第22話 年上金髪ギャルの思わぬ一面
夢衣と綺季の誕プレ話をした後、今度は早速下調べが始まった。
誕生日プレゼントを渡すと言っても、やはり本人が欲しがっている物でなければ意味がない。
綺季も欲しい物の方が嬉しいだろうし、俺だって金を出すなら喜んでもらえる物が良いのだ。
ちなみにだが、俺は夢衣とは違う。
小学校の頃から近所で摘んだ花とかお菓子とか、毎年プレゼントを渡していた。
ずっと同じ家で過ごしているのに唯一渡したプレゼントが使いかけのリップとか、そんなふざけた女とは違うのだ。
とは言え何を渡せばいいか困っているのも事実なわけで。
「高三のギャルが欲しがる物とは如何に」
俺は迷える陰キャ男子。
年上ギャルの欲しい物なんて分かるわけがない。
まさに八方塞がりというわけだ。
しかもあの女、気性は荒いしすぐにキレるからな。
俺が少し外した物をプレゼントしたらどんな反応をするかわからない。
……正直、その場で文句を言われるくらいならまだいい。
なんだかんだで気遣いする人だし、苦笑しながらも流してくれる可能性もある。
その場合、後日怒りの蓄積によって俺の扱いが酷くなる可能性があるのが怖い。
あと、シンプルに傷つけるのも避けたい。
アタシの好きな物もわからないんだ……みたいなメンヘラを発動されたら目も当てられなくなる。
あぁ、どうしたらいいんだ。
そう言えば夢衣はプレゼント選びに関して、不思議なことを言っていたな。
なんでも、綺季は可愛い物が好きだとかどうとか。
流石にいくらなんでもわかりやす過ぎる嘘だ。
あのなりで少女趣味なわけがないだろう。
花を愛でる少女だったのは遠き昔の事。
あの女はこの数年間で花より葉っぱが似合う風貌に変化してしまった。
と、いくら考えても答えに辿り着かなかったため、俺はもう自分の足で調査することにした。
現在水曜の昼休み。
夢衣の情報によると今日は購買でサンドイッチを買う日らしく、その機を狙って張り込んでいた。
彼女が通るのを今か今かと待ちながら、階段裏の物陰で粘る俺。
「……何してんのお前」
「あ」
気づけば背後にお目当ての人がいた。
いちごオレを吸いながら、眉を顰めて俺を見る金髪ギャル。
手には今買っただろうサンドイッチもある。
俺はそんな彼女に近づいた。
「お、お昼今から?」
「そうだけど」
「い、一緒に食べない?」
「は? 嫌に決まってんじゃん」
「ですよね」
さりげなく昼食デートに誘ったが華麗に玉砕。
そう言えば学校では話しかけるなと言われていたことを思い出した。
「もしかして待ち伏せしてたん?」
「まぁ、そんなところ」
「……きしょ」
「ちょ、これには理由があって! 綺季と話したくて!」
「ッ!? ……は、はぁ? なにそれ、意味わかんないんだけど」
何とか引き止めると、綺季はようやく話を聞いてくれそうな態度になった。
若干照れたような反応なのが意味不明だが、そこはいい。
俺は周りを見ながら言う。
「で、でもここじゃ人目があるから、場所変えようか」
「は? なんで」
「いや、綺季が俺に学校で話しかけるなって言ってたから。周りに俺と話してるところを見られたくないのかと」
「あぁ、それか。……その事だけど、もういいよ」
「え?」
「だから、別に話しかけて良いって言ってんの」
「そ、それじゃあこのまま話すけどさ」
驚きつつも、こちらとしては好都合だから話させてもらう。
「綺季は、可愛いものが好きなの?」
「――は?」
思い切って聞くと、今までの柔らかい空気感は一変した。
綺季は綺麗な目を細くし、俺をじっと見る。
猛獣に睨まれているような感覚になり、足が竦む俺。
「誰に聞いた?」
「む、夢衣さんです……」
「……悪い?」
「へ?」
「可愛い物が好きなら悪いかって聞いてんの!」
「うひゃあ! わ、悪くないです! 可愛らしくて素敵だと思います!」
「馬鹿にしてんの!?」
「いいえ!」
質問すればキレられ、褒めてもキレられる。
一体俺はどうすればいいのだろうか。
ビビりまくって唇が震える。
声が言葉にならず、吐息となって漏れていくだけだ。
だがしかし、そうなのか。
