第29話 性的嗜好を漏らす陰キャと焦る金髪ギャル
トイレから帰ってきた綺季は、ソファに戻ると俺を睨んできた。
急ないつも通りの態度に、正座をして姿勢を正す俺。
と、彼女は顎を少し上げながら言った。
「今日は夢衣と何してたの?」
「え」
「まさか……また言えないような事してたの?」
「ち、違うよ!」
俺は否定しつつ、心の中で思う。
違うけど、違わないんだよなぁ。
綺季が想像しているようないかがわしい事は今日は何も行われていないが、馬鹿正直に綺季の誕生日プレゼントを探していましたとも言えないので困った。
こういうのはサプライズに限る。
今ここで話してしまえば興醒めだ。
「普通に買い物したりゲーセン行ったりしただけだよ」
「ふーん。それでパシられてたってわけか」
「……大体そんなところだけど、言い方があるだろ」
「なんで真桜賭は夢衣に命令しないの? アイツに命令権持ってるってこの前言ってたじゃん。そんなにパシリ扱いが嫌なら断ればいいのに……あ、でもそうか。お前ドM趣味だったんだっけ」
そう言えば綺季の中で俺はマゾだと勘違いされたままだった。
冷ややかな目を向けてくる金髪ギャルに、屈辱を感じる。
どうにか訂正したくて、俺は当たり障りない程度に反論した。
「別にドМってわけじゃないぞ。パシリ扱いも普通に嫌だし」
「でも前に首輪持ってたじゃん」
「アレは……魔が差しただけで、趣味とは……い、言ったけど性癖じゃない。綺季だってたまに変なとこに興味持つことあるだろ?」
「ないけど」
「ほら、いつもはみんなに怖がられてるドS系で通ってるし、たまには虐められてみたいとか」
「キモ。そんな事思った事ないんだけど。あとアタシはドSじゃない」
あれだけ殴るどつくの暴行が日常化してる女にドSじゃないと言われても、全く信用できないのですがそれは。
というかそれはそれで一旦どうなんだよ。
と、そこで彼女はいぶかしげに眉を顰める。
「仮にお前がマゾじゃないんなら、なんで夢衣にやり返さないの? 命令権なんて都合の良い権利持ってるならなおさらやりたい放題じゃん」
「いや、あいつは何か怖いんだよ」
綺季の質問はもっともだ。
本人も俺によく「なんで命令してこないん?」とは聞いてきていた。
勿論、報復が怖いからとか、そもそも幼少期から染みついた上下関係を逆転させるのに緊張するからとか、色々理由はある。
エロい命令に関しては貞操観念を盾にして断ってきた。
付き合っていない女と致すなんて俺の童貞道に反する、と。
だがしかし、実はもう一つ俺の中で大きな理由があった。
それすなわち。
――そそらないから。
考えてもみて欲しい。
自分から蹂躙されるのを望んで鼻息荒く寄ってくる女がエロいか?
キレながら「お尻叩いて」とか言われても、エロいよりも怖いが勝つ。
全然興奮しない。
いや、興奮はするが、俺の好みのシチュエーションじゃない。
だから手を出さなかった。
「どうせなら、もっと怖くて普段から気の強い女に命令したいんだよ俺は。例え傍若無人で普段から自分を顎で使ってくる人間相手だったとしても、貞操観念が緩くてすぐに迫ってくる女の子に命令しても興奮しない。大体こっちは童貞なんだ。性との距離は遠い方が焦らされて、より欲求に憧れと切実さが増す。第一、いつも気が強くて絶対に堕とせない子を俺だけが好き放題虐められるって展開の方が好みだし。恥じらいと怒りが混じった顔で抵抗できないその子をだな……あ」
ヤバい。
途中から趣味嗜好の暴露になっていた。
典型的なオタクの悪い癖だ。
好みを語り出すと急に早口になって周りが見えなくなる。
しかし、その特性が発露される場面としてはこれ以上ない最悪なタイミング。
内容も結構なことを言っていた気がする。
冷や汗を流しながら前の女を見ると、彼女は顔を真っ赤にして口をあんぐり開けていた。
あ、終わった。
「じょ、冗談ですよ?」
一応何の意味もなさない訂正文句を言っておく。
と、彼女は俺の想像よりももっとヤバい心理に気付いていたらしい。
俺は綺季が無意識に上着のパーカーの前を締めたのを見て、気づいた。
もしかして、俺が今言った趣味に当てはまる女って、綺季じゃね?
それもかなりドンピシャなのでは?
そう思ってもう一度先程の発言を思い返す。
普段気の強い女=綺季
普段気の強い女を虐めて、その恥じらいと怒りの混じった顔を愉しみたい
→この俺が綺季を虐めて(性的に)、その恥じらいと怒りの混じった顔を以下略――
おーまいがー。
ただ目の前の女に「あなたみたいな子とならエロい事大歓迎!」と宣言しただけでした。
俺は直ちに土下座した。
「ふ、深い意味はありません! ごめんなさい!」
「……どこがよ。普通にキモ過ぎ」
「すみませんすみません。おっしゃる通りです」
「お前、ずっとアタシの事そんな目で見てたん?」
「ッ!?」
正直に言おう。
若干見ていた。
幼馴染という事もあり、たまに俺にだけ見せてくれる姉っぽい優しさを感じるたび、ぐっときていた。
絶対に俺なんかの手には収まらない高嶺の花だからいいのだ。
そういう劣情故に、ますますおかしくなって惹かれてしまうのだ。
俺は醜い蟲だから……。
だがここは全力で否定しなければ!
「全然。ぜんっぜん! まーったくこれっぽっちもそんな目では見てない! お、幼馴染ですよ? 嫌だなー、姉同然で育った女の子をエロい目で見るわけないじゃないですかぁ! あくまで好みの話ってだけで、二次元とかの話ね!? ハハハ!」
「ッ!? ……うぅ」
デカい声で笑いながら言うと、何故か綺季が涙目になった。
そのまま過去一番怖い目で睨んでくる。
どうしよう。
地雷を踏みぬいたかもしれない。
でもどれが地雷だったのかわからない。
二次元とか言ったせいで、オタク趣味な事にドン引きされた?
いやいや、それは今更だろ。
じゃあなんだ?
やっぱりわからない。
詰んだ。
「おい」
「ひゃい!」
急に立ち上がった綺季にビビり上がる俺。
ビクッと肩を浮かせていると、彼女は俺に近づき、見下ろした。
そして言う。
「今からアタシに何か命令しろ」
「……は?」
俺の口から、魂でも漏れるような声が出た。
この姉妹、やっぱり両方ドMなのかもしれない。




