第26話 地獄のプリ撮影で黒髪ギャルはキレる
遅いなぁと思いながら夢衣を待つこと数分。
彼女は横に二人の陽キャ女子を引き連れて戻ってきた。
「幼馴染君よろーっす」
「あ、コイツこの前から調子乗ってた奴じゃん。デートしてたのマジ?」
「い、いや。デートとかじゃなくって……」
否定しながら困った顔で笑う夢衣。
おい、一体どうなってやがる……!?
彼女の友達というのは、いつぞや学校で見た先輩のギャル二人だ。
私服姿の先輩女子に詰められ、直立不動する俺。
先程までの淡い幻想は弾け飛び、一気に緊張感が走った。
「真桜ちゃんごめん。偶然そこで出くわしちゃってさ。ついでに一緒にプリ撮ろうってことになって」
「そ、そう」
「……ってわけだから、はい」
プリクラに向かって背を押され、俺は焦る。
「え、えぇ!? 俺も!?」
「成り行きだからさ」
驚愕しつつ、精一杯の拒絶を示すべく目を見開くと、今度は先輩二人に睨まれた。
「は? 嫌なん?」
「それな。うちらが仕方なく入れてあげるって言ってんのに」
「……あ、ありがとうございます」
夢衣と二人でも心臓バクバクだったのに、知らない陽キャ女子と撮るなんて恐ろし過ぎる。
正直、別にそんな気は遣ってもらわなくて結構だった。
夢にまで見たプリクラチャンスだったが、怖い先輩に睨まれるくらいならそれを逃してでも、一人で待っていた方がまだマシだったのに。
しかし、こうもキレられると逆らえない。
夢衣や綺季は過去の関係値もあるから言い返せるが、縁も所縁もないガチギャル相手だと流石に無理だ。
俺は黙って言いなりになるしかない。
ビビりながら、筐体に足を踏み入れる俺。
よくわからないまま勝手に設定を始められ、撮影が始まった。
……あぁ、何してるんだろう俺。
半分意識がないまま、魂を抜かれるようにシャッター音を聞いた。
苦行を終えた後は、何やら落書きや加工をしている女子三人を後ろから見る。
女子と入るプリクラは夢のような空間だと思っていたが、世界で一番肩身の狭い箱だった。
妙な女子特有の良い香りと、慣れない電子音、そして超至近距離にいる陽キャたち。
そわそわして仕方がない。
「ってか微妙に顔良くて逆にキモいんだけどこいつ。童顔? 童貞っぽくて無理~」
「ねー、まぁ陰キャピースもキモ過ぎてウケるけど」
「これどーする? インスタ載せる?」
「えー、やだー。あたし彼氏いるし、男入った写真載せると文句言われるから」
「そんな事言って陰キャとつるんでる写真見られたくないだけっしょ?」
「バレた?」
「きゃはは」
隠そうともしない嘲笑に息が詰まった。
散々な言われようで流石の俺も悲しくなる。
先輩ギャル二人は前から俺に拒絶を示していたし、余程嫌われているらしい。
「じゃ、塗り潰しとく?」
「うわー、サイテー。でもアリ」
さらにとんでもない事を言われていた。
はぁ……そこまで言うなら、一緒に撮らなければいいのに。
正直、久しぶりに結構傷ついたかもしれない。
別に、経験はある。
陰キャで背も低い俺は、いじりも含めて陽キャから馬鹿にされることは多かった。
高校に入ってからも新藤先輩からは絡まれていたし、慣れているつもりだ。
だけど、なんだかんだで二人がいた。
夢衣と綺季は色々言いつつもつるんでくれるし、本気で俺が傷つくようなことは言わなかったように思う。
馬鹿にするためだけにネタにしたりもしなかった。
だから、そんな二人と一緒に居るのに慣れていたせいで、久々の純度100%な悪意に動揺してしまう。
と、そんな時だった。
