第19話 湿ったパンツの行方推理回
その日の晩、綾原夢衣は焦っていた。
「は? 嘘。……私、パンツどこに置いてきた?」
忘れた事に気づいたのは保健室に向かう途中だった。
やけにすーすーする下半身に、疑問に思って手を当ててみたのだ。
するとあるはずの布はなく、次第に記憶が蘇ってくる。
どうも自分が脱いだ下着を回収し忘れているという事を理解し、夢衣は顔を青ざめさせた。
しかし、驚いたのはこの後の事だ。
すぐさま屋上に戻って回収しようとしたが、そこには既に下着はなかった。
なんなら一緒に置き忘れていた首輪入りの紙袋もなくなっており、さらに焦る。
考えられる事と言えば、あの場に居た真桜賭か綺季が回収したか、はたまた誰か別の人物があの場で下着を盗ったか。
この中で夢衣的に一番ありがたいのは真桜賭が持って帰った可能性である。
夢衣が忘れている事に気づいて証拠隠滅に持ち帰るも良し、そうじゃなくて自分を慰めるために使っていたとしても、相手が幼馴染ならギリ構わない。
がしかし、もし綺季が持ち帰っていたらどうだろう。
赤の他人に拾われるよりもまずい事態だ。
「絶対無理なんですけど。あの場に私と真桜ちゃんがいたのはバレてるし、そこで私の脱いだ下着なんか見つかってようものなら……」
それすなわち、大修羅場到来。
なんとしてもそれだけは外れてほしい予想だと思いつつ、夢衣は放心したように笑う。
「一旦、真桜ちゃんに確認だけしとくか。……まぁ真桜ちゃんに持って帰られてたとしても、それはそれでちょい気まずいけど」
自分の下着に興奮して致している幼馴染を想像して、夢衣はひそかに興奮していた。
◇
その日の晩、綾原綺季は顔を真っ赤にして困惑していた。
「……これ、絶対あの子の下着だよね」
彼女の机の上には、ご丁寧に広げられた夢衣の下着と紙袋が置かれている。
自宅で何度か見たことのあるデザインの下着と同じなため、綺季の頭ではそのブツが自分の妹の私物であるという結論に達しようとしていた。
ずぼらな妹は部屋に脱いだ下着を放置していることも多く、頻繁にそれらを片付けている綺季には見覚えがあったのだ。
だがしかし、それならば今度は別の問題が発生する。
「仮に夢衣のだとして、なんでアイツは学校で下着脱いでんの?」
ちなみにだが、未着用という線は考えられない。
何故なら……拾った時の感触だ。
「マジ信じられない。あり得ない。あり得なすぎるって……!」
下着を手に取った時の若干の湿り気を思い出しながら、綺季は顔を顰める。
実の妹の性的な痕跡に、生理的拒絶反応を漏らした綺季。
しかも、本題はその先である。
「物陰の裏でヤッてたってこと? ……仮にそうだとして、相手は一人しかいない」
夢衣は自分が来る前から屋上の物陰に居た。
そしてそこには、彼女と一緒に真桜賭も居た。
片方は下着を脱いでおり、そばにはそういう行為の時に使われるグッズも完備。
これはもう、夢衣と真桜賭が事に及んでいたという理解以外は逆にできないレベルの証拠の揃いようだった。
頭を抱えながら綺季は呻く。
「夢衣に聞く? いやいや無理過ぎる。実の妹から幼馴染とセックスしてましたとか聞きたくないし、……そもそも普通にショックだし。って、別にアタシは真桜賭と付き合っているわけじゃないんだからアレだけど、でもそれでも嫌なものは嫌だし……」
自分でも何を言っているかわからなくなりながら、涙目になる綺季。
「アタシをデートに誘ったくせに、ずっと裏では二人でいやらしいことしてたってこと? は? 何それ。絶対殺す」
次第に羞恥の感情は怒りに変わってきた。
綺季はスマホを手に持ち、メッセージを送ろうとする。
まず最初に夢衣とのトークページを開いたが、すぐに首を振って閉じた。
妹に直接聞くような度胸は綺季にはなかった。
「……一人で舞い上がって、バカみたいじゃん。もう……マジでなんなの」
実の妹に寝取られたような気分でベッドに寝転ぶ金髪ギャル。
実際は真桜賭と付き合うどころか、突き放した上に威嚇しているだけな事はまだ自覚していない。
◇
俺が惨事に気づいたのは家に帰った後の事。
夢衣から連絡が来ており、それを見て事の深刻さを悟った。
『真桜ちゃん、みんなには内緒にしてあげるから白状しな』
『私のパンツ盗んだっしょ?』
随分人聞きの悪いメッセージにイラついたのも一瞬。
すぐにそんな事よりも焦りが勝った。
彼女が下着を履き忘れて帰ったという事実もそうだが、それ以上に誰がそれを持ち帰ったのかという謎に居ても立っても居られない。
仮に相手が綺季なら、とんでもないことになる。
焦って電話をかけると、彼女は笑っていた。
『えー、盗ったの真桜ちゃんじゃないのー? 終わったじゃん。あははは』
「い、いや笑ってる場合じゃ」
『は~? 笑うしかないじゃん。逆にどうしろと? もう私の人生終わったも同然なんだけど』
「し、親切な生徒が落とし物箱に入れてくれてるかも」
『仮にそうだとして、私はどの面下げてソレを回収すればいいわけ?』
「……」
薄々勘付いてはいた。
誰があの下着を回収したのかなんて、俺と夢衣じゃないのなら浮かび上がる犯人像はほぼほぼ一人に絞られる。
確定ではないが、どう考えてもそうとしか思えない。
俺と夢衣は既に、回収犯が金髪ギャルなのではないかと推理していた。
「な、なぁ。今から聞いてみ――」
『もしかして、私に今からお姉ちゃんの部屋を訪ねて『ねぇねぇ、私の湿ったパンツ持って帰ったぁ?』って聞けって言ってる?』
「すみません無理ですね」
『はい無理です。というわけで私は寝逃げするのでさようなら』
「え、おい――って切りやがった!」
突然電話を切られ、驚く俺。
でも確かに思う。
姉にだけはバレたくないよな。
俺が同じ立場でも絶望して寝逃げしたかもしれない。
なんて思っていると、続いて今度は別の奴からメッセージが入ってきた。
送り主の名前を見て冷や汗を流しつつ、中身を確認。
『真桜賭と夢衣ってどういう関係?』
『付き合ってんの?』
綺季から送られてきたメッセージに俺は天を仰いだ。
あぁ、終わりだ。
やはり俺達の杜撰な推理通り、下着を回収していたのは綺季だったらしい。
わかり切っていたことだが、こうして連絡をもらったせいで確信に変わってしまった。
「よし、俺も寝よう」
なんと返信しても地獄を見る気しかしなかったため、俺は見なかったフリをすることにした。
ベッドにダイブし、現実逃避する。
明日以降の事を考えると死にたくなるため、ここは無心だ。
……いや、ダメだ。
考えないようにしようと思えば思うほど、不安が爆発する。
ここは逆に、別の事を考えよう。
完全に気を逸らせる強烈な事だ。
例えば、エロい事とか。
「……っていうか、パンツ湿ってたんだ」
さっきの夢衣との電話を思い出し、俺は再び天を仰いだ。
はぁ……。
貞操を守れて幸運だったのか、寸止めされてショックなのか。
自分でも自分がよくわからない。
……。
…………。
………………。
……ふぅ、寝るか。