夢衣の冗談かと思っていたが、どうやら本当に少女趣味だったらしい。
くっ……ここで引き下がるわけにはいかない。
「た、例えば! どんな物が好み? 花とか、マスコットとか……」
「そんなの別にないけど。その時気に入ったものが好き」
「えぇ」
「あ?」
「いえ、参考になります」
困る返答だったが、これ以上は踏み込めない。
真っ赤な顔でキレてくる綺季に、周囲を歩く他生徒も避けていく始末だ。
俺も今すぐに立ち去りたい。
と、彼女は髪を弄りながら聞いてきた。
「いきなり何? 話ってそれ?」
「まぁ、うん」
「ふーん。ってかまだ夢衣と仲良くしてるんだ?」
「い、いや別にやましくないですよ? あいつが勝手にうちに押しかけて、普通にゲームしてるだけで」
「……」
なし崩し的に俺と夢衣が今も遊んでいることがバレてしまった。
冷や汗を流しながら弁明だけすると、綺季はジト目を向けてくる。
そして言った。
「夢衣みたいな子が、好きなの?」
一瞬理解が及ばず、目が点になる俺。
しかし金髪ギャルは真面目な様子だ。
「んなわけないでしょ」
「そんな事言って、命令とかしてたんでしょ?」
「だ、だからそんないやらしい事は要求してないって」
「信じられないんだけど? パンツ脱がせてた癖に」
「だからそれはあいつが! 俺じゃない!」
「ちなみになんだけど……アタシにだったら、どんな命令するの?」
「は?」
「ちょっとやってみてよ。夢衣にする時みたいに」
俺の話を聞いているのかどうかよくわからない金髪ギャル。
意味不明な要求をされ、困惑した。
本人は拳を握り締めて俯いているし、何を考えているのか全く読めない。
……どう答えるのが正解何だこれは。
迷った挙句、正直に言うことにした。
「もっと、優しくして欲しい」
「え」
「昔みたいに、笑顔を見せて欲しいかな。最近は睨まれてばっかで、正直怖い」
「……」
何故か反論もせず、黙って聞いている綺季。
それを見て、つい口が勝手に動いた。
我慢していた分、物凄い勢いで本音が漏れてくる。
「普段は気取ってるみたいにクールぶってるけど、元々そんな子じゃなかっただろ。昔は強い言葉なんか使わなかったし、暴力も振るわなかったじゃないか」
「く、クールぶってるわけじゃ」
「どこがだよ。舐められないように必死に強がってるようにしか見えないね。だからこそ、俺にくらいは昔みたいに接して欲しい。いいじゃないか少女趣味だって。全然恥ずかしい事じゃない。可愛いよ」
「ッ!?」
「だからそういうところを、もっと見せて欲しい。俺がお前を否定するわけないだろ。俺に隠す必要なんかないんだから、普通に笑えよ。……素をもっと見せろよ」
命令というからには、それなりの口調でなければならない。
だがしかし、言っていて自分でも訳が分からなくなった。
変なスイッチが入ったのか、焦点が定まらない俺。
綺季の胸の辺りをぼんやり見ながら、とんでもない事を口走った。
その後正気に戻るまで約二秒。
我に返ったが最後、俺は目を見開いて慌てた。
「あ、いや……今のはその」
「……真桜賭」
「は、はい!」
「……ごめん、もう昔の自分とか忘れちゃったけどさ」
「え?」
殴られる覚悟をしていた。
突き飛ばされて暴言を吐かれる覚悟もしていた。
それなのに、そんな暴力はいくら待てど向かってこなかった。
目の前にあったのは、太陽みたいに眩い笑顔だけだった。
「そんな風に言ってくれて、ありがとね」
「う、うん」
「――ふぅ。じゃ」
「え」
一瞬だった。
一瞬だけ、俺が大好きだったきーちゃんがそこにいた。
優しい笑顔で、いつも俺と遊んでくれていた姉代わりの少女が、そこにいたのだ。
すぐに普段の氷のような表情に戻った彼女は、背を向けて去っていく。
周りに人はいるが、廊下の端で話している彼女の前には壁側に居る俺しかいない。
つまり今の表情を見たのは、俺だけである。
「……調子狂うって、ほんと」
しばらく俺はその場から動けなかった。
胸に刺すような痛みが走って苦しい。
顔を中心に、全身に熱っ気も出てきた。
なんだろう。
俺って心臓の持病でもあったのかな。
割と本気で悩むレベルで、俺はその日初めての体験をした。