「はぁ? あんたのクソぶっさい彼氏より真桜ちゃんの方がイケメンじゃん。いっつもきしょいツーショ載せてるくせに何言ってんの」
黙っていた黒髪ギャルが、ここで口を挟んだ。
目を見開く二人の女子に、夢衣は笑いながら続ける。
「人の幼馴染にとやかく言い過ぎじゃない? 真桜ちゃんがあんたらに何かしたん?」
「い、いや別に。ノリじゃん」
「は? ノリでもムカつくもんはムカつくの」
「ま、マジになってどしたん? 怖いって夢衣」
明確に怒気を孕んでいる夢衣に、流石の二人も宥めるムードに入った。
しかし夢衣は止まらない。
「第一私、あんたらが撮りたいって言うから一緒に映ってあげたんだけど。人の時間邪魔しといて馬鹿にし過ぎでしょ」
「……何? 夢衣ってこいつに本気なん?」
「は? 違うし。単に私のパシリを馬鹿にしていいのは私だけって事」
感動しかけていたところに、とんでもワードが飛び出してきて俺含めて三人の目が点になった。
「行くよ、真桜ちゃん」
「え、あ、うん」
驚いていると、夢衣に手を取られた。
そのまま連れられてプリクラを出る。
人でごった返す店内を、ずんずんと歩いて行った。
ほぼ速足なペースのせいで、周りの客が慌てて避けていく。
しかし夢衣は脇目も振らない。
俺には後姿しか見えないため、どんな顔をしているかもわからないが、明確に怒っている事だけはわかった。
途中からは逃げるように走った。
ついにゲーセンからも出てしまい、喧騒を抜けて穏やかな外に出る。
車の往来を前に、夢衣は気まずそうに笑った。
「ごめん。最悪な感じになっちゃって」
「いや、慣れてるから良いんだけど」
「私が嫌なの。あいつら好き放題言いすぎ。ガチキモい」
「……っふ。あっはは」
「真桜ちゃん?」
ぷりぷり起こっている夢衣に、つい吹き出してしまう。
あぁ……馬鹿みたいだ。
俺はずっと勘違いしていたらしい。
こんなに傍若無人な夢衣も、なんだかんだで人の心はあったようだ。
初めて俺のために怒っている夢衣を目の当たりにして、つい笑い声が漏れてしまった。
正直、めちゃくちゃ嬉しかった。
傷ついていたのが嘘みたいに、一気に笑顔になれる。
「優しい所もあるんだな」
「……普段はそうじゃないって言いたいん?」
「まぁそれはそうだな」
真顔で頷くと、肩を殴られた。
全く、照れ隠しが下手過ぎて笑える奴だ。
本当にどこの誰に似たんだか。
やれやれと肩を竦めると、夢衣は目を細めた。
「今度またプリ撮るよ。次はラブラブツーショでインスタにも載せるから」
言われて、すんと冷える俺。
今、とんでもない事を言われたような……。
高嶺の花で人気ギャルの夢衣とツーショをネットの海に公開だって?
「……あの、そんな事されたら俺が校内で殺されるんですけど」
「いいじゃん。慣れてるんでしょ?」
「さっきの話でしたら撤回するので許してください優しい夢衣様。いやむーちゃん」
「だーめ。絶対二人で撮るの。パシリが自我出すな」
「……わかったよ」
何を言っても無駄だと思い、項垂れる俺。
やはり夢衣は夢衣だった。
都合の良いタイミングで言いなり刑を行使してくるとは、なんたる暴挙。
なんてドン引きしていると、不意に顔を近づけてきた。
端正な顔がキスでもするのかという距離にきて、慌てる。
と、そんなところに夢衣が珍しく伺うように聞いてくる。
「絶対約束、だからね?」
「……うん」
断ったら泣き出しそうな、儚げな顔に俺はつい見惚れてしまった。
何故だろうか。
その顔が過去のどんなシチュエーションよりもドキッとさせてくる。
……不思議だ。




