第24話 プレゼント選びのセンス
綺季のバイト先で昼食を終えた後、俺達は再び路頭に迷う。
「ま、結局誕プレの案も出ず、というわけで」
「随分あっさりしてんな」
「お姉ちゃんもそんなに怒ってなさそうだったし、正直ちょっとモチベ失せたんよね~」
「おい」
そう言えばこいつ言ってたもんな。
誕生日プレゼントは綺季の機嫌取りのためだって。
「と、冗談はさて置き」
「本当か?」
「マジだって。って事で今からどこ行く?」
「うーん」
聞かれても困るな。
そもそも昼までの時間も駅の店を回っていたわけだ。
その時ですら何も浮かばなかったし、今更戻っても意味があるとは思えない。
とりあえず俺はダメ元で、既に何度とした質問を再度聞いてみた。
「服とかは?」
「乳デカすぎてサイズわかんないし、ミスったら確定キル」
「……じゃあアクセサリー」
「高いからやだ」
「方向性を変えて食べ物とかは? 俺も昔はお菓子を渡してたよ」
「それはガキだったからじゃん? 今そんなの渡して、あの人にセンスないって思われるのも癪なんですけど」
「じゃあ自分で考えたら?」
「は?」
「ごめんなさい一緒に考えましょうあははははは」
もうこのやり取りも慣れたものだ。
本当に面倒臭いが、同時に自分がこいつらのパシリだったことも思い出す。
仕方のない宿命である。
すっかり逆らえない境遇が当たり前になってしまった自分に辟易した。
仏頂面でぶつぶつ言っている黒髪ギャルに、俺は冷や汗を流しながら寄り添う。
ちなみに当然過ぎて言っていなかったが、今日の俺は朝からずっと夢衣の荷物を持っている。
こいつ、他人の誕生日プレゼントは買わない癖に自分用のコスメなどは買い漁っていたからな。
もはやただショッピングを楽しんでいるだけだ。
その割に、プレゼントの件になると煮え切らない事ばかり言って一向に話が進まない。
「やっぱ大人のおもちゃしかなくない?」
「だからそんなもんいるわけねーだろ」
意味不明な事を言う夢衣に俺はジト目を向けた。
はぁ……せっかくの休日が溶けていく。
◇
そんなこんながあった後、俺達は何故かゲーセンに居た。
騒がしい電子音と、はしゃぐ子供たち、そして中高生の集団がいくつも。
ザ・休日のゲーセンって感じで賑やかな空間だった。
普段静かに暮らす陰キャの俺は、鼓膜の危機に怯えながらきょろきょろ辺りを見渡す。
きっかけはいつもの夢衣の突発的なノリだ。
急に『あ、ゲーセン行きたい。行くよー』だもんな。
自由人かつ陽キャ女子の行動力には驚かされる。
「なんか凄い挙動不審だけどどしたん?」
「え、いや」
「ん? もしかして普段ゲーセンとか来ない感じ?」
聞かれて目が泳ぐ俺。
オタクでゲーム好きだからこそ勘違いされがちな事なのだが、別に俺はそんなアクティブな人間ではない。
オタクにも数種類いて、その中でも俺は最下層。
家に引きこもるタイプのオタクである。
勿論最低限友達付き合いもあるから本当の本当の意味で最下層ではないのだろうが、それでもオフイベだのなんだのに軽い足取りで参加するアクティブ層とは一線を画す存在だ。
だって、怖いじゃないか。
ゲーセンって言ったらどちらかと言うと陽キャの巣窟だし?
