第23話 敵情視察と黒髪ギャルの本音
綺季の好みはわかった。
だけど肝心の今求めている物は結局聞けないまま。
なんだか照れてその後は接触も憚られたし、新規情報は得られなかった。
そしてそのまま夢衣との約束の日になってしまったのだが。
「はぁ? お姉ちゃんの欲しい物聞けてないの? 真桜ちゃん使えないんだけど~」
「お前も何が欲しいのか聞いてないのかよ」
俺は早速黒髪ギャルに悪態をつかれていた。
図々しく言ってくる女に、頬を引きつらせる。
「綺季と同じ家に住んでるんだからさりげなく聞けよ」
「面白い事言うねあんた。私らあれ以降ずっと口効いてないのに」
「嘘だろ!?」
俺達のいかがわしいあれこれがバレたのは先週金曜なため、もう既に10日近く経過しているのだが。
それまでずっと避け続けていたと聞き、流石に驚愕である。
「そんな状態でどうやってプレゼント渡すんだよ」
「う、うるさいな。あ、そうだ。ここはもう開き直って大人のおもちゃとか買ってみるか」
「絶対やめた方がいいと思います」
「じゃあこの前の首輪をあげる?」
「自分の私物の横流しって点で去年から何も成長してないじゃん」
聞いていて思った。
こいつ、自分の姉の事がシンプルに嫌いなのかもしれない。
やはり姉という生き物は不憫だと、改めて感じた。
冗談はさて置き、本当にどうしようか。
何の目星もついていないのに。
とりあえず休日の朝から隣町まで電車に揺られて来たのだが、行く当てもないから困ったものだ。
それと、ついこの前綺季と来たばかりだから妙にそわそわする。
「まぁ予定まで時間あるし、テキトーに時間つぶすか」
「あれ、目的地があったのか?」
急に言い出す夢衣に聞くと、彼女はニヤリと笑った。
「まぁ敵情視察よ。真桜ちゃんも見たいっしょ? あの人の大人しい顔」
「?」
何を言われているか理解できないまま、今日のプレゼント探しが始まった。
◇
綺季の誕生日まで四日という、買い出しラストチャンスの日曜。
しばらく店を散策した後で俺達はファミレスに足を運び入れた。
どうしても行きたそうだったから付いてきたが、不思議である。
遠出してまで地元にあるようなファミレスに何故?と俺は怪訝に思っていた。
が、すぐにその疑問は解消された。
「いらっしゃいませー! 何名様で――あ?」
店内に入ってすぐ、美人で優しい笑みの店員を見つけた。
元気な声と、洗練された所作。
そしてばるんばるんと揺れる胸に、帽子からチラつく金髪。
見間違えそうになるが、見間違えようもない。
そこに居たのは学校では金髪ギャルで通っている、綾原綺季その人だった。
綺季の問いに夢衣は不愛想に答えた。
「二人」
「……何しに来たの」
「別にただの昼ご飯だけど。なんか悪い?」
「なんでわざわざアタシが働いてるとこに来るんだよ。別のとこに行けよ。ってか何? デート中?」
「はぁ~? 嫉妬ですかぁ?」
「ち、ちがっ!」
謎に喧嘩腰な姉妹に俺は慌てる。
元からめちゃくちゃ仲良しではなかったが、ここまで剣呑な雰囲気ではなかったはずだ。
「そういうんじゃないよ。で、さっさと席に案内してくれない? 店員さん」
「……久々に話しかけてきたかと思えばふてぶてしい妹ね」
「何か言いました~?」
「いえ何も」
仕事中とはいえ、妹に敬語の綺季はなんだか新鮮だ。
席に通されてから、俺は夢衣に言う。
「今日の目的ってこれかよ」
「そうそう。お姉ちゃんのバイト姿でも見て、何か掴めないかなって」
「最近話してもなかったのに凄い行動力だな。俺には嫌がらせの冷やかしにしか見えなかったが」
「さっきはあっちが文句言ってきたから言い返しただけ。だって酷くない? せっかく妹が訪ねてきたのにさ」
夢衣の言いたいこともわかるが、綺季の気持ちも若干わかる気がする。
流石にバ先をアポなしで妹に凸られたら誰でも驚くはずだ。
しかも相手は最近微妙な関係。
そしてその同行人には夢衣と疑惑の関係があった俺。
そりゃ多少口が悪くなるのも仕方がない。
だがしかし、ムッとした顔でメニューを見る夢衣に噴き出してしまった。
「な、なに?」
「いや、夢衣もなんだかんだでシスコンなんだと思って」
「は? 殺すよ? んなわけないっしょ」
「はいはい」
姉に素っ気なくされていじけているようにしか見えなかったのだが、ここで言及すると帰りが怖いのでやめる。
「私も、初めて見たんだよ働いてるとこ」
「そうなのか」
