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第2話 俺は黒髪ギャルのおもちゃです

 綾原夢衣は、うちの高校の中で最も人気のある女子だ。

 黒髪ショートに愛らしい目鼻立ち、そして姉には劣るものの見事に育ったデカい胸。

 髪色や落ち着いた様子から一見清楚そうにも見えるが、バチボコに開けたピアスの数々は紛うことなきギャルのそれ。

 短いスカートを押し上げる尻と言い、そこから覗く太ももと言い、全体的に雰囲気エロい。

 というか、男子人気のほとんどはそれに尽きる。


 勿論姉の綺季の方も人気はあるが、前に言った通りあっちは既に畏怖対象だからな。

 純粋に声をかけたい相手となると、夢衣の方が挙がってくるわけだ。

 モテるかどうかはフレンドリーさも重要という貴重なデータである。


 夢衣は綺季と違って、そこまで冷たくない。

 遊びに呼ばれたらすぐに動くフットワークの軽さもあるし、男子との距離感もそこまで遠くない。

 なんならボディタッチは多い方。

 そして制服のシャツは第二ボタンまで外しているため、谷間もよく見える。

 要するに、ワンチャンヤれそうな可能性を感じさせるわけだ。

 これでモテないわけがない。


 しかし、実際そんな彼女と交際に至った男子はいない。

 夢衣は16年間、未だに彼氏を一人も作っていないからだ。


「おー、ちゃんと学校来たんだ?」

「……うげ」


 災難にあった翌日の事。

 昼休みに尿意を我慢して廊下を歩いていると黒髪ギャルに遭遇した。


 彼女の周りには数人の女子が一緒に居て、全員が俺に向かって「誰?」と言わんばかりの冷めた視線を向けていた。

 否。

 実際に「誰コイツ?」と言っていた。

 相変わらず初対面でも平気で見下してくる陽キャ界隈に震える。

 只今は空いたトイレを探して徘徊していたという事情もあり、股が緩んで少しちびった。

 恥ずかしい。


 と、夢衣はそのまま俺の方に駆け寄ってきて、肩に腕を回してきた。

 香水だかシャンプーだか柔軟剤だかは知らないが、男家族で育った俺には馴染みのない甘ったるい香りが鼻腔をくすぐって仕方ない。

 学校で年上の可愛い先輩に近づかれ、少しだけ照れる。


「こいつは私の幼馴染。昨日トランプの罰ゲームで私のパシリになったの」


 なんて浮ついた気分は、彼女の一言によって一瞬で冷まされた。


 あれ、おかしいな。

 なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえたような。

 不安に思って俺は乾いた笑いと共に聞いた。


「あっはは。俺の聞き間違えかな。昨日はパシリじゃなくて弟分って言ってたような?」

「えー、何言ってるん? 意味一緒じゃん。ウケる」

「……」


 こいつの事は絶対に許さない。

 昨日とは正反対の事を言う黒髪ギャルに、俺は早速顔をひきつらせた。

 前から思っていたことだが、この幼馴染姉妹はどうも俺の事をおもちゃくらいにしか思っていない気がする。

 加えてギャル化してしまった現在、俺の扱いがどうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。


「怒った?」

「滅相もないです」

「あはは、苦しゅうない。じゃあ出会ったついでに今からちょっとコンビニでアイス買ってきてくんない?」

「ナチュラルにパシろうとすんな!」


 ちょっとノってやったらこれだ。

 しかもコンビニでアイスをというのがなかなか性格悪い。

 俺が昨日、そのせいで先輩に捕まったのを知ってる癖に随分抉ってくるじゃないか。

 あんまりいじめるとこの場で泣くぞ。

 ついでに尿意も解放してお前諸共びしょ濡れにしてやろうか。


 そんなことを思っていると、夢衣の友達と思われる一軍ガールズが俺を睨んできていた。


「なんかこいつ態度悪くね?」

「ふつーにうぜーわ。夢衣の幼馴染でもナシ」

「声デカいしイチイチ反応が陰キャ臭くて無理ー」


 散々な言われように、心がキュッとなった。

 俺にくっついていた夢衣も、流石に憐れに思ったようで気まずそうにしている。

