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第3話 俺が黒髪ギャルに命令できるワケ

 俺と夢衣の関係が拗れたのは、高校入学後すぐの事だった。

 たまたま廊下で顔を合わせ、俺が声をかけたのがきっかけ。

 小五の頃までよく遊んでいた仲良しだったから、高校で再会したときは感動してテンションが上がったものだ。

 しかし。


『むーちゃん、久しぶり』


 笑顔で声をかけるも、当の本人は冷めた顔でスマホをいじるだけ。

 一瞬俺を見て立ち止まったが、すぐにスマホに視線を戻して歩き出してしまった。


『……行こ』

『知り合いじゃないの?』

『あー、別に大丈夫』


 まさかの俺の事はガン無視。

 そのまま友達を引き連れて去っていくという徹底した冷遇だった。


 久々に顔を合わせた幼馴染のそんな態度に、俺は納得いかなかった。

 だからその日の放課後、わざわざ呼び出したのだ。

 自分の家に。


 夢衣は意外にもあっさりやってきた。

 へらへらとした顔を見せつつ、言った。


『無視したのはごめんて。でも学校であんたなんかと話したら色々面倒でさ。ほら、他の陰キャが『僕でもイケるかも』って勘違いしちゃうから。全員無視しとけば誰も告ってこないし、平和なのー』


