らしつつ、俺は先程の事を思い出す。


『め、命令?』

『そう、命令』


 言われた時、当たり前だが意味が分からなかった。

 突拍子もない発言に理解が追い付かない。

 急に壊れてしまったのかと思って焦る俺。

 または、夢衣と同じくやはりマゾの民だったのかとも思った。

 ついこの前学校でも同じようなことを言ってきたし、ここ最近のやり取りでなんらかのリミッターが外れてしまったのか。


 と、そこに彼女はジト目を向けてきた。


『そこまで言うなら、付き合ってあげるって言ってんの』

『……マジ?』

『夢衣にはできない事なんでしょ?』

『ん? そうだけど』

『じゃあほら、命令してみなよ』


 何故夢衣が出てきたのか意味不明だったが、有無を言わさぬ雰囲気に俺は唾を飲み込む。


 これは……いいのだろうか。

 本能のままに命令していいのだろうか。

 さっき言ったが、夢衣と違って綺季になら躊躇せずに変な命令をしてしまう気がする。

 俺のピュア童貞な部分が「付き合ってないのに破廉恥な!」と文句を言っているが、こんなチャンスまたとないだろう。

 そもそも家で夜に二人きりというシチュエーションが極レア。

 相手は若干俺を試すように、だが命令されるのを望んでいる。

 ここはもう、命令しない方が失礼だろう。

 そうに決まっている。


 そう思って俺は、言った。


『じゃ、じゃあ……頭でも撫でて』

『……は?』


 別に日和ったわけではない。

 自分でもよくわからないが、心の底から出た願望がそれだっただけだ。


 ずっと心が疲れていた。

 怖い先輩に怯え、陽キャ女子の集団に囲まれて悪口を言われ、わがままな幼馴染に良い様に扱われ、そして金髪ギャルから暴力を受ける。

 陰キャな俺は、そんな生活で心の平穏が完全にかき乱されてしまっていた。

 どこかで、安らぎを求めていたのかもしれない。


 どうやら、バグったのは綺季だけではなかったらしい。

 俺もおかしくなってしまっていたようだ。


 そして今に至る。


「アタシはてっきり、……エロい事でも要求されるのかと」

「正直、そうしてやろうかとも思ったけど、なんか後が怖かったからやめた」

「何それ」

「あとまぁ、大事な幼馴染の初めてだし」


 言うと、頭がすとんと床に落とされた。

 言っていなかったが、今の俺は綺季に膝枕までしてもらっていた。

 健康的で厚みのある太ももは心地よかったのだが、激痛と共に冷たい感触が横っ面に当たる。

 

「は、初めて? 何言ってんの」

「え、違うの?」

「いや別に、違わないけど。なんかお前に言われるとムカつく」

「……ごめん」


 確かにデリカシーに欠ける発言だったかもしれない。

 やたらと反応する綺季に、俺は床から声をかける。


「せっかくの命令なんだし、何をさせようが俺の勝手だろ」

「幼馴染とは言え、同年代の女子に頭撫でてって恥ずかしくないの?」

「今更だろ」


 この前なんか勝手に服を脱がされて、体操着に生着替えさせられたってのに。

 それとおそらく、今の俺は変だ。

 頭がぼんやりとして目がしょぼしょぼする。

 壁掛け時計を見ると、気づけば日付を変わりそうなくらいまで時間が下がっていた。

 結局親父は帰ってこなかったな。


「ていうか、エロい命令をされたかったのかよ」

「は? そもそもアタシ、断らないとは言ってないけど」

「あぁなるほど、俺が性欲のまま命令してきたらどんな命令になるか聞きたかっただけって事か」

「そういうこと」

「ドМなの?」


 聞くと、ゆっくり頭が太ももの上に戻された。

 そして、感触を堪能する間もなく額に拳が落ちてくる。

 いってぇ。

 グーだった。


「真桜賭と一緒にするな」

「はいはい」


 言いながら、ほぼ回っていない頭で考える。

 そう言えば、今の話的にこいつは元から俺の命令を聞きたいだけで断る気だったのか?

 じゃあ今の状況は何なんだろう。

 どうしてこんなにすんなり要望が通っているのだろう。

 もしかして、こいつ――。


「なぁ」

「なに?」

「なんで頭撫でてって命令は断らなかったの?」

「ッ!? そ、それは……年上としての懐の広さ、的な」

「――すぅ」


 もう俺は聞いてなんかいなかった。

 重力に任せて目を閉じ、触れ合う温かさに安心して抱かれていた。


「……この状況で寝たの? 嘘でしょ?」


 頭上でぼそぼそ言われている気がした。

 耳障りだったから、俺はうつ伏せになった。

 なんだか良い匂いがする。

 あぁこれ、うちのボディソープの匂いだ。


「いいにおいがする……」

「ッ! ――」


 俺の意識は、その時完全に途絶えた。

 おそらく、人生で一番幸せな寝入りだった。





 翌朝、突風に吹かれながら通学路を歩く。

 しかし寒いとは思わなかった。

 この地球温暖化の深刻化した6月初週だからというのはあるが、それ以上に顔がほてって肌寒さなんか感じようもなかったのである。


 俺はちらりと隣を歩くギャルを見て、だらだら汗を流す。


 ヤバい、どうしよう。

 顔が見れない。


 昨日の夜、ひょんなことから俺は綺季に命令しろと命令された。

 そのまま『頭を撫でろ』などと言ったところまではまだよかった。

 問題はその先だ。

 俺は……寝落ちしてしまった。

 彼女の太ももの上で、頭を撫でられながら、そのまま意識を失ったのである。


 気づいたのは朝起きてからだ。

 場所は変わっておらず、リビングのフロアの上。

 ソファを背もたれにするように座ったまま寝ている綺季に、俺は抱きしめられて朝を迎えた。

 要するにどうやら一晩中、一緒に眠っていたらしい。


 その後は地獄だった。

 俺に続いてすぐに目を覚ました綺季も状況に気付き、赤面しながら俺を突き飛ばした。

 二人で気まずい朝自宅を済ませたのち、制服に着替えて登校。

 出るタイミングが被った上に目的地が一緒なため、別々に行くのも変だ。

 いや、変ではないのだが、昨日あんな事があった後だ。

 お互いに妙に意識をしていると互いに悟られたくなかったため、変に意地を張って一緒に登校しているのである。


 本当に馬鹿だと思う。

 朝まで共にして一緒に登校だなんて、そんなのもう……。


 学校に着くと、丁度正面から別の道で登校してきたらしい黒髪ギャルに遭遇した。

 ビクッと反応して立ち止まる俺と綺季に、夢衣も立ち止まる。

 押していた自転車を倒し、彼女は呆然と俺と綺季を見る。

 交互に俺達の顔を見た後、彼女は言った。


「……いや、ガチでヤッてるじゃん」


 そりゃ、そうなるわな。


 綺季は逃げるように去った。

 何か弁明するわけでもなく、ただその場から消えた。

 まるで俺に全ての後始末を押し付けるように。


 というわけで俺と夢衣だけが残される。

 予鈴が鳴る中、俺は顔を引きつらせながら笑った。

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