 そんな反応がさらに俺のピュアハートにヒビを入れた。

 もうやだ……。

 これ以上いじめないでぇ。


 陰キャ扱いされてパシリにされて、仕舞いには先輩の陽キャ女子に囲まれて悪口の嵐。

 狙ったってここまで最悪の高校デビューを飾る事は難しいだろう。


 だがしかし、そんなのは全部些細な事だ。


 実はさっきから絶妙に胸を押し当てられていて、全ての意識がそこに集中している。

 頭の中の9割くらいがおっぱいに侵食されているせいで、正直何を言われても大して効いていない。


 にしても、男子との距離が物理的に近めな夢衣だが、いつもこんな風に密着しているのだろうか。

 他人の交友関係に文句を言う気はないが、少し複雑だ。

 しかも上から覗くと、胸の谷間からその先の下着まで見えそうな景色が視界に入る。

 俺も男なわけで、つい意識が吸い込まれてしまう。

 体育後なのか、若干汗ばんだ肌からは濃い匂いがした。

 

「……どした? 顔赤いけど?」


 ニヤニヤした夢衣の顔を見て、俺は悟る。

 どうやらこの距離感は確信犯らしい。

 胸を押し付けられてテンパる陰キャ童貞男子の反応を楽しんでいるようだ。


 いっそ、公衆の面前でその乳を揉んでやろうかと思った。

 今はノーリスクで揶揄えるおもちゃだと舐められているし、どうにか意趣返ししてやりたい。

 まぁ実際そんなことをする勇気はないが、ふつふつと仕返し欲が湧いてくるところだ。


 と、何かを察したのか彼女はぱっと離れる。

 そのまま笑って肩を叩いてきた。


「んじゃまた後で(・・・・)ね。可愛い弟分」


 特に何か命令してくるわけでもなく、そのまま友達と行ってしまう。

 背を向けたままひらひらと手を振ってくるあたり、妙な劣等感が芽生えた。

 

 好き放題いじめた後は、知らん顔で立ち去る……か。

 なんだかヤリ捨てられたかのような気分になるな。

 この場合は体というより金目当てだが、「どうせ俺なんか暇潰しの遊びでしかなかったんですね……」と心の中のいじめられっ子が泣いている。

 クズ男に振り回されてヒスる女子の気持ちが分かったような気がした。


 しかし、皮肉なものだ。

 こんなに小馬鹿にされているのにも関わらず、周囲の視線は羨望のそれ。

 俺を見て嫉妬の声を漏らす奴がほとんどである。


「綾原さんに抱き着かれるなんて……」

「何様だよ、一年の陰キャ!」

「夢衣たん、綺季たんに負けず劣らずおっぱいデカいし良いよなぁ。羨ましい」

「なんであんな奴が……! 僕だって夢衣様に奴隷扱いされたいのに! そこ代われ! そして夢衣様、僕の事を鞭で打ってぇ!」

 

 約一名ドン引き性癖の奴も混じっているが、それはさて置き。


 入学して一ヶ月ちょっとなのに、早くも男子連中に目を付けられ始めているんですが。

 昨日の新藤先輩との絡みと言い、先が思いやられる。

 俺は平凡なありふれた高校生活を、楽しみたかっただけなのに。


 ラノベなんかであるような、クラスで普通に過ごしている中でひょんな事から美少女の秘密を知ってしまって、それで二人だけの淡い恋が始まる……みたいな。

 いやいや、それはそれで現実味がないが、まぁとにかく。

 間違ってもギャルから目を付けられて標的にされたいわけではない。

 しかもそのギャルからも好かれているというわけではなく、ただパシリとして良い様に扱われるだけの現状。

 入学一ヶ月でこんな生活なんて、絶望しかない。


 はぁ、昔の夢衣はもう少し可愛かったんだけどな。

 保育園時代のあの輝きスマイルはもうない。

 今のアイツは若干ダウナー寄りなただの不良ギャルだ。

 俺達小学校までは『むーちゃん』、『真桜ちゃん』の仲だったのに……。

 何がきっかけでグレたのか、若干心配なこの頃である。


 例の『何でも言いなり刑』を受けたせいで、実は若干ややこしい関係になってしまっている俺達。

 今後どうやって付き合っていくべきか、俺は頭を抱えた。


 問題となる事の発端は一カ月前に遡る……。

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