 暗に陰キャのお前は話しかけるなと言われてショックだった。

 年も一個しか変わらなくて、姉というよりは悪友みたいな関係性で過ごした夢衣の変わり様に、言葉を失った。

 そんな俺に見かねたのか、夢衣はニヤニヤしながら続ける。


『もーちょっと大義名分があれば普通に話せるんだけど、現状だと陰キャ後輩に構ってるだけだから、なんか変に勘繰られるじゃん? ……あ、そうだ』

『どうかした?』

『あんた、私のパシリになりなよ。そしたら普通に学校でも話してあげられるから』


 要するに、完全な上下関係を付けたら接してあげるという、超上から目線なクズ提案だった。

 俺としては、前みたいに仲良くできることに越したことはないが、だからと言ってこの条件は流石にメリットがない。

 というか、これは友達ではなくただの上下関係である。

 俺はその時、ブチギレるべきだった。

 人の事を舐め腐ったその態度に、ガツンと言ってやるべきだった。


 しかしそんな提案を俺は敢えて完全には断らずに、とある条件付きで再交渉した。

 それすなわち。


『じゃあこうしよう。今からゲームで対戦して、負けた方が勝った方の言いなりだ』

『ふーん。面白いじゃん。私は別にいいけど? 負けないから』


 夢衣は俺が手に取ったゲームのタイトルを見て余裕そうに笑った。

 というのも、そのソフトは幼少期に俺たちが何度も対戦して、その度に俺が惨敗を喫したゲームだったからだ。

 要するに、夢衣にとっては得意中の得意分野。

 言わば思い出の象徴を持ち出した俺に、少し夢衣の表情がガキっぽさを取り戻したのがわかった。

 そして過去の経験から勝算があった彼女は、まんまと乗ってきた。

 ――俺の罠にハマったのだ。


 彼女の最大の誤算は陰キャの生態を知らなかったことである。

 ……まさか、中学からの日々をただゲームだけに注ぎ込んできたとは、夢にも思わなかったのだろう。


 友達との遊びに青春を注ぎ込んだ彼女と、ただのオタクゲーマーとして研鑽を積んできた俺との差は明白だった。

 俺の目論見通り、それはもはや初心者をボコるランカーの狩り。

 何の抵抗も許さず、完封する俺。

 夢衣は目を真ん丸に見開き、コントローラーを落とした。


『……は?』

『よし、俺の勝ちだな。じゃあ条件通り、今後はむーちゃんが俺の言いなりだ』


 こうして、俺は生意気な幼馴染の黒髪ギャルをわからせたのである。

 俺と昔みたいに接しろ。

 勿論人間関係がそれぞれあるのも事実だから学校では過度に関わらないが、それ以外の時間だけでも昔みたいに仲良くしようと、そう命令するつもりだった。


 ――と、ここまでが俺の想定内の出来事。

 そしてここからが予測不能だったハプニングだ。


 忘れていた。

 もう俺達は、一緒に居るところを”姉弟”じゃなくて”カップル”として見られるような年齢だったことを。

 そして男子高生が密室で女子高生に対して下す命令なんか、アレしかないことを。


『……ん、ふぅ』

『ちょ、ちょちょちょちょっと!? 何してるだ!?』


 目の前で上着を脱ぎ始めた夢衣に俺は悲鳴を上げた。

 焦りすぎて田舎訛りみたいな言い間違えをしたが、それどころではない。

 制服のブレザーを脱いでネクタイを外し、シャツを脱ぎ、その下のインナーまで脱いだ後。

 ブラジャーに包まれた、きめ細かい真っ白な肌と見事な形のおっぱいを露わにした夢衣は、顔を赤らめながら観念したように言った。


『命令されてヤるのははずいから。……好きにしていいよ』

『いやいやいやいや! 別にそういう意味で条件出したわけじゃない!』

『は? なに? 処女じゃ不服って事?』

『え? 処女なの!? それはむしろ嬉しいですよ! ……ってそうじゃねえ!』

『……キモ』


 上目遣いで睨んでくる黒髪ギャルに、俺は弁明した。

 エロいことをさせたくて命令権を賭けたわけではないと、神に誓って何度も説明した。

 のだが……。

 一度そういう雰囲気になったら、ある程度背伸びしてしまうのが高校生。

 

 うちは父子家庭で親が留守の時間が多いこともあり、そんな環境が俺達の関係を進めることとなった。

 ぼかさずに言うと、そのまま成り行きで胸だけ触らせてもらった。


 いや違うんだ。

 別に俺からお願いしたわけじゃないんだよ?

 雰囲気だから。流れだから。ただの興味と利害の一致だから!

 不可抗力なのだと、声を大にして唱えたい。


 ブラジャーの上から触っただけだが、それは俺の脳みそを支配するのに十分すぎる破壊力を持っていた。


『……こ、これからも触りたくなったらいつでも言って』

『えぇ?』


 何故かしおらしい夢衣に困惑する俺。

 その時知った。

 いくら強気なギャルと言えど、こういう時はいじらしい一面を見せるものなのか、と。


 という出来事があったのが一カ月前。

 ただの幼馴染同士だった幼少期から、高校に入っては陰キャ後輩とギャル先輩、そしてさらに、今度また新たに二人の関係を大きく変える出来事があったのだ。

 そう、あったのだ。

 それなのに。


「くっそ! マジなんなんこれ。そんなのハメ技じゃん!」

「いや別に抜けられるコンボだけど」

「言い方うざ! 私が下手って言いたいの!?」

「……違いますよー」


 放課後の自宅にて。

 俺の部屋には一人のJKが我が物顔で入り浸っていた。

 そいつは人の家のコントローラーにぐりぐりと八つ当たりしながら、目の前のモニターの画面を睨みつける。

 そこには格闘ゲームが映し出されており、俺の操作するキャラクターが彼女――夢衣のキャラクターをボコボコに倒した絵面があった。


「もう一回!」

「やめときましょうよ。俺晩飯食いたいんだけど」

「はぁ? そのくらい我慢してよ」

「そんな殺生な」


 もう一回が無限だからこんなにゴネているんですが、と言えるほど俺のメンタルは強くないです。


 既に帰ってきてから二時間はゲームに付き合わされている。

 飯も食えないし、無下にすると文句言われるし、堪ったもんじゃない。

 だがしかし、逃げようとすると言われるのだ。


「あんた、私の言いなりじゃなかったん?」


 昨日の罰ゲームの件を持ち出され、俺は頭を掻く。

 そしてジト目を向けた。


「でもその前に、お前が俺の言いなりだろ」

「うっ……じゃあほら、早く脱いで」

「え? なんで?」

「だから、ヌいてあげるから。それが望みでしょ?」

「ちっげーよ! 別にエロいこと命令しようとしてるわけじゃねえ!」


 毎度の事だが人聞きが悪過ぎる!

 今の今まで一度も性的命令を下したことなんてないのに、なんて奴だ。

 何が何でも俺を性欲魔人にしたいらしい。

 

 あの日、俺が夢衣にゲーム対決に勝って以来、余程気に入らなかったのかほぼ毎日うちに押しかけてはゲームの勝負を申し込んでくるようになった。

 そんなコイツにいい加減相手するのも疲れた。

 最初は昔を思い出して楽しんでいたのだが、流石に頻度が高い。

 その上、このギャルは刺激が強過ぎるのだ。


 一応名誉のために言っておくが、一線は越えていない。

 俺はまだ童貞だ。


「ってか、俺の言いなりってわかってるなら言う事聞けよ。飯だよ飯」

「私だって悪いと思ってるから少しサービスしてあげようと思ったの。毎日毎日身近にこんな可愛い幼馴染がいるのに、手を出せないのも生殺しかと思って」

「そう思うならその……足を下ろせ」

「ん? パンツ見て興奮してんの?」

「好きに言ってろ」


 はい、興奮してます! とは言わない。

 これはプライドだ。


 人のベッドの上に平気で座り、その上足を上げてバタバタするもんだから、中のパンツまでしっかり見えている。

 しかもその度に部屋中に甘い女の子の香りが広がるし……もう。

 毎晩寝る前が大変な俺の身にもなってほしい。


「……別に、見ればいいのに」


 夢衣は欲と理性の間で葛藤する俺を他所に、口を尖らせて小声で言った。

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