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第28話 女子力を見せつけるワケ

 唐突に発せられた言葉に、俺はフリーズする。

 正気に戻ったのは、靴下が濡れる不快感を覚えてからである。

 じわっと冷たくなる足先に、俺は自分が飲み物をこぼしたことを理解した。

 慌てて雑巾を取りに行きつつ、首を傾げる。

 何かおかしなことを言われた気がするが、なんだったのだろうか。


 戻ってくると、綺季はすんとすました顔でスマホを眺めていた。

 マジで意味不明だ。

 床を拭って、落ちたコップを拾って。

 後片付けを済ませた後で、俺はソファに座る綺季を見る。

 

 彼女は、俺が落ち着いたのを見てスマホを置いた。


「今日ご飯あるの?」

「いや、テキトーにカップ麺でも食べようかと」


 ナチュラルに会話が始まって困惑する。


「今日は外に出て疲れたし、料理する気力もないなと」

「アタシの分は?」

「ストックあるからそれでも勝手に食べてよ」

「……ちょっと冷蔵庫見て良い?」

「どうぞ」


 断る理由もないから頷くと、彼女は立ち上がった。

 ちなみにうちの冷蔵庫は男の二人暮らしにしては綺麗な方だ。

 勿論全部俺が綺麗に整理しているからであって、親父のおかげではない。

 あいつはテキトーに酒とつまみをぶち込んでくるだけで、配置なんて一切考えていないからな。

 部屋の掃除も九割は俺がやっている。

 

「色々あるじゃん。料理しなよ」

「いや、今日は腰が重くってやる気が……」

「じゃ、アタシが作ってあげる」

「え?」


 思いもしなかった言葉に、つい驚く俺。

 綺季は言いながら髪を結び、振り返ってきた。


「テキトーに冷蔵庫の中身使っちゃうけど、カップ麺よりはいいでしょ?」

「い、いいんですか?」

「まぁ邪魔してるわけだし、そのくらいやったげる」


 衝撃である。

 まさかこんな日がこようとは、夢にも思わなかった。

 あの即ギレ暴君の金髪ギャルが、自分に手料理を振舞ってくれるだなんて、感動ものだ。

 

 テキパキとした作業を、そーっと奥から覗く。

 玉ねぎの皮を剥き、難なくみじん切りにするところを見るに料理慣れはしている様子。

 ちなみに夢衣が料理をしているところなんて見たこともない。

 あっちは常に自堕落で、他人の邪魔をするだけ。

 同じギャルでも姉妹でこうも違うのかと、驚愕した。


「見てるなら牛肉出してくれない?」

「あ、はい」


 と、不意に真面目に声をかけられたので指示に従う。

 やはり綺季からは、たまに母性を感じる。

 こういうところは昔から変わらない。





 夕飯は肉じゃがだった。

 玉ねぎとじゃがいもと牛肉、そして万能ねぎのあしらいまで見た目も美味しそうな一品だ。

 途中、ニンジンを入れようとしていたからダメ元で止めたら、案外柔軟に許容してくださった。

 普段のキツい態度とは真逆で、超優しかった。

 