陰キャが一人で入るには敷居が高いというか。
それこそ、新藤先輩みたいなタイプに絡まれそうだからな。
外でガチのヤンキーにカツアゲされたら断れないし、昔から目を付けられやすい分自衛していたというわけだ。
と、そこで俺は思い出す。
「そう言えば最近、新藤先輩ってどうなの?」
聞くと、夢衣はあっけらかんと言った。
「普通じゃない? まぁ、あんまり話してないから知らないけど、特に私らに絡んできたりはしてないかな。グループで一緒に話してても、あの日の事は触れないし」
「そ、そっか。二人が何もないならいいんだけど」
「おぉ? 一丁前に心配してくれてたん?」
「そ、そりゃ当たり前だろ」
「あはは、ありがとね~」
実際、俺なんかより二人の方が校内ポジションも、なんなら腕っぷしも強そうなのは事実だ。
だけどそれでも気になる。
元はと言えば俺が新藤先輩に体当たりしたのが元凶だし。
「あ、でも最近はそもそもお姉ちゃんと学校で会ってないかも」
「あれ。よく同じグループでつるんでただろ?」
「うーん。まぁあの人はいじめとかする連中の事嫌いだったから、今回の件で愛想尽かしちゃったんじゃない?」
「綺季って昔からそうだよな」
「そのせいで苦労もしてきてはいるはずなんだけどね」
小学校の頃、俺を助けようとして自分もいじめに遭っていたからな。
正義ってのは必ずしも報われるわけではない。
あの性格なら俺の知らない中学時代なんかも苦労していたのだろう。
しかしまぁ大事になっていないなら良かった。
新藤先輩が大人しくしてくれていると知って、一安心だ。
胸を撫で下ろす俺に夢衣が顔を寄せてくる。
「もしかして新藤先輩と遭遇するかもってビビってたの?」
「べ、別にそういうわけじゃないし? 陽キャが怖いからゲーセンを避けてるってわけじゃなくてだな」
「あっはは。かわいい~。でも安心しなよ。今日は私が一緒だし、周りの目も怖くないでしょ?」
「……」
「いっぱい遊ぼ~ね~」
頭を撫でられたがウザかったので払いのけた。
そのまま俺は真っ赤になった顔を背ける。
実のところ、ちょっと嬉しかったのは事実だからな。
夢衣と一緒に来れたおかげで、人目を気にせず遊べる。
陽キャと一緒に居る安心感もあるし、何よりなんだかんだで姉貴分の幼馴染と外で遊ぶのは新鮮な気分になるから。
まぁぱっと見は”陰キャ男子をパシリにしているギャル”という構図に見えるだろうが、そんな事はどうでも良い。
俺は歩いて回りながら早速物色していった。
わぁ、あちこちに美少女フィギュアのクレーンゲームがある!
ずっとやりたかったけど腰が重くて遊べなかったゲームの数々だ!
奥には格ゲーもあるし、気になってたんだよなぁ。
ウキウキを隠せない俺に、黒髪ギャルはご満悦だった。
「マジ楽しそうじゃん。ウケる」
「悪いかよ」
「ううん。私も楽しいよ? 何やる?」
「……あ、あれ」
くそ、つい突っかかってしまったのに軽くいなされた。
なんだか罪悪感が凄い。
それとさっきから微笑んでばかりで、やけに優しい夢衣に調子が狂う。
俺は、丁度視界に入ったクレーンゲームの筐体を指さした。
大き目のぬいぐるみが景品になっているものだ。
「あぁこれ、ネットで人気になってるキャラじゃん。こういうの趣味なん?」
「いやまぁ、うん」
最近、学校で女子が話しているのを聞いた。
女子高生を中心に流行っているゆる系四コマ漫画のキャラクター。
ぼんやりした表情と大きなリボンが特徴的なレッサーパンダだが、どうもこれが若者の可愛いセンサーに反応するそうだ。
実際SNSを眺めていてもコラボ商品や関連投稿が大量に流れてくるし、今の覇権コンテンツの一つと言える。
もちろん俺は興味なかったが、その筐体に小銭を入れていく。
「あー、もっと右じゃん」
「……もう一回やる」
「今度は前過ぎー」
「もう一回」
慣れないクレーンゲームでかなり苦戦する俺。
両替を挟みながら、気づけば結局三千円くらい注ぎ込んだ。
ようやっとの事回収し、俺は大きく息をつく。
と、そこで夢衣が手を打った。
「あ、そう言えばそれお姉ちゃんも好きな奴だわ。この前スマホ見たら待ち受けそのキャラの画像だった」
「……やっぱり」
「え?」
「いや、ただの勘だよ。可愛い物が好きな女子なら、大体興味あるかなって。仮にビンゴならラッキーだし、そうじゃなかったらテキトーに俺のベッドにでも置いとけばいい。まぁ、杞憂に終わったみたいだけど」
「もしかして、お姉ちゃんのため?」
聞かれて、俺は頬を掻いた。
「こんなのしか、思いつかなかったから」
「……ふーん」
ぬいぐるみなんか邪魔だと言われるかもしれない。
デカすぎてもらっても困ると突っ返されるかもしれない。
だけどなんとなく、今日見てきた中でこれが最適なプレゼントのように思えたのだ。
喜んでくれるといいな……なんて思いつつ、俺はそれを袋にしまった。
そんな俺を夢衣は微妙な目で見ていた。
「な、なんだよ」
「別に? ……ちょっといいなって思っただけだし」
「え? なんか言った?」
「なんでもない」
冷めた目で言われ、首を傾げる。
夢衣はそのまますたすたと歩き出してしまった。
やはり、女目線ではぬいぐるみのプレゼントはナシだっただろうか。
不安である。




