第18話 センパイはメスガキ後輩に煽られる
驚く綺季は、恐る恐る聞いてきた。
「は? え? ずっといたの?」
「まぁ、そうですね……」
「の、覗き見とか趣味悪ッ!」
「それもこれもお姉ちゃんがなかなか来ないせいなんですけど? 待ってたらセンパイきちゃうし、ヤり始めるしで顔出せるわけないじゃん」
疑惑の目を向けてくる金髪ギャルに夢衣はぴしゃりと言い返した。
まぁ実際、好きで見ていたわけじゃないのは事実だしな。
とは言え、あんな事をしておいてここまで白々しい顔ができるのはすごいと思う。
いかがわしい行為に及んでいたのは先輩だけじゃないんだから。
逆ギレも良いところである。
と、夢衣がスマホの録画を見せながら言った。
「これど~する?」
「……つい蹴っちゃったけど、死んでないよね?」
「悶絶してるだけだと思うよ」
焦る女子二人と、苦笑する俺。
恐らく潰れたりとかはしてないだろう。
精々しばらく性欲の発散に困る程度のはずだ。
むしろ性犯罪未遂の罰としては丁度いい薬になるんじゃないか。
「今さっきのやつ動画で撮っておいたから証拠はばっちりだよ」
「なんか複雑だけどありがと」
「そうそう、優秀な妹に感謝してほしいね」
「……。それはそれとして、コイツをどうしようか」
ゴミを見る目で見下ろす綺季に、新藤先輩が呻く。
ようやく痛みが治まってきたのか、こちらを睨みつけてきた。
そのまま立ち上がる。
……若干腰を引いているのが情けないため、いつもの怖さはない。
「新藤センパーイ、お姉ちゃんに振られちゃいましたね~」
「夢衣、てめぇいつから……ッ!」
「ずっと見てましたよ。お姉ちゃん以外の女に腰振ってるところから。それで逆ギレして、最後は無理やりお姉ちゃんに手を出そうとして蹴り入れられたところまで。何から何までだっさいですね~」
俺は驚愕した。
隣の黒髪ギャルを見て、心の声が漏れそうになる。
コイツ……まさかのメスガキ後輩属性持ちだったのか!
俺が年下だから気づかなかった。
煽りの慣れ方的に常習犯だろうし、恐ろしい。
これで裏の顔はドМというのがもっとヤバいがな。
「この動画拡散したらどうなりますかね」
「お、脅す気か?」
「あはは、やだなぁ。センパイがいつもやってることじゃないですかぁ。暇潰しのお遊びでしょ?」
「……」
弱みに付け込んで人をいじめるのは新藤先輩の常套句。
何を隠そう、俺だって目を付けられたのは見た目が弱そうだったからだ。
そのまま顔を合わせるたびに悪態をつかれているし、この前は昼飯を買わされそうになった。
突き飛ばされたり、暴力を振るわれたこともある。
全ては彼の八つ当たり、暇つぶしだ。
しかし考えながら、俺は気づく。
それ、この幼馴染姉妹も同じじゃね?
綺季は俺にどつく殴るの暴力を日常的に向けてくるし、夢衣は家に入り浸ったり授業を妨害して遊びに付き合わせてくる。
身ぐるみも剥がされたし、もはやこいつらの方が酷いんじゃ……。
びくびくしていると、綺季が回ってきて俺に耳打ちする。
「夢衣、妹ながら性格悪過ぎじゃない?」
「いやあなたも同等ですけど」
「は?」
「ごめんなさい失言でした腹を切りますさようなら」
考え中に話しかけられたため、素で反応してしまった。
あまりの剣幕に、目の前の新藤先輩を見てタマがやけに涼しくなる。
危ない。
残機はまだ一つある。
「オレを脅してどうする気だよ」
と、俺と綺季がふざけたやり取りをしている横で、新藤先輩が聞いてきた。
それを受け、何故か夢衣はニヤニヤしながら俺を見る。
意味が分からず首を傾げると、彼女は新藤先輩に向き直って言った。
「センパイには罰ゲームを受けてもらおうと思うんです」
「ば、罰ゲーム?」
「はい」
すぐに察して目を見開く俺に、黒髪ギャルは予想通りの言葉を続ける。
「センパイには私達の言う事に逆らわない『何でも言いなり刑』を受けてもらおうと思いまーす」
「ハァッ!? なんでオレが!」
反発してくる先輩を、夢衣はすぐに制す。
「いや別にいいですよ? 罰ゲーム受けないなら勝手に今の動画を拡散するだけなんで」
「ッ……! てめえ!」
「あーあ、どうなっちゃうだろうなぁ。こんな動画が拡散されたら、いくらセンパイでも学校で居場所なくなっちゃいますかね~」
「……」
「女子はみんなお姉ちゃんが怖いだろうし? そのお姉ちゃんが嫌ってるセンパイとは絡まなくなっちゃうかも……。しかも私ら、他校にも知り合い多いしさ~。あ、そうなったらセンパイの大好きなえっち相手も地元じゃいなくなるのかなぁ」
聞きながら、俺はもはや顔をひきつらせていた。
こいつ、まさかとは思うがこれが目的だったのか?