「うん。……まぁ普通に、姉の行動なんかどうでもいいし、あんまついて回るのもキモいじゃん。だから驚いた。あんなに普通に笑うんだあの人」
遠い目をする夢衣に、俺も同じことを思った。
学校ではすっかり睨みを利かせる怖ギャルになってしまったが、仕事中は笑顔で接客しているギャップについ目を奪われる。
他の客席で仕事をしている綺季を、つい目で追ってしまった。
と、不意に目が合う。
なんだか妙に恥ずかしくて、咄嗟に目を逸らしてしまった。
くそ、妙に意識してしまう。
あの日、笑顔を向けられて以降、どうも綺季の姿を見かけるとドキッとしてしまうのだ。
気を逸らすべくメニューを眺める俺。
腹が減っていたこともあり、すぐに何を頼むか決まった。
と、そんな俺を他所に夢衣は嘆いた。
「にしても、何買おうかな」
「仕事の時に使えるような物は?」
「例えば?」
「えっと……バイトに行く時用の日傘とか? チャリ通の学校と違って徒歩だし、それにほら、今から暑くなるし」
「どーだろ。あの人私からのプレゼントとか使うんかな」
尻すぼみに声のトーンを落としながら、夢衣はじっと俺を見つめてくる。
そのままやけに疲れた笑みを漏らしながら言った。
「正直さ、本当はちょっとお姉ちゃんと話がしたかったから来たの」
「え?」
「一人でお姉ちゃんと話す勇気はなくて、でも外で仕事中のお姉ちゃん相手なら~とか、真桜ちゃんが一緒なら~とか、そういう風にいっぱいハードル下げてさ。でもいざ顔合わせると気まずくてキツく当たっちゃって。なんか情けなくなってくるわ」
珍しく弱気な事を言っている夢衣。
なんだかんだ、こいつも家族間で色々悩むこともあるんだなと新鮮に感じた。
そしてそれに俺は驚きつつ……それ以上に内心焦っていた。
やべ、どうしよう。
通路側から影が落ちてきて、俺は姿勢を直す。
「お姉ちゃん、やっぱり私の事軽蔑してるのかな」
「そ、そんな事ないと思いますけど」
「でもさっきすっごい冷たい目してたよ? やっぱり気づいてるんだよ、私がマゾ趣味で――」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁッ! あれね!? ドМの俺に付き合ってくれてる夢衣にもちょっと幻滅した的なね!?」
「は?」
夢衣は俺の嘘のフォローに意味不明そうに顔を上げた。
そして俺を見ようとしてすぐに固まった。
「ご注文は?」
ゆっくり顔を上げると、テーブル席の真横には店員がいた。
呆れたような顔で笑う綺季に、夢衣は目を見開いた。
そしてすぐに俺を睨みつけてくる。
「はっ!? なんでいんの? 呼んでないけどっ!」
「悪い。俺が呼んじゃった。メニュー決まったから」
「私は決まってないっつーの! なんで一人でさっさと呼び鈴押しちゃうわけ!? 女の子と一緒でその奇行はあり得ないんですけど!?」
「……え、あの。その」
「だから陰キャ童貞なんだよあんた」
ごもっともな意見に耳が痛い。
腹が減り過ぎて衝動的に店員を呼び出してしまったが、押した後に夢衣が注文を決めてなかったことに気づいた。
焦ってももう遅かった。
すぐに綺季は来てしまうし、夢衣はなんか語りに入っているし。
幸い、彼女がおかしなことを言う前に阻止はできたため、被虐趣味の真相はバレていないだろう。
口論する俺達に綺季は怪しげな笑みを浮かべた。
「あのさ、他のお客さんにも迷惑だから変なことしないでくれない?」
「「す、すみません」」
ごもっともな指摘に頭を下げつつ、夢衣と一緒に注文を済ませる。
と、綺季は苦笑しながら妹に言った。
「夢衣は本当に頭悪いね。言ってくれれば家でも話聞くって。それに、別に怒ってもないから」
「……ごめん、なんか」
「ん。あと真桜賭、昼間っからおかしな事を叫ばないで」
「すみません。でもこれには訳が」
「お前がドМ趣味の変態だって以外にどんな理由があるん?」
「……ぐすっ。ないですぅ」
あぁ悔しい。
結局毎回これだ。
夢衣の尻拭いで俺だけがあらぬ容疑をかけられる。
何が悲しくてこんなところでドМ宣言しないといけないんだよ俺は。
しかも何度も言ってるが俺にそんな歪んだ癖はないし。
今日に関しては俺の不注意が招いた状況ではあるが、それでも悲しい事には変わりない。
綺季が戻って行った後、涙目の俺に夢衣が笑う。
「なんか可哀想だね、真桜ちゃん」
「誰のせいだよ」
本当に、相変わらずこいつは人を馬鹿にしている。
だがしかし、よかった。
心なしかすっきりした顔で笑う夢衣を見て、何故か安心する俺であった。




