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第20話 童貞は涙ながらに無罪を訴える

 俺は今、首根っこを掴まれています。

 母猫に咥えられるように、身動きも取れず廊下を連行。

 ロッカーの荷物を整理しに教室を出た瞬間、俺は自分が宙に浮くような感覚に陥った。

 否――実際は制服の襟を上から掴まれただけだが、俺は抵抗せずに受け入れ、その手の導く方向へ自ら歩いたのだ。


 相手が誰なのかはすぐに分かった。

 独特の圧と、嗅ぎ慣れた良い匂い。

 そして何より金曜の連絡を無視したという負い目。

 それらが合わさって、俺は抵抗が無駄だとすぐに悟った。


 人通りの少ない渡り廊下に連れ出したところで、ようやく金髪ギャルは口を開く。


「なんで連絡無視した?」

「すみません」

「理由を聞いてるんだけど?」


 物凄い目つきでガンを飛ばされ、怯んだ。

 言えない。

 夢衣との関係がご指摘通りやましいので説明するのが困りました、とは口が裂けても言い出せなかった。

 かと言って誤魔化すのも難しい。

 そのメッセージが来る直前に夢衣と電話していた事もあり、俺としてはどう対処するのが正解なのかわからなかったのだ。


 というわけで時間稼ぎの既読スルーだったのだが、あれから土日を跨いでも大した弁明は浮かばず。

 結局休み明けの学校で早速捕まって今に至る。


「夢衣には聞かなかったの?」


 話を逸らすべくそう聞くと、綺季は目を逸らした。


「聞けるわけないじゃん」

「ソリャソウデスヨネ」

「そりゃそうって……やっぱりいかがわしい関係ってわけ?」

「そういうわけでは……いや、否定もできないけど」

「どっちなの!?」


 問い詰められて、完全に降参だ。

 これ以上言い逃れのしようもないし、あらぬ疑いをされてそうなので一先ずは事実説明からする必要がある。

 混乱している様子の綺季に、俺は深呼吸した。


「えっと……事の始まりは入学直後の事でして」


 かくかくしかじか。

 説明するのは容易かった。


 入学早々無視されたのがムカついた事。

 それに対し、色々あって命令権を賭けてゲーム対決をした事。

 結果として俺が命令権を得た事。

 それがきっかけで、若干拗れた関係になってしまった事。

 だがしかし、その中でも俺と夢衣は付き合っていないし、肉体関係も持っていない事。


 特に最後は声を大にして主張させてもらった。

 全てを聞いた綺季は、鼻息荒く呼吸をする。


「は? 意味わからないんだけど」

「デスヨネ」


 言っていて俺もよくわからなかった。

 具体的に夢衣の行動が。


「下着脱いでたのは?」

「え、あ。そ、それはその……」

「やっぱりヤるつもりだったんじゃん! 付き合ってないのにセックスするとか、普通にあり得なすぎ! キモい! クソ! 死ね!」

「場所とタイミング的に逃げ場がなかったんだって! 勿論欲があったのは事実だけどさ!」

「興奮してたんじゃん!? 普通に有罪!」

「無罪です許してください!」

「近づくな!」


 許しを請おうと一歩踏み出ると、突き飛ばされた。

 今までのじゃれ合いと違ってガチな衝撃で、一瞬息が止まる。

 

「あ、ごめ……」

「ひ、酷いよ……この前だって、身を挺してきーちゃんの事守ったのに……。俺がどんな覚悟で新藤先輩に喧嘩売ったと思ってるんだ。挙句の果てには学校で話しかけるなとか言われて、俺がどれだけ傷ついたか……!」

「うっ……。い、今それを言うのはナシでしょ」

「だって信じてくれないじゃないか。これまで何度だって機会はあったけど、ずっと断り続けてまだ童貞でいるんだよ……。それなのにこんな仕打ちないよ!」


 言っていて涙が出そうだった。

 確かに危うい関係を続けていたし、時には欲に負けそうになったこともある。

 でも俺は拒み続けたのだ。

 付き合ってもいない子と関係を持つのは、童貞ながら違うと思っていたから。

 というより、超正直に言わせてもらうと、もっとドラマチックな恋をしたかったから……!

 乙女みたいで恥ずかしいが、本心はそれだ。

 初めては、付き合ってる彼女と甘い雰囲気で臨みたいじゃないか!

 性欲と青春の狭間で、むしろよく耐えた方だと思う。


 しかし、俺の言葉に綺季はジト目を向けてきた。

 彼女は俺にスマホを見せる。

 そこには例のSM用首輪の写真があった。


「って割には楽しんでそうだけど? ……こういうプレイが趣味なの?」

「いやちが――」

「え? まさかこれ、夢衣の私物?」

「ッ!?」


 あぁこれ、俺が盾になるしかない奴だ。

 勿論先ほどの俺と夢衣の関係説明において、彼女のMっ気の話はしていない。

 流石にラインは見極めているつもりだし、これ以上彼女の面汚しは避けたい。

 面汚しも何も事実だし、あいつが基本的に悪いのだが、それはそれだ。

 後日彼女に詰められるのも怖いし、余計なことを綺季に言うつもりはなかった。


 だがしかし、ここで首輪の持ち主を正直に答えたらどうなるか。

 綺季は実の妹のとんでも性癖を知ることになるだろう。

 俺がさっき誤魔化した努力も無駄になり、真実が明るみになってしまう。

 そしてそんな事になれば、二人の関係悪化は深刻になる。

 今はまだ俺の説明もあり、馬鹿な妹だな~程度で済んでそうだが、彼女の本性を知ればそうもいかないはずだ。

 軽蔑してもおかしくない。

 身内の性癖開示って、そのくらいキツいからな。


 というわけで俺は心の中で号泣しながら答えた。


「は、ははは。首輪は俺の趣味ですぅ。テンションが上がってつい……」

「うわ。やっぱ真桜賭の趣味なんだ」

「この事はご内密に」

「言うわけないでしょ」


 仕方ないなぁと笑われているが、俺はこの場に居ない黒髪ギャルを呪った。

 何故俺がSM趣味持ちだと思われなきゃいけないのか。

 しかも多分、俺側がマゾだと思われてそうなのが腑に落ちない。


 夢衣は俺にマジで感謝してほしい。

 今度絶対こき使ってやろうと心に決めた。

 

「でもまぁ、そうなんだ。付き合ってないんだ」

「あんなわがままな奴とは付き合えないだろ」

「はぁ? お前学校でそんなこと言ってたら殺されるよ?」

「……中身を知らない奴にはわからないからな」

「なかなか言うじゃん。……そっかそっか。ふーん」


 スマホを見ながら、ニヤニヤ笑う綺季。

 なんだかこうやって馬鹿にされていると、嗤ってくる顔が夢衣に似てるなと思った。

 普段は真反対な性格のギャルだが、やはり血は争えないらしい。


 こうして俺はまた一つ尊厳を失った。

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