良い様に新藤先輩を扱うために、わざわざ動画撮影なんかしたんじゃないだろうか。
仮にそうならエグ過ぎる。
前から性格が悪いのは知っていたが、ここまでやるとは思わなかった。
まぁ、別に相手が相手だから同情はしないがな。
それはそれとして夢衣の勢いには戦慄するところだ。
そして俺と同様に、綺季もそんな妹の姿にドン引きしていた。
綺季は学校で恐れられている最恐ギャルだが、狡い嫌がらせとは無縁の存在だからな。
怖がられているのは個人の性格のみが理由。
なんなら曲がったことは嫌いというタチだ。
あの親からどうしてこうも真反対の姉妹が育ったのか、よくわからない。
「男子だって一緒ですよ? センパイと居たら他の女の子に避けられちゃうし、友達減っちゃうかもですねぇ」
「……チッ!」
「まぁ全部センパイ次第ですけど」
言い終える夢衣に、今度は綺季が嚙みついた。
「ちょ、そんな事になったらアタシがコイツをいじめてるみたいになるじゃん! アタシがそういう陰湿なの嫌いだって、お前知ってるでしょ!?」
「まぁ確かに」
やはり綺季は綺季だった。
いじめっこには何をしてもいいなんて理論がSNS上では散見されるが、大間違いなのだ。
いじめっこが相手だとしてもいじめはいじめ。
仕返しをして同レベルに落ちたくないだとか、そういう綺麗事ではなく。
倫理的に間違っている行動はしない、というのが正しい。
焦る綺季に、夢衣はさらに笑う。
「だそうですよ、センパイ。私も、万が一センパイが困るようなことになったらその時は助けてあげるんで」
「夢衣、お前どういうつもりでオレを……」
「勘違いしないでください。私はただお姉ちゃんにリベンジポルノ紛いのことされるのを防ぎたいだけだから。センパイが二度とお姉ちゃんに関わらないって言ってくれたら、それでいいんですよぉ」
変に間延びした語尾が新藤先輩のプライドを煽る。
だがしかし、彼に選択肢はなかった。
「もう、好きにしろ」
「はーい」
言ってすぐに去っていく新藤先輩。
その背中は普段と違って小さく見えた。
一件落着……?と微妙な空気感で残される俺達。
スマホで時間を確認すると、既に授業終わり間近だった。
今から戻っても怒られるだけである。
「言いなりなんかにしてどうすんのよ」
綺季の言葉に、夢衣はんーと唸った。
「この際パシリに使ってみる?」
「だからそういうのは!」
「わかってるーって。そもそもセンパイに『ハブられますよ?』って脅したのも、お姉ちゃんが止めるのわかってたからだし? そこまで私も陰湿じゃないってば」
「……あっそ」
にしても、ひょんな事から立場が逆転したな。
これで俺の懸念であった新藤先輩からボコられるリスクもなくなったに等しいわけだ。
何かしてこようものなら、『あの動画ばら撒きますよ』と牽制すればいい。
というか、そもそもあの人ももう俺には関わりたくないだろう。
「じゃ、私は保健室で寝てくるのでお先に」
俺と綺季を残して消えていく夢衣。
ウインクしてくるのを見るに、二人きりにしてあげたから仲直りしろ、といったところだろうか。
そう言えば元々は俺達の関係を気にして話す機会を与えるために、呼び出したんだっけ。
しかしそう思っているのは俺だけらしい。
「アイツ、今から保健室に行って授業サボりを正当化するつもりだわ」
ジト目の金髪ギャルに俺は納得した。
やっぱりあいつ、策士過ぎるだろ。
一瞬でも自分のためかもと思った自分を殴りたい。
もうそろそろピュアなハートにはおさらばしないと、この二人とはやっていけなさそうだ。
心がすり減って仕方ない。
ともあれ、興が醒めたので俺達もお開きになる。
しばらく屋上で黄昏れたそうな綺季を置いて、一人で教室に戻った。
道中で言い訳を考えるのが至上命題だ。
腹が痛くてトイレに居ました〜くらいしか思いつかないが、仕方ない。
とまぁ、そんなこんなで緊迫のヤり場目撃事故は終わった。
綺季のハイキックと夢衣のコンビプレーによってミッションコンプリート。
綺麗に幕を閉じた。
……はずだった。
ただ、俺は忘れていた。
今の一連の新藤先輩との事も全て霞むくらいのミスを犯していた事を。
そう、俺達は……完全に失念していたのだ。
屋上の物陰の裏には、未だに脱ぎ捨てられた下着とSM用の首輪が残されている――。




