第21話 ずぼらで最低な妹という生き物
帰宅後は今日も今日とて部屋を荒らされる。
もはや日常と化した黒髪ギャルの押しかけにより、俺の休息は奪われた。
人の部屋で呑気にゲームをしている夢衣に俺は言う。
「お前、よくあんな事があった直後に遊べるな」
「はぁ? あんな事があったからこそ家に帰れないんですけど?」
「何故お前がキレる?」
ほぼほぼこいつの自業自得な気がするのだが、気のせいだろうか。
なんだか夢衣の頭の中で俺も共犯みたいに思われてそうで癪だ。
「朝呼び出されて、その時に弁明はしといたから安心しろよ」
「それさっきも聞いたけど、私があんたに迫ってた言い訳にはなってなくない?」
「なってないな」
「おい。そこもどうにか誤魔化せよ」
「そんな無茶な」
だからこいつは誰のせいだと思ってるんだ。
俺は何度もヤらないって言ってたし、変な命令をする気がない事も伝えていたはずだ。
それを押し切って揶揄ってきたのは夢衣である。
ラインを飛び越えて飛び越えて、俺から逃げ場を奪って追い込んだのもこいつ。
格ゲーは下手なくせに、リアルではラインを詰めるのがやけに上手いらしい。
しかし、こんな風に考えているとだんだん俺の方が他責思考になっている気がしてくる。
自分も悪いのに、全ての責任を夢衣に押し付けているような感覚だ。
絶対にそんな事ないはずなのに、睨まれて責められることで俺の中に罪の意識が芽生えてくる。
……はっ!
これこそが夢衣の策略か。
俺を共犯に陥れるための心理トリックだ。
やはり策士過ぎる。
ちなみに、今日綺季と話したことは夢衣にも話してある。
俺がこいつとの関係性を大方ゲロったことは共有済みだ。
そして何より、あの首輪を俺の私物であると嘘をついてまで庇ってやった事も話した。
「お前のドМ趣味を隠して、なんなら俺が背負ってやったんだからむしろ感謝しろよ」
「は? 別に私もドМじゃないんですけど?」
「そうか。じゃあ綺季に言っておくか。あの首輪は俺のじゃなくて実は夢衣のd――」
「それだけは絶対にやめろ!」
言いながらスマホでメッセージを送ろうとするも、頭突きで阻止された。
石頭があばらに響いて痛い。
「か、感謝してるから」
「感謝してる相手に頭突き!?」
「余計なことするからじゃん? あんたが悪いんだよ」
「……」
「あーあー! ごめんごめん冗談だからスマホ置いて!」
無言で再度メッセージを送ろうとすると流石に謝ってきた。
だいぶ遅い謝罪だが、まぁ良しとしよう。
俺がスマホを置くと、夢衣は珍しくしおらしい態度で頬を掻く。
「正直、そこに関してはガチで感謝してる。ありがとう」
「どういたしまして」
「お姉ちゃんにあんなの持ってるとかバレたら、ガチで人生終わる」
「お尻叩いて欲しいって言ってたのもな」
「っ! ……ほんとに、ありがと」
「あぁ」
余程性癖バレだけは避けたかったのか、何度も感謝されて面白い。
頷くと、夢衣は笑いながら言った。
「にしてもあぶね~。危うくお姉ちゃんと顔合わせられなくなるところだったよ。オナバレした時よりエグい事になってたかも」
「ははは。そりゃ確かに。……ん?」
安堵した様子でほっと胸を撫で下ろす夢衣。
しかし俺は混乱しつつ、首を傾げた。
はて、今何かとんでもないことを聞いた気がするのだが……あれ?
聞き間違えだったか。
そう、だよな?
じゃなきゃこんな普通にいられないもんな?
俺の今の聞き間違えが事実だったとしたら、口に出すのも憚られるような内容だったし。
うん。
聞き間違えだったに違いない。
怖いので追及もやめよう。
「まぁそれはさて置き、私が真桜ちゃんに迫ってた事実はバレたわけだし? お姉ちゃん潔癖だから絶対キレてるよね」
「そう言えば、綺季って元カレとかは?」
やけに貞操観念がお堅そうなので聞くと、夢衣はあっけらかんと喋る。
「いないけど?」
「え、ギャルなのに?」
「ギャルってか、そもそもあの人は誰かに舐められるのが嫌でガン飛ばしまくってたら勝手に進化してただけだからね」
なんだかんだでこの二人のギャル化成長秘話を聞くのは初めてだったため、少しわくわくした。
ずっと気になっていたのだ。
あのあどけなさの塊だった夢衣と、気は強かったが優しくていつも甘えさせてくれた綺季がどうしてギャルになったのか。
何が二人を化け物に変えてしまったのかずっと疑問だった。
しかも俺は二人の家庭環境も知っているからな。
あの母親の元で、どうやってここまでグレたのか意味が分からない。
「お前はなんでそんな感じになったんだよ」
「ん? 普通に生きてただけだよ? 気づいたらこんな可愛いお顔になってたの」
「いや顔の話はしてねえよ。なんでギャル化したのかって話だよ」
「なーんだ」
ナチュラルに自慢されてイラっとした。
ノーメイクでも整っているだろう事は分かるし、間近でパーツを見ている俺は複雑だ。
素で顔が良い奴ってなんでこんなにウザいんだろうな。
……ただまぁ、自慢じゃないが俺も顔には自信がある方だ。
背格好と陰キャ特有のキモさでプラスマイナスは余裕でマイナスだが、素材の良さを味わえる一品になっている。
幼少期は幼馴染姉妹と並んで弟とよく間違えられていた。
全部過去の栄光だし自己陶酔キモいし、考えてると情けなくなってきたのでやめよう。
「私は普通に友達付き合いだよ。あとまぁ、お姉ちゃんがあんなのだと私も先輩に絡まれるし、そういう人たちとつるむようになるから、変わるのは必然じゃない?」
「という事はお前らと一緒に居ると、俺もいずれはギャル男に?」
「あっはは。いつの時代よそれ。あと真桜ちゃんは素でゴリ陰キャだから無理でしょ」
「どんな悪口だ」
自己肯定感爆下げ案件過ぎて一気に萎えた。
足を畳み、体育座りをして膝にうつ伏せる。
世界からログアウトするように、俺は闇に潜った。
しゅんとしていると、そんな俺に夢衣が触れてくる。
いやらしい手つきに俺は伏せたまま威嚇した。
「なんだよ、ヤらないぞ」
「あんた、私の事なんだと思ってんの? 普通にヤらせないし」
「そりゃよかった」
「ムカつく……! って、じゃなくて。週末デートしない?」
突然の申し出に、俺は顔を上げた。
優しい顔で言ってくる夢衣に、俺は首をひねる。
「しないけど」
「出鼻挫かないでよ。理由があるんだから」
「なに?」
「もうそろお姉ちゃんお誕生日でしょ? 機嫌取りもかねてプレゼント買いに行こうよ」
今日は5月26日。
そして綺季の誕生日は6月3日。
昔は毎年恒例に誕生会を開いていたから、覚えている。
そうか。
そう言えばもうそんな時期だったか。
俺は納得しつつ、尋ねる。
「でもお前、綺季に誕プレなんかあげてたっけ?」
「これでも今年で17になるんだよ? 最近はそりゃあね」
「じゃあ去年は?」
「飽きて使わなくなったリップ」
聞いて絶句した。
メイクはしないしコスメの知識もないが、ヤバい事だけはわかる。
もらっても嬉しくないだろうし、衛生面も最悪だろう。
だって自分が唇擦りつけたモノだろ?
もはや嫌がらせの域な気もする。
「お前、何てモノを……」
「でも喜んでたよ? 『夢衣が生まれて初めてプレゼントくれたー』って涙ぐんでたし、本人が良いならいいんじゃね?」
「……家族は大切にしろよ」
想像して俺も泣きそうになった。
昔からそうだが、こいつ姉の扱いが雑なんだよな。
だからこそ昔の綺季は世話好きだったのかもしれないが、両者の話をフラットに聞ける俺的には綺季が不憫で仕方ない。
ドン引きしている俺の肩に、夢衣は腕を回してきた。
「ってわけで、ここで急にガチ誕プレ渡したら逆にアツくない?」
「まぁ、うん」
「じゃあ日曜ね」
「拒否権は?」
「あるわけないじゃん。あんた私の言いなりなんだから」
都合の良い時だけ持ち出してくる例の罰ゲームに、俺は苦笑するしかない。
しかし、良い案であるような気もする。
夢衣と綺季が仲直りするのは勿論、俺もここらで胡麻を擦っておこう。
なんだか可哀想だしな。