「……なんか散らかってるね」

「掃除機はかけてるんですけど、物が多くて」

「片付けるからどいて」


 綺季の家事力は飯だけにとどまらなかった。

 夕食後は散らかっていたリビングの棚整理を始め、ぶつぶつ言いながら俺達の溜めていた怠慢を片付けていく。

 耳を澄ますと、どうも乱雑に並べられた本などが気に入らないらしい。

 シリーズごとに並べないと気が済まないタイプと見た。

 ちなみに俺もその手の血族だが、親父のあまりの雑さに嫌気が差して最近ではめっきり整頓しなくなった。

 というわけでこの部屋の物の散乱加減はほぼほぼ親父のせい。

 言い訳ではない。


 というか、ずっと思っていたのだが目のやり場に困るな。


 ずっと膝をついて片づけをしてくれているせいで、その……なんというか、俺の視点は結構刺激的なことになっている。

 胸だけでなくしっかり肉付きのある尻が、目の前で揺れているのだ。

 しかも今日の綺季は下がジーンズだから、なんというかフェチズムを刺激してくる。

 ついじっと見つめてしまっていた。


「ふぅ……って、どこ見てんの?」

「あ、いや。別に」

「ふぅん。とりあえず粗方は片付けたから、これで泊めてもらう分の仕事はちょっとはできたね」

「そんな気は遣わなくて良いのに。……あと、そこまで言うなら家出なんかするなよ」

「あ?」

「いえ何も」


 優しかったから調子に乗ってしまった。

 口をついて出たぼやきに一瞬で綺季が鬼に戻った。

 姉も母もいない人生だったが、いたらこんな感じだったのだろうか。

 機嫌取りが忙しそうである。


 とまぁ、そんなこんなでいつの間にかすっかり夜になった。

 入浴も済ませ、ちょっとドキドキしつつも日常生活を送る。


「おじさんは?」

「返信ない。……帰ってこないかも」

「じゃあ今日は二人か」

「……うん」


 部屋着の綺季に、頷く俺。

 何故だろうか。

 夢衣と一緒の時は基本的に平気なのに、綺季と二人だと特に接触もないのに無性に緊張してしまう。

 恐れか?と一瞬思ったけど、多分違う。

 これは無言の間に耐えられない気まずさだ。


 夢衣と違って大して話題を振ってくるわけでもないため、さっきから会話に穴が出来ている。

 喋っては無言になって、また喋っては無言に戻って。

 そういう奇妙な沈黙の連続が、この雰囲気を生み出している。

 綺季の方も気にはしているようで、チラチラ俺の様子をうかがっているのはわかる。

 この前夢衣から綺季のギャル化秘話を聞いた時も思ったが、この人は結構コミュ障に育ってしまったのかもしれない。

 親近感が湧いてきた。


 が、それはそれである。

 親父から返信がきてないか何度も確認しながら、俺は焦っていた。

 このまま一晩を綺季と二人で過ごすとか、考えられない。

 夢衣とも泊まりの経験はないし、どうもてなせばいいのかもわからない。

 

「ねぇ、あのさ」

「は、はい!」

「さっきの話、忘れて良いよ」

「何が?」

「……いや、忘れたならいい。好都合だし」


 親父の動向に夢中で雑に返事してしまった。

 俺はスマホを置き、目の前に座る綺季を見る。

 クッションを抱いてやや赤い顔をしているが、どうしたのだろうか。

 さっきの話……?


 考えて、すぐに合点がいった。

 例の『アタシとはシたくないの?』というアレか!

 ついスルーしたままになっていたが、やはり聞き間違えじゃなかったのかもしれない。


「べ、別に俺は夢衣ともその、そういう気はないから」


 自分でもよくわからないが、なんとなく否定しておいた。

 綺季はそれを受けて、ジト目を向けてくる。


「当たり前でしょ」

「まぁ、うん」

「ちょっとトイレ行ってくる」


 相変わらずぎこちない空気感で、俺は苦笑いを浮かべた。





 綺季は、トイレに入るや否や即行で鍵を閉めた。


「……ヤバいヤバい、アタシ何聞いてんの!?」


 極力声を抑えつつも、止められない衝動に悶える。

 つい二人きりだったから、いつもはしないような質問をしてしまった。

 気になっていたのだ。

 自分の事を、真桜賭はどう見ているのかと。

 性的に意識しているのかどうか、気になっていた。

 

 綺季とて年頃の乙女。

 人並みに欲はあるし、気になっている男子からの視線は気になるものだ。

 しかも、以前うっかり耳にした妹の言葉もある。

 綺季が男に惚れていると、真桜賭に喋っていた時の内容だ。


『いやいや、ああいう女ほど愛に飢えてるもんよ。普段ツンツンしてるせいで男は寄って来ず、そのせいで寂しい夜を過ごす……。自業自得なのが救えない、典型的な高嶺の花気取ってる女にありがちなヤツ』


 聞いた時は正直すぐにでも部屋に戻って殺してやろうかと思った。

 よりにもよって男子の、それも幼馴染の前で好き放題言いやがって。

 

 しかし、同時に思ったのだ。

 内容はズバリ図星であり、言い得て妙だと。

 綺季自身がずっと心に秘めていたコンプレックスと葛藤を、良くも悪くも的確に見抜いていると。

 綺季にとってそれは面白い事ではなかったが、それでも見直す機会にはなっていた。

 

 それに、つい最近真桜賭に言われたこともある。

 昔みたいな顔を見せて欲しいと、そう言われたのだ。

 いきなり幼少期の自分の事なんか思い出せなかったが、それでも綺季はなんとなく自分を過度に強く見せようとするのはやめようと思った。

 勿論、それは真桜賭が高校に入ってから夢衣とばかりつるんでいるのに嫉妬していたからでもある。

 昔同様に自由に振る舞っている妹に、憧れたのだ。

 自分も少しくらい、素を見せてもいいかな……なんて思ってしまった。


「だからって言って攻め過ぎた……! あれじゃアタシが襲われたいって言ってるようなもんじゃん! アタシは夢衣と違って痴女じゃないのに……」


 すっかり綺季の中で痴女認定されてしまった憐れな黒髪ギャルはさて置き、彼女はそれ以外にも反省する。


「可愛く見えるかな……と思って家事もやってみたけど、アレただの雑用じゃね? 小言がうるさい姉ムーブ? いやもはや母親だろ。うっわ……それが嫌で家出してきたのに、他人の家で自分も口うるさい母親ムーブするとかマジないわアタシ……」


 女子力を見てもらいたかったのだ。

 真桜賭に『きーちゃんは女の子らしくてかわいいね』って思われたかっただけなのだ。

 それなのに、蓋を開けてみれば最悪な印象を与えかねていない。


「やっちゃったぁ……ど、どどどどうしよう!」


 決して軽い気持ちではなかった。

 諸事情で友達に頼ることもできなかったため、本気で真桜賭の家に行くか諦めるかを迷っていた。

 だけど、ここ数日は少々色々(・・)あった。

 精神的にも限界だった。

 誰かに、甘えたかった。


 バッグの底に忍ばせた薄いゴムだって、それなりの覚悟を持って用意したのだ。

 

「少しでも、可愛いと思ってもらわないと」


 現状の威圧的な印象を壊すためにはなんだってする。


 綺季は今一度、気合を入れるのであった。

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― 新着の感想 ―
うーむ、やはりきーちゃんのが圧倒的に応援したくなる